乱入
俺達が帰ってくる時に出会ったゾンビなんて片手で足りる。
大群が後ろから迫っていたにしても、道路を真っ直ぐ突き抜けずにここに溜まるなんて少し妙だ。
俺達以外に居るか分からないがマンションの住民がヘマをしたか、外部の人間が追われながら知らぬ間に転がり込んだか……。
どちらにせよこのままでは身動きが取れないため、早急に策を練らなければ外へ降りることすらままならない。
入り口が突破されないことを願う。
「ん? 雨か……」
この世界になって初の悪天候だ。
雨は激しさを増し、まだ昼間というのに外がみるみる薄暗くなっていく。
そういえばゾンビって体温が冷たいらしいが、いくら雨を浴びても平気なんだろうか?
人間だったら動きが悪くなるし風邪も引きやすいが、ゾンビが風邪を引くなんて現象がある……のかな。
『あっ、今日自分風邪気味で体調悪いんで食事いいっす』とかもしゾンビが思っていたら、悪いのは元から全身だろうに少し可愛く思えてくるのは何故なんだ。
ゾンビ萌えとかいうジャンルが流行る……前に人間が居なくなるわ!
風邪を引く可能性は無しにして、逆に強くなるパターンはどうだろう。
光合成のように特殊な条件が揃えば、身体が活性化され何かを生み出すとか。
必要なものは雨、血、動く死体。……黒魔術の儀式かな?
それとも単純に雨を浴びて、まさかの分裂して増えるパターンとか……!
そんな妄想を邪魔するように下が騒がしい。なんだ、本当に分裂してるんじゃないだろうな?
ゾンビの列を双眼鏡で辿ると端っこに車が突っ込んでいる。
それもかなりのスピードが出ていたらしく、群れの中央付近まで侵入していく。
車はすぐに囲まれ覆い尽くされた。あれではもう中の人は助からないだろう。
雨でスリップしたか……にしても普通こんなにゾンビが居るところは避けるはずだが。
「ん? 車から離れたゾンビはどこへ向かってんだ」
車が突っ込んで来た側の無傷なゾンビは車へ向かっておらず、反対側へ向かっていた。
よく見るとその先に黒いフードを被った人が立っている。
手に何か持っているのが分かるが、ここからでは何をしているか不明だ。
というか、あの人何してんだよ無謀過ぎるだろう!
「勇真! 今の音は!?」
部屋のドアが勢いよく開かれる。
「雫か、ここから見てみな」
説明するより見た方が早い。いや、正確には俺にも説明できない展開が続いている。
「車が電信柱にぶつかってる……あれは人なの?」
「俺にも分からん。ただどこかへゾンビを導いているようだが……あの数を目に前にしても臆するどころか平気なのが異常だ」
少なくとも百体は居たであろうゾンビ。今は四分の一程度を残し、残りは得体の知れない奴へと釣られて徐々に離れていく。
こっちにはありがたい展開だが、雨も気にせずやることが不気味だ。
ゾンビを操るソーサラーか何か? でも、操れるなら車で突っ込む必要がないよな。ふむ……。
「美優ちゃん達はどうしてる?」
「音にはびっくりしてたけど、私が原因を聞きに飛び出したから……」
「なら部屋に戻って伝えてくれ。俺が今の内に残った奴らを殲滅するから、部屋から出ず鍵をかけておくこと。梯子はしまってくれて構わない」
仮にマンションに不審人物が転がり込んでいたら、十一階に侵入される危険性がある
だが、今ならまだ下まで降りれて門越しにゾンビを処理できるチャンスだ。
このまま黙ってリスクしかない詰め将棋をされるぐらいなら、リターンに期待して突破してやるさ。
「一人で平気なの……?」
「あぁ、一方的に撃つだけだからな。もし攻められたらすぐ戻るさ」
「うん……」
上の空な雫に構っている時間が惜しい。
雨具を装着し、ネイルガンにも袋を被せる。
音の軽減より濡れて滑ったらおしまいだからな。
用意ができ、梯子を降ろす。
「終わったらいつものペンライトで合図を出すから確認を頼む」
「でも、合図がなくて帰らなかったら……どうすればいいの?」
「絶対に外へ出るな。待たせた分、健を連れて一緒に帰ってきてやるよ」
「うん……絶対よ?」
「ああ、約束だ」
いつになく眼差しが鋭く不安げだ。
雫にはバレているんだろう、俺のしようとする行動が。
「行ってくる」
そう告げて早足で一階に到着。付近に人影無し。
どうやらゾンビの侵入は無さそうだ。
「さて、まずは柵から」
頑丈な柵から数体のゾンビがこちらへ興味を示す。
こっちからは絶好の的なので、頭に撃ち込んで次々に処理をする。
柵から離れたゾンビも気付いたのかこちらへ進行し始めた。
柵の前は死屍累々になり、ゾンビも俺も攻めあぐねる展開。
「柵を登られるとまずいな……」
場所を変え、塀から身を乗り出し道路へ出る。
残りは十体程度、力が強い耐久タイプは居ないようだ。いける!
「さっきの奴は……あっちか?」
もう俺の興味はゾンビから対象を変えている。
先程の奴が何者なのか、ゾンビの大群を追う形になるが気になって仕方がない。
残りのゾンビを適当にあしらいつつ、マンションから徐々に離れる。
雫には悪いが、すぐ戻るつもりはない。