十六話 死体のない殺人 "Her true"
萩原灯子は灰鳴己、緋森華蓮、祠堂秋、西部志里を集め、状況を整理する。
そこでわかったのは、虎憑きの同級生、その正体と意外な事情だった。
「ふんっ、この馬鹿めが!ふんっ、未熟者が!だから灰鳴は馬鹿なのだ!」
「なんだいきなり」
「ってうちのジジイに言われたんじゃない?」
己が幻灯との話を終えて大座敷に戻るや否や、腕を組んで己を待っていた灯子が見下ろすようにしてそう言った。会話の内容はともかくとして罵倒の言葉を受けたのは事実であることに己は「まぁな」と薄い反応で返した。
灯子の後ろでは、己を待っていた緋森華蓮、祠堂秋、西部志里の三人がくつろぎながら茶菓子に手を伸ばしている。どうやら着物のままで普段着になっていない様子を見るに、会合の終わりからずっと己を待っていたようだ。
「お待たせして申し訳ありません」
「あー……こりゃ相当言われたな?己、あんま気にするとハゲちゃうぞ?」
「お前に心配されるとは俺もざまぁねぇ。いいからこれからどうするか決めるぞ」
「はいはい」
幻灯との話が灯子の事だけにあまり突っ込んでほしくない己は話を今回の虎と狐の件へと変えていく。時刻は既に六時を過ぎてもうすぐ七時。外は既に夜の暗闇に落ちており、狐との一騎打ちとなる九時までの移動時間を考えればそれほど時間はない。
大座敷の真ん中、輪になるように一同が座ると、「やっとか」と言いながら緋森華蓮が口を出した。
「さて灯子。お前の相方の己だけでなく、私や西部当主、それに祠堂のまで集める限りは色々やることがあるんだろう?」
「その通り華蓮さん。あ、いや、秋ちゃんは興味持ってたから呼んだだけだけど」
「ええっ!?秋、することないんですか!?」
「なんかする?夜更かしすることになるけど」
「灯子お姉ちゃんの為ならお手伝いしますっ!」
「おおう、じゃあ秋ちゃんにも何かしてもらおうかな。でも、その前にやることがある。西部の旦那、例のアレは?」
「ここに」
灯子が言うと、西部志里は灯子に一つのA5サイズの封筒を手渡した。中には数枚の紙が入っているようで、灯子はそれを取り出して目を通していく。
それを一通り灯子が目を通すと、ばっと紙を一同が見えるように輪の真ん中に広げた。一同が覗き込むと、そこには名前の一覧、そしてとある人物に関わる戸籍謄本といくつかの記載があった。
「灯子、こいつは?」
「あの虎の正体って奴。だよね?西部の旦那」
「ああ、灯子ちゃんの情報通りならばね」
「なに?あの虎の正体がわかったのか灯子。というか、いつの間に西部の旦那に頼んでたんだ?」
「ふっふーん。あの虎ちゃんが同級生だとわかった瞬間よ。紅月の屋敷で睡眠むさぼってた西部の旦那の枕元に幻出現させて、たたき起こして調べてもらったぜ」
ぐっと親指立ててにかっと笑う灯子だが、寝不足なのか目の下にクマができている志里を見て、己、華蓮、秋が思わず「ひどい」と声を出した。灯子の無遠慮さと志里のいいひとっぷりによる出来事は九重の家族内では結構茶飯事である。
しかし、当の本人である志里はふふふんと自信満々な笑みを浮かべている。眠気のある顔と気持ちは別物らしい。
「まま、眠いのはあるけど灯子ちゃんの頼みだからねー。とりあえず僕の調査結果を見てくれよ。実に興味深くてホラーな結果が出てきたところさ」
「ホラー?旦那、そりゃぁ一体」
「灯子ちゃん。君ならば僕の資料に目を通した時点でわかってるはずだ。説明は君の口からしてあげるといい」
「……旦那説明してくれない?」
「だめだめ。これは灯子ちゃんが受けた虎の件だろう?灯子ちゃんが言うべきだよ」
気乗りのしない灯子に志里はびしりと言う。幻灯相手には弱い志里ではあるが、それは相手によるらしいということがよくわかる。
ただ、志里の言う通り虎の件は灯子が一任されたことであり、その説明をする責任もある。灯子は「ですよねぇ」と口にしてから、床に置いた幾つかの資料のうち、戸籍謄本を手に取った。
すべきことがわかれば心は固まる。灯子は気の引ける思いをしまい込んで姿勢を正し、その虎の正体である名を口にした。
「あの虎、正確には虎の憑き物を受けてしまったあの子の名前は、安土美広。彼女の言う通り、嘘偽りなく私や己と同じ中学の同級生。旦那がホラーだと言ったのは彼女が戸籍上、亡くなった事にされているってことよ」
灯子は戸籍謄本の中にある安土美広の名前の所を指さす。そこには亡くなった者に記される亡の文字が着けられていた。
戸籍謄本は結婚や死亡などの事態が起きた際に届け出を提出することで書き換わる。つまり、誰かが虎になってしまっていても生きている安土美広に対し、死んだとして届け出を提出したことになるのだ。彼女は、生きたまま、死んでいる。
事態を察した己はサングラス越しに目を細め、華蓮はその事実を受け止めるかのように一つ「ほぉ」と感心する。その中で秋だけがよくわからずに手を挙げた
「はい。灯子お姉ちゃん。質問があります」
「はい秋ちゃん」
「その安土さんって人は虎さんに乗り移った訳じゃなくて、体が虎さんになったんですよね?」
「そう。虎の霊に憑りつかれて肉体が変貌してる」
「だとすると、亡くなったってどうやって決めたんですか?死体があるわけでもないのに亡くなったって決められるものなんですか?」
「行方不明だな。灯子が言うのはそういうことだ」
「行方不明ですか?」
「警察に捜索願を出した場合、しばらくして見つからねぇと死亡扱いになる」
「あら博識。どこで聞いたの?」
「……オヤジからだ」
灯子の代りに答えたのは己だった。「流石の己」と灯子が言うが、こればかりは素直に喜べる言葉ではなかった。行方不明からの死亡扱い、つまり失踪宣告を己が学んだのは極道の道にいた時の事だからだ。
少し灯子をにらんでやると、灯子は全てお見通しとばかりにウインクしながら舌をぺろりとだしていたずらな顔をした。むかつくが、ここで話を脱線してもしょうがない。この野郎とだけ心の中で思っておく。
「まぁおそらくの話だが、その安土美広は虎になったことによって表に出ることが難しくなり、美月山に逃げてきた。で、捜索願が出されたわけだが、流石に虎んなって逃げりゃ見つけるのは無理だろうな。で、時間がそのまま経って安土美広は失踪しこの世にもういない者と判断した。つまり、死亡扱い。こんなところか」
「おっと、そいつは正解じゃないなぁ己」
「なに?」
「華蓮さんはどう考えます?」
「ん、少し待て、今の話を聞いて思い出したことがある」
灯子が華蓮に話を向けると、その視線に答えるように華蓮は顎に手を置き、蒼い瞳を細める。そして記憶を探るように視線を上に向けると、「うん、これだ」と一人納得してからそれを口にする。
「己、行方不明の者が死亡扱いになるまでの捜索期間がどれほどなのかを知っているか?」
「いや、そこまでは」
「七年だ。これを失踪期間という」
「七年ですか?」
「ああ。確かにテレビで見たぞ己。うん。娘から映画の録画を頼まれたのだが、間違えて撮った番組でそんなことを言っていた」
「華蓮さん、哀華ちゃん怒ってた?」
「いや、無言だったぞ」
「それ怒ってますよ」
「そうなのか?」
「……まぁ、録画の話は置いといて、失踪期間って奴が七年ってのは決められてることなのか?灯子」
「そうみたい。実は私も穂積さんから聞いたことある程度でさ、そんなに知識無いんだけど、そうなんだよね?西部の旦那」
「ああ。戦争や船舶事故でない場合は普通失踪と言って、生死不明の状態が七年続いた場合、申し出ると家庭裁判所の判決で失踪宣告が成される。この失踪宣告によって死亡扱いに切り替わるってことだ。ふふん、人探し中心の探偵業なら知ってて当り前さっ」
「さて、名探偵さんの言う通りだとすると、己。どういうことだと思う?」
灯子は己に七年という期間を踏まえて今回の虎の件がどういうことかを聞く。己は灯子から正解じゃないと言われ、七年という失踪期間を考慮する。考えるべきは、あの虎、安土美広がいつから行方不明になっていたかということだ。
「行方不明から七年で死亡扱いか。つまりその安土美広が行方不明になったのは七年前になるな。中学の同級生ってことは、俺達と同じ二十四歳。既に死亡扱になってる事を考えれば、差し引いて十七歳前後には行方不明になってねぇとおかしい事になるな……いや待てよ、七年?虎んなって七年も行方知れずか?」
虎になった事によって身を隠した。だから行方不明。と考えていたが、そこに七年という期間が加わると違和感が浮き上がる。
己が目にした虎は規格外の巨体で、身を隠すにも一苦労だ。相当目立つ容姿で街中に潜伏することはほぼ不可能と言っていいだろう。それに食料の件も考えれば虎の状態で七年間誰にも見つからずに街に潜伏し、生き抜くことはまず無理だろう。
それが七年も行方も分からないまま生きているというのは凄まじい違和感だった。なんとなくだが己は灯子が正解でないと言った部分が見えてくる。
「街ん中に七年潜伏できねぇなら……美月山に?いや、そいつも無理があるな。緋森当主、会合で目撃証言が一か月前あたりだと言ってなかったですか?」
「ああ。紅月の大旦那様が言っていたな」
「目撃の証言って奴から考えても美月山に居ついたのは少なくとも一ヵ月か二ヵ月前。美月山の見晴岩辺りに隠れ住んでるっつっても、うまく隠れるなんてのは不可能だな。なにせ元は人間で、山の"いろは"は一も知らねぇはず」
「もしうまく隠れ住んでいても、狸か狐にはみつかるだろうな。そうでもなれば灯子ないし、幻灯当主に話というものが行くはずだ。己の考えはあっているだろう。だがそうすると、行方不明の七年間、本当に行方知れずになるぞ?」
「緋森当主の言う通りだな。虎の存在がなかったみたいなことになるのか?」
七年という期間が出てきたことにより、己と華蓮は思考をめぐらすが、行きついた先は虎が七年の間どこに居たのかという疑問だった。
己が灯子の顔を見ると、惜しいところまで来てるぅーという、答えを知ってても言わない妙にむかつくにやけ顔だった。
己と華蓮が悩むその答え、出したのは隣でじっくり話を聞いていた秋だった。
「灯子お姉ちゃん。これって、順番が逆ですか?」
「なに?順番が逆?」
「お、秋ちゃん気づいた?」
「たぶんですよ?虎の状態のまま七年間見つからないことが無理だったら、人のまま行方不明だったんじゃないんでしょうか。それで、七年後、その失踪宣告ってのを受けてから虎になっちゃったとか?ですかね」
「はい秋ちゃん正解っ」
「おお、当たった」
その答えに己と華蓮がはっとする。己の考えは前提条件が間違っていたのだ。
虎になったから隠れ、行方不明になったという考えはたどり着きやすい間違いである。それは虎にあった際に隠れ住んでいたという事実や、虎に変貌してしまい人に会えなくなったという言葉を聞いてしまっているからこそ起こる先入観。実際には虎にいつなったかということを、己は本人から聞いていないのだ。
虎への変貌と七年間の行方不明。この矛盾をどう解決するかどいう点においては発想力と柔軟性が重要であり、己と華蓮は謎解きは若い方が得意か、と少し羨ましそうな目を秋に向ける。それを大人げないなぁと灯子が見ながら話を進める。まだ話には続きがある。
「さて、ここからが本当のホラーな話」
「ん?行方不明ってのがホラーな事じゃねぇのか?」
「違う違う。ま、一般的に見れば行方不明者が虎に変貌して見つかってたってのもホラー展開だけど、もっと別物に怖いことが起きてんのよ」
「怖い事?」
「そ。話を整理すると、安土美広ちゃんは七年間行方不明になり、七年の失踪宣告の後に美月山に虎となってたどり着いた。ここまでは秋ちゃんの言う通りの話なんだけど。西部の旦那に調べてもらった結果、その失踪宣告は今から四年前に成されてた」
戸籍謄本のコピーには日付が書かれている。それを指さす灯子。それは志里が調べた際に戸籍謄本が更新された日付だった。更新自体が実際に死亡扱いにされた直後とは限らないが、役所仕事を信じても、後ろ数日であることは間違いない。
そこにある日付は今から四年前にさかのぼり、梅雨の間の五月二十八日である。それを見た己が「どういうことだ」と小さく声を出した。
「……一つ確認するぞ、灯子」
「どーぞ」
「安土美広は中学生の時の俺達の同級生だよな?」
「改めて聞いたけどそうだって。ちゃんと学校名も言えてるし、私が知ってる中学の同級生の名前も、担任や担当教員の名前もバッチシ」
「おい灯子、四年前に失踪宣告されて失踪期間が七年とくれば、足して十一年。俺たちの年齢が二十四だとすると、引いて九歳に行方不明になった事になる。九歳って言やぁ、まだ小学生じゃねぇか」
「日付から考えるとそうね」
「つまり行方不明者が中学に通って、俺たちの側にいたってのか」
「そーなっちゃうわよねぇ。ま、ちょっとこれ見て」
灯子は新たに出てきた矛盾に驚く己に向けて、一つの資料を手渡す。そこには大量に名前が列挙されており、その名前にはいくつかの見覚えがある。中には、萩原灯子や灰鳴己の名前もあった。
何が書いてあるのかと、華蓮や秋も己の手にある資料を覗き込むように目を落とす。
「これはなんだ己?名簿か何かか?」
「緋森当主。これは中学んときの同級生の名前かと」
「……あれ?灯子お姉ちゃん。こういうのって、あいうえお順ですよね?。その、安土さんの名前、どこにもないですよ?」
「うむ、確かにない。見間違えではないようだが、これはやはり中学の同級生だったということが嘘と言う事か?灯子」
「それにしては中学時代の事をかなり知ってるのよ。躊躇なく名前が出て来たり、学校行事もスラスラ出てくる。おまけにクラスの人気者や女子特有の恋バナ的なのも」
「そいつぁなんだ、今聞いてるのか」
「今聞いてる。女子トークめっちゃ楽しい」
「灯子の言う通りなら、やはり安土美広という子は中学に通っていたことになる。だが、資料では小学生の時に行方不明。矛盾してるな。己はどう考える?」
「……いや、これはそのまんまじゃねぇのか?」
「どういうことだ」
「行方不明者が中学に通っていたってことでしょう、緋森当主」
「だが、中学に在籍していれば、行方不明だったとすぐわかりそうなものだ。警察がそのあたりを怠慢していたとは考えづらいぞ」
「それで見つからねぇってことは、中学に通っていたそれが安土美広だとわからなかったってこと……最低でも偽名を使ってるはずだ。いくとこまでいけば整形まで可能性が出てくる。中学名簿に名前がねぇのがその証拠だ」
「己、それはつまり、本人が自覚して身分を偽っているということになるのか?身分を偽る理由があるとすればその理由はなんだ?」
「それは……灯子、何か聞けてねぇか」
「えっ、あっ!?」
己と華蓮が考察を続け、行きついた先の疑問を灯子にぶつけようとした瞬間、声を出したのは秋だった。その突然の声に己と華蓮が見ると、ひきつった顔をして固まっていた。それは何かに気が付いたということの表れであり、灯子が言うホラーであることを理解した瞬間だった。
「あ、あの……これ本当ですか?」
「マジ。ですよ秋ちゃん。さぁ、答えをどーぞ」
灯子に促されると、秋は戸籍謄本をもう一度見直す。その後考えをちゃんとまとめるために目を閉じ、少しだけ間を置くと、恐る恐るその推理を口にした。
「これ、やっぱりそうですよ、虎になっちゃった安土さんは、自分が行方不明であることは自覚ないんです。身分を偽っていたんじゃなくて、偽物の名前を、本当の名前だと思い込んでいたんだと、そうじゃないでしょうか」
「自覚がねぇって、どういうことだ」
「自分がもし行方不明者だと自覚してるなら、名乗り出るでしょうし、そう言う事情があったとしても、行方不明者が自分で捜索願なんて出せないですよ。その理由を考える方が無茶なんじゃないでしょうか」
「そりゃ、確かにそうだが、緋森当主。どう思います?」
「うむ、言っていることは確かに正しいと思う」
「で、そう考えると、自分の正体が偽りであると無自覚なら、誰かに教えられたことになる……なら、誰が安土さんに偽物の名前を教えたんでしょうか。偽物としての生き方を子供にわからないように教えることができるのは、誰でしょうか。そんなの、生まれてから名前を呼び続けてなければできないはず」
「……おい、そりゃぁまさか」
「そしてもう一つ……この戸籍謄本の更新って、誰かが申し出しないとできないって志里さんが言ってました。それは行方不明の本人では無理なら、七年経ってからの死亡の為の更新を誰かがしたことに。それってつまり――――」
さらに青い顔をして、秋は戸籍謄本の安土美広の上にある亡の文字を指さした後、それをゆっくりと、震えながら、スライドさせていく。
そこまで来れば己も華蓮も秋の言いたいことは理解し、にらみつけるようにその名前を凝視した。
安土美広が行方不明であり、身分が偽りであることを知らされずに生き続け、七年後彼女は死んだ。正確には殺された。誰に?秋のスライドした指はそこで止まる。
「安土さんのご両親が、失踪宣告を使って、戸籍上殺したことになりませんか」
秋の答えに、灯子はにやりと笑みを浮かべていた。
お読みいただきありがとうございました。




