軽々
雨のおかげで腐った臭いは若干払拭され、足音もかき消してくれるため尾行するには好都合だな。
以前も通った道でこのまま進めば国道にぶち当たるはずだが、奴がまだ誘導しているとしたら挟み撃ちにあうはず。
わざわざそんな危険を冒してまですることになんの意味があるのか……。
もし、出会えたとして会話はできるのか? 敵対心を持たずすんなり対応してくれるのか? いくら考えても相手次第だ。疑問は尽きない。
「あれが……そうだな」
先に見え始めた集団。傘も差さず雨合羽も着ていない、人にあらざる者達の最後尾へようやく追いつけたようだ。
民家の塀と塀で仕切られた道路は身動き取れないほど埋め尽くされており、ここからでは先導する奴の姿は何も見えない。
どこへ行ってどのように逃げるつもりなのか、付いていって解答は得られるのか、ゾンビを処理できる数ではないためこの膠着状態がもどかしい。
「ふーん、そっちから出向いてくれるとはね」
「なに!?」
予想外の声に反応が遅れる。
こちらに声をかけた人物は右後ろの塀の上にちょこんと座っていて、俺が探していたフードの人物だった。
よく見るとフードに猫耳付きだ。というか女だったなんて。
「ま、手間が省けていっか」
その人物が高さ三メートルはあろう塀から飛び降りた際に見えてしまった。……ピンクだ!
「…………見た?」
「いいえ、何も」
こういう場合見えたとは言ってはいけない。これ、男の鉄則。
「いいわよパンツぐらい見えたって気にしないわ」
あれデジャヴ? 俺が言うのもなんだけど、少しは気にしろよ!
「それよりも、あーもうあのクソゾンビのせいであたしのお気に入りが!」
タイトスカートが元々そういうデザインなのか少し破れているのか不明だったが、どうやら後者らしい。
おかげでラッキースケベだったぞ、ありがとうクソゾンビ。
「ってそんな話をしに来たんじゃなくて、あんたが白木勇真ね?」
「……どうして俺の名を知っている」
「健って人の友達でしょ? その人から聞いたの」
「健から!? いつどこで!?」
急に真面目な話になり、俺の正体を知っていたから怪しいと踏んだが、ここで健の名が出てくるとは思わなかった。
「昨日よ。あたしが油断してクソゾンビに囲まれかけてたら助けてくれたの」
「昨日……それで健は?」
「ここであまり長話はしたくないわ。場所を移すわついてきて」
どういう意図があるのか分からないが、情報や行動から見て敵ではないようだ。
ここはついていくしかない。
ゾンビに細心の注意をはらいながら沈黙が続き、道を何度も曲がる。
やがて真新しい一軒家に辿り着いた。先程と似たような高さの塀で囲まれており、正面からは入れないよう物を乱雑に積み重ねたバリケードが配置されてある。
「よっ、と。あ、また見た?」
「いや、お前……」
軽々と塀をジャンプする姿を見て、パンツのことより驚きで頭が回らなかった。
高さ三メートルはあるんだぞ?
「あーそっか。正面から入れないんだったね」
「いやいやいやそのジャンプ力だよ!」
「あはは裏口に回ってきてよ。ここより低いし上から引っ張ってあげるから」
彼女は何事もなかったように淡々としている。
最初に出会った時も塀の上に居たけど、今みたいに軽くジャンプしただけなんだろうか。
そんな人間は海外のバスケット選手でも居ないだろうに……。
「君、重いね」
「荷物のせいだろう。すまない助かった」
君は軽いねと返すべきか悩んだ。見ての通りあのジャンプは重ければまず無理。
しかし、女性には体重と年齢の話はタブーなのだ。
悪い方に言えばデリカシーがないと罵られ、良い方に言えば謙遜アンド長話で延々と聞かされる。
つまり男性には何も得がなく、下手すればどっちを答えても怒られるという理不尽な話題なのだ。
なので、正解は自分の方に話題を持っていきさっさと終わらすこと。経験が生きたな。
うっ……過去のトラウマが。
「なにぼさっとしてんのよ? 早くこっちに入んなさい」
「え、あ、すまん」
招き入れられ片付いたリビングへ案内される。
飲み物はやんわりと断り、相手はソファー、俺はこたつに腰を下ろす。
もし、敵だった場合に備えネイルガンを隠し持てるように置いておく。
「んーと、それでどこまで話したっけ?」
「健に出会った件までだ。健はどこへ行ったか聞きたい」
「あーそれね。まずあたしがどう知り合ってこうなったか説明するね」
事の顛末か……聞いておいて損はないだろう。長くなりそうな話だな。




