十五話 幻灯の思惑 "I want you to know me"
会合が終わり、灰鳴己は灯子の祖父である萩原幻灯に呼び出されていた。
会合が終わると時刻は五時を回っていた。夕暮れの空、山に沈む夕日に空が藍色づいてくる。星が空に輝き始めれば夜はすぐそこで、そうなれば田舎である稲見村は月明かりだけの静寂に包まれる。そう、普段ならば。
今日の夜は静寂を破る人と狐との一騎打ち。山から聞こえる一騎打ちの音は村にも響くだろうと、二つの声が話をしていた。
「ふん、あの時のように飛び起きるほどの騒ぎにはなるまいな、己」
「一騎打ちですが、多少は五月蠅くなりましょう」
紅月の大屋敷、灯莉の間と書かれた部屋。そこには萩原家当主である萩原幻灯と灰鳴家当主である灰鳴己の二人が向かい合う。
会合が終わった後、虎の件や狐との一騎打ちの為の"大詰め"をするため、灯子は灰鳴己、緋森華蓮、祠堂秋、西部志里に声を掛けていた。しかしその前に幻灯が己に用があると連れ出していたのだ。
幻灯が己を連れ出した理由は、御守と共に灯子の動向を己に見張らせ、今回の虎の件と狐の勝負事を己の目からどう見ているかを聞く為。
灯子と同じ濃紅色の目で己をにらみつけるようにしながら、幻灯は会合で灯子が語った内容に差異が無いかを再確認する。己はただ灯子が会合で話した内容をそのまま幻灯に返すだけだった。
「今日の一件は全部話した通りです幻灯当主。まだ何か聞きたいことが?」
「まぁ、事の次第はわかった」
「なら俺はこれで、」
「己。虎の件はいいとして、狐の件どう見る?」
「……次期当主たる灯子が一騎打ちを受けた以上、それに自分が与するのは無粋というものでしょう。これ以上事が拗れることがあれば灯子の手からこぼれるもんが出る。ただ、死合うとなれば山中のどこかでそうならねぇように居るつもりですが」
「くはは、山中に身隠れか。灯子の御守も苦労よのぉ」
「そのために一騎打ちがご所望の狐の機嫌取りってぇのも不思議なもんですがね。しかも服についた汚れは手前で奇麗にしなきゃならないんでしょう?」
「御守を言い渡したわしへの当てつけか。生意気よのぉ」
「少しは文句の一つも出るもんでしょう。当主には我慢の一つも願いたいもんだ」
己が視線を外し、息をついて少しだけ悪態をつくと幻灯はそれを見て豪気に笑った。灯子の御守と言う役目を言い渡した本人だが、それも他人事のように言い放つ様は見ていてあまりいい気分ではない。
あまり強く反論さえしなければ機嫌を損ねることはない幻灯なので、己は反論とも言えないような愚痴を言うにとどめるしかないが、それでも口に出すだけで少しは気が晴れるというものだ。
「はぁ……申し訳ないが幻灯当主、まだ灯子との話が終わってないんで、なにも無けりゃこれで失礼したいが」
「まぁ待て。お前の考えを聞いてなおさらに言っておかねばならんと思うたところだ」
「なにか、あるんでしょうか?」
「ふん。己、貴様は狐の一件、何かあれば手を出すと言ったな」
「灯子の御守がある以上は何かがあればですが」
「その件、絶対に手を出すな」
「……そりゃぁどういうことで?」
「言葉の通り、灯子と狐の一騎打ちに手出し無用と心得よ。炎幻萩原が血統の子。狐一匹に負けることなくば、勝利なんぞ造作もない」
白髭をさすりながら幻灯はそう言う。だが己は八尾の狐、煽五郎左衛門狐が繰り出す化かしの片鱗をその目で見ている。それに、怒りに狂う煽のどう猛さと、殺意のほどをわずかにでも知れば、たとえ萩原が持つ奥義、"炎幻の秘奥"をもってしても灯子に万が一が起きえる。そう己は考えていた。だからこそ、一騎打ちの矜持を破ってでもと美月山の山中に隠れていようと思っていたのだ。
「不服か?」
「……おひとつお聞きしても」
「ふん、灯子が狐に負けるはずもないというその理由か?」
「ええ」
「まぁよかろう。こればかりは下手に貴様が手出ししてはこちらが困る。しかたあるまい、特別に説明をしてやろう」
「お手数をおかけいたします」
「己、貴様は灯子と相対する狐の化けの妙技を見たと言うたな?」
「木の葉に化け、灯子の背後を完璧に取るさまをこの目で。熊をも食らえる大顎には牙が生えそろっていた。灯子に限らずそれを食らえば即死でしょう。あれは普通の動物の規格を完全に外れた、化け物の類だ」
「ほほぉ、化け物の類のぉ。それで、貴様は灯子が負けると考えるか?」
「灯子の自信のほどを見ればそれもねぇが、それでも万が一と言うのはあり得るかと」
「万が一、貴様はどこでそれを見る」
「状況を読み、先に手を打つ灯子だからこそ、"見えねぇ札"を読むのがまだ甘い」
今日の一日、灯子の様子を見てきた己だが、虎や狐の件で情報が出てくるたび、どこか灯子の思惑の外の情報があったように思えた。灯子はすぐにそれに対応するように考えを巡らせていたが、その一瞬だけは嘘偽りなく驚いている様がある。己はそれを隙であると考え、その隙が一騎打ちでは命取りになりかねないと考えていた。
己の言葉を聞き、幻灯はわずかに濃紅の目を細めた。それはまるで品定めするかのように見えた。
「なるほど……ほぉ流石は腐れ縁。よく見ておるわ」
「常に灯子の動向に気にかけろと誰かに言われてるからでしょう」
「わしの言いつけを守っておるのは健気じゃの」
「茶化さねぇで話の先をお願いしたい。当主は今、万が一すらないと言っているように聞こえてならねぇ」
「ふん。そう急くでない。狐の件手出し無用と言うた理由は至極明白にしてただ一つ。それは炎幻の秘奥の許可をだした。それだけよ」
「炎幻の秘奥が、その理由ですか」
「そうだ。萩原家が神通力の奥義。ひとたび使えば化け物など手も出せぬ、神が卑怯と羨むその代物よ」
「それは聞き及んでおりますが」
「いや、貴様は何も知らん!」
「……」
「いいか己。九重の家族が家々にはそれぞれに秘奥と呼ばれる奥義を持っておる。灰鳴とて例外もないが、炎幻の秘奥が何たるかを知らぬとは未熟!ふんっ、まだまだ貴様も若い。当主としては祠堂の忘れ形見と同じ程度ということだ」
幻灯は己の言葉を聞いて豪快に笑った。他者を見下ろすあまり気分のいい笑いではないが、幻灯は九重の家族の中でも最年長であり、他者を見る目に関して言えば間違いはない。己は一つ、「まだまだ修行不足なもんで」とわずかに頭を下げた。
だが、己の考えにすこし虫の居所が悪くなったのか、会合で見せた幻灯の口調の強さが表に出てくる。
「そもそも貴様は眼前の脅威にばかり意識を取られる愚か者よ。狐との一騎打ちに万が一などと考えるは、その狐の実力を自らの力量と量ったからにすぎんじゃろう。だから馬鹿者よ。狐と一騎打ちするは誰ぞ、言うてみい。狐との実力差を量るに、誰の実力を知らねばならぬか言うてみい。貴様は、狐の相手の実力をしっかりと量ったか言うてみい!」
「……おっしゃる通りで」
「ふん、次期当主に後れを取るようなものが当主とは、灰鳴も落ちたもんだ」
返す言葉はなかった。強く厳しい言葉ではあるが、幻灯の言葉には確かに理がある。狐と一騎打ちをするのは灯子。どちらが実力の上を行くのかは確かに狐と灯子の実力を知る必要がある。
だが己は両者の真の実力を知らない。狐とのやりとりは初めてだったし、灯子はその幻使いの実力のほどを普段から見ているが、その真骨頂は見たことはない。両者が本気でぶつかり合う化かしの一騎打ちの差を量ろうにも、お互いの真の実力を知らない己。
口に出した万が一という言葉の裏にあるべきはずである理由となるものが、幻灯から言わせれば無いに等しいのである。
無論、幻使いとして萩原灯子にその真髄を教え込んだ萩原幻灯だからこそ言える言葉でもあった。
「その思考、目に見えるものみしか信じられぬ道を歩んだが故の弊害か。くだらんことこの上あるまい。まぁいい、結局のところ貴様は萩原が炎幻の次期当主、萩原灯子の真を知らぬという事よ」
「言葉もありません」
「この際だからこそ言うておく。あれはわしが知るに萩原の中でも至高を行く。腹が立つので言いたくはないが、血に宿る神通力のほどで言うならば、灯子こそ歴代にて最強を名乗っても良い」
「灯子が、萩原の歴代で最強。それほどの力を?」
「精神はまだ未熟だがの。だが、いまだ成長する神通力は二十も半ばにして既にわしの上を行く。ゆくゆくは炎幻萩原の初代様すら超えかねんほどだ」
己に言い放つ幻灯は腕を組み言い放つ。わずかに視線を外し、悪態をつくように吐き捨てるその様はまるで忌々しいとばかりだ。だが、逆に言えばそれほどまでに萩原灯子の能力者としての実力はすさまじい物であると。それは己が初めて聞く話だった。
萩原が持つ神通力。それは幻を生み出し、他者を惑わして騙す能力。生み出されたただの幻ではなく、物理的な接触も可能であり意識を共有することもできる。それが己が見てきた萩原灯子の能力だ。
その能力の凄まじさは何度も目にし、今日でさえ何度か灯子の作り出した幻で窮地を脱するのを見てきた。それが、灯子の実力であると考えていた。
だからこそ狐との勝負には不安があった。だからこそ己は山中に隠れ灯子のいざと言うときに備えようとしたのだ。
しかし幻灯は言う。言い放つ。忌々しくだがはっきりと。狐との勝負には手出しは無用。灯子の真の実力を己は知らないと。そして、萩原が持つ神通力の歴代最強である灯子は狐に負けることはないと。そう強く言い切ったのだ。
「……」
「ふん、貴様も考える頭はあるようじゃな。まだ心配事でもあるか」
「自分が当主としての未熟さの程度はわかっているつもりです、自分が灯子の実力を量りかねていることも。くどいと思われるでしょうが、それでも万が一と言うのもないんでしょうか」
「ない。ありえんわ」
「……わかりました」
「ったく、貴様も灯子と同じくらいに聞き分けの悪い奴じゃ。顔に納得しておらんとでとるじゃないか。わしが狐の件は無用と言うに手まで出しそうじゃのぉ」
「……」
サングラス越しで己の目線は幻灯には見えないはずだ。だが、その間や己の身体か発せられている雰囲気を幻灯は察し呆れる。付き合いとしての時間は長くはないのだが、それでも幻灯の人を見る目は確かであり、己の心中を見抜いていた。
「面倒事は嫌いじゃが、仕方あるまい」と、幻灯はやはり灯子の祖父であると言わんばかりに同じセリフを吐いた後、己に言う。
「昔、美月山で狸と狐が戦争していたことは知っているな?」
「灯子に聞きました。五十年前に大一番をやらかした後、十六年前まで小競り合いがあったと。それが灯子と関係が?」
「ふん、やはりあの馬鹿は大事なとこを言わんか……」
「大事な所ですか」
「貴様に灯子が語らなかった部分があるということじゃ」
「それは一体」
「五十年前に起きた狸と狐の大戦争。わしと紅月の前当主殿が間に入って事なきに収めようとした。大量の獣の死体の処理は面倒個の上ない。故に小競り合いによる領地奪いを言い渡したが、なかなか勝負決さぬことに狸も狐も腹を立て、決め事を無視して再度大戦争を起こしたことがある。それが十六年前のことだ」
「十六年前にもう一度ですか」
「そうじゃ。そして――――」
幻灯はまた視線を外した。だが今度は忌々しさもなく、どこか懐かしい記憶を思い出すかのように。そしてわずかに間を開けると、一つ息をついて口にする。
「狐狸が最大の大戦争、その決着をつけたのが当時十もいかぬ灯子じゃ」
「灯子が、止めた?」
「赤き満月に彩られたそれを、一夜どころか一時間もなくして騙し尽くした。騙し尽くして両者の牙を全て鞘に納めさせた」
己は驚く。化かしの才たる狸と狐を騙し尽くした?それもたった一時間で?今日の一日を知れば、狸や狐が只の動物ではなく、理解が及ばないほどの高度な術を使うということを知っている。人語を解し、人が持つ理性を持っていることを知っている。
だからこそ、その超常現象の様な狸と狐を化かすことがどれほど難しいか、騙しの神髄を知らない己でさえわかるというものだ。
灯子から聞いている狐と狸の最大規模は十二万。それは美月の山全域にまで広がるほどの数だ。それを一時間で騙したとなれば、灯子の神通力は美月山全域にまで届いたことになりかねない。それも十六年前と言えば八歳か九歳で。
紅月に連なる分家の中、実力のほどで言えば序列三位に収まる灰鳴の神通力でさえ、そんな規模を扱うことはいまだに不可能である。
「驚くのは無理もあるまい。このわしとてその時は驚いた」
「え、ええ……」
「だがそれこそ、灯子がその時使ったのが会合で許可を求めた炎幻の秘奥よ」
「それじゃぁ灯子は、既にその時には秘奥を?」
「ふん、修得の手ほどきなど一もしておらんと言うのに、灯子はその時の思い付きだけで発現させおったようじゃ。修得にはまだ早いと一度も見せてはおらんかったというに。わしとて修得には三十年もの時を掛けたのだがな。まったく憎い話よ」
「と、到底、信じられねぇ話ですが」
「くどい。それでも信じられんと言うなら、あとは灯子にでも聞くがいい。あやつも狐の一騎打ちにはだれも手を出すなと今頃言うているはずじゃ。そもそも"炎幻の秘奥"は全てを騙し尽くす。貴様がいても邪魔なだけじゃ」
「わかりました。確かに納得するしかない理由だ」
「わかればよい」
「ただし狐の件は、ですが」
一つ息をつき、己は幻灯の言葉にかぶせるように言葉を出す。幻灯から灯子の実力を聞き及んだからこそ、今度は別の事を聞かなければいけなくなっていたのだ。
己の言葉に、右眉だけを上げて幻灯はまだ何かあるのかと己をにらむ。しかし、己が言わんとしていることはすぐに察し深く息をつくと、仕方ないとばかりに言う。
「ふん、まぁ貴様が言いたいことはわかる。そこまでの実力を持ち合わせる灯子の御守がなぜ必要かと言うことじゃろう?」
「その通りで。話だけ聞けば灯子を守る必要が見えねぇ。精神はまだ未熟だとしてもそれを補って余るほどの神通力。狐との化かし合いにも問題がないなら、殴り合わねぇ虎事はもっと楽なはず。灯子を守ることに嫌気がさしたわけじゃねぇが、御守が必要とは到底思えねぇ。もっと言えば、俺が足を引っ張る形になりかねない」
己は九重の家族の序列第三位、灰鳴家の当主という立ち位置ではあるが、自身の程度というものは誰よりも理解しているつもりである。そして聞かされた萩原灯子の真の実力の一片を耳にし、やはり灯子よりも自身が劣っていることを強く自覚する。
確かに体格や力といった部分は灯子よりもあることは確かだが、神通力と言う異能力が大きくかかわる部分では灯子の方が強い。それも圧倒的に。筋力や敏捷性などといった己が持っている肉体的な優位性などそれは簡単に覆す。
さらに言ってしまえば、灯子が修得している炎幻の秘奥。それに匹敵する灰鳴家の奥義である"弔炎の秘奥"を、己はまだ完全には修得していない。
幼くして奥義を修得した灯子と、今だ奥義を扱いきれない己との実力差は歴然。思わずそこに靄がかかる思いをせずにはいられない。
幻灯に言われた未熟と言う言葉が痛いほどに己の中で響く。そんな弱い自分が灯子の御守をするにふさわしいか己は疑問に思う。
「言われた限りは全うするつもりだが……本音を言えば、強きを守る弱き者ってぇのは、まぁ、みじめなもんでして。それも無意味な事にしか聞こえないときている」
「劣等感を持ち合わせておるか。一丁前に当主としてのプライドだけはあると見えるな。だがまぁくだらん事よ」
「なんとでも。言い返すだけの言葉はねぇんで」
「……まったく面倒な事よ。一から十まで言わねば納得もせんとは。察しも悪ければ下手に噛みついて怪我するだけじゃ」
「それでも」
「馬鹿者め、我が強いのは灯子と似たもんじゃ。ただまぁ、ここでこじれても厄介が増えるだけ。拗ねられても困るというものじゃ」
幻灯は、座っていても背のある己を見下ろすように視線を向けた後、「子供よのぉ」と一つ言葉を向け、その瞬間に己の視界が一瞬にして漆黒へと切り替わった。
「なっ!?」
部屋の灯りが落ちたという薄暗さではない。己と幻灯を除き、部屋のいたるところが黒に塗りつぶされている。床も、壁も天井も黒一色に塗りつぶされれば、今間であったはずの奥行や上下感覚すらも失いそうになる。
何が起こった?と己が立ち上がろうとした時、ふん、と幻灯の声が漏れた。
「慌てるな馬鹿者」
「これは?」
「今、貴様に見えている黒。それは幻じゃ」
「幻?」
「正確には幻視。貴様の脳がわしのこの部屋を真っ黒な空間だと誤認識している状態じゃ」
「つまり、こりゃぁ当主の神通力?」
「紅月が屋敷の壁に蝋燭があるのは、屋敷内で誰もが神通力を使用するため。萩原の幻は火さえあればいかようにもできる。まぁこの話は知っておるか」
「ですが、なぜ幻を?」
「貴様が事をすべて言わねば理解できぬ頭なのは知っている。それでも御守の理由を言わぬは、それが言えぬ事情があるから故。なれば、その理由を目で見て理解するほかなかろう。そのための、幻じゃ」
そう言うと、幻灯は己の前の畳に一つ指をついた。同時に幻灯と己の下に巨大な掌が現れた。十二畳ほどの手のひら、焦げた茶色の様で、ゆっくりしたから上がってくると己と幻灯のすぐ下で止まる。まるで、巨大な手のひらの上にいるかのような錯覚を受ける
「こりゃぁ一体」
「見ての通り、手のひらじゃ」
「だが、誰の」
「……此度の虎の件、狐の件、さらに言えば美月が山に起きた狐狸の戦争ごと、そして紅月の会合で出た獣の畑荒らし。その全てがつながっている」
その言葉を聞き、己はハッとする。確かに灯子は全てがつながっていると言っていた。そして、何かに誘導されているとも口にしていた。
今、幻灯が口にした今日起きた出来事は全てがつながっており、灯子や己がその出来事に対して誘導されているとしたら……つまり、灯子と己は誰かの手のひらの上だったということになる。
そして己は考える。今日の出来事を全て把握した上で誘導ができる存在とは一体何か。虎憑きや狐の同胞殺し、それに九重の家族を誘導できるとなれば、もはや人や狐狸ができるようなレベルじゃない。
「っ!まさか俺に灯子を守れと言ったのは」
「貴様が言った通り、灯子は精神的にはまだ未熟。見えておらん札に虚を突かれることもある。たとえその存在気に気づいていたとしても、その存在がどう動くかまでは制御できん。なれば、わしが考える万が一がここにあるということだ」
ふっと視界が元の和室に戻る。幻灯の幻視が解かれたのだが、己が見ていたその光景は瞼の裏にはっきりと焼き付いていた。黒い空間の下から現れた巨大な手のひら。圧倒的な存在感と、全容が見えない不気味さ。それが何ものかを己は理解した。
「当主」
「話は終わりじゃ。言うべきことは言った。灯子と大詰めの話があるのじゃろう」
「……」
幻灯はまだ話を聞きたそうな己を一瞥すると、すっと立ち上がった。そして障子に手を掛けると、思い出したかのように立ち止まり言う。
「灯子の足元の手のひらは十六年も前からある。いつ握りつぶされてもおかしくないと心得よ……貴様が灯子を真に想うのであればな」
一人部屋に残される己は当主として浅く未熟だとしても、知らないことが多すぎると顔を曇らせていた。そしてその心を見透かされているということも。だがふと思いつく。
「……十六年前から?灯子はこのことを知らねぇんじゃねぇのか?」
お読みいただきありがとうございました。




