十三話 美月山に狐狸の戦事 "The day when I stopped the time"
灯子は狐の頭領と名乗る煽五郎左衛門狐と化かしの勝負をすることになった
その為に下山する灯子と己。己は灯子に狸と狐の戦争の事を聞く。
※第一部の前(一番最初)にタイトル絵と登場人物を乗せました。
登場人物は追加される可能性があります(しない場合もあります)。悪しからず。
八尾を持つ巨躯の狐、煽五郎左衛門狐とのやり取りを辛くも退けた灯子と己。二人は虎が起きるのを待ってから下山を始めた。時刻は三時を回っており、日が傾いて空にはオレンジの兆しが見える。
虎、正確には虎になってしまった正体不明の灯子たちの同級生は、灯子と狐との化かし勝負の賞品のような状態になっていて、一緒に山を下りる事は出来ない。今は煽の言う通りにするほかなく、見晴岩で勝負の行方を待つことになる。
しかしこの虎になった同級生。なんというか性格に気の弱いところがあり、狐に殺意を向けられたこともあって、灯子と己が一度下山をすると聞いて大いに泣きだし、仕方なく灯子が策を講じることで納得してもらう運びとなった。それで過ぎ去った一時間を考えれば、煽との勝負の前準備もしなければならないので、斜面を下る灯子と己は嘆息の息をもらしていた。
「で、灯子。策って奴はバレやしねぇだろうな?」
「そうやって口にするから駄目なのよ。話を変えなさい己」
「あぁそうだな。ならひとつ気になることがある」
「なに?」
「あの化け物狐の事だ。頭領を名乗ってやがったが、知らねぇのか?」
なだらかな斜面を少し早めに歩きながら、前を行く灯子に己は聞く。美月の山の事ならばお任せあれとまで豪語しそうな灯子だが、八尾を持つ狐、煽を見た時に灯子は見たことが無いと言った。それに己が見る限り、頭領の一角である斑はまるで極道のように縄張り意識が高い。無断で山に入ることを嫌う性格であることは見ればわかる。それと同じはずの狐の頭領の事を、筋を通す灯子が知らないなんてことがあるとは思えない。
だが灯子は八尾の煽を見たときには見たことが無いと言い切った。そこにある矛盾は、聞いておかなければならないと己は言葉を掛け、言葉を聞く灯子は振り向くことなくそのまま返答した。
「たぶん、世代交代だと思う」
「世代交代?」
「私が知ってる二頭領の一角は煽五郎左衛門狐じゃないもの。そう考えるのが自然よ」
「若ぇ奴の騙りの線は?」
「人間相手に?子分連れてまですることじゃないでしょ。嘘がどれだけいけないことか、己の方がよく知ってるでしょ」
「狐の世まで極道と同じならな。しかし……なるほど世代交代か。あったとしても、それは灯子の知らぬ間にってことでいいのか?」
「狸も狐も私に知らせる義理とかないし、それが当たり前の話よ」
そう話す灯子の背には少しばかり哀愁の様なものがあるように己は思えた。中学の時からの腐れ縁と言えど、その人生は全てが重なっていたわけではない。同じ炎の血族、九重の家族と呼ばれていても互いに知らないことは多い。
「お前と狐の間に何があったかは知らねぇし、喋りたくなきゃそれでもいいが、俺はこの山を知らなすぎるみたいだ。ちと、当り障りのねぇところで教えてくれないか?その狸と狐の戦争ごとって奴を」
「聞きたいの?」
「俺が九重の家族の立場を貫く以上、美月山には何かと縁がありそうだ。知らぬ存ぜぬで通せるほどこの山は甘くねぇんだろう?少しは知っておきたい」
「紅月の旦那に己は美月山に関わらせないって言っておこうか?」
「お前が関わってるんだ。お前の隣にいる以上は無理だな」
「そう……そっか。ありがと」
「礼?」
「なんでもないわ」
己としては自分から美月山に関わることはない。しかし、美月山の事を良く知り、そして密接な関係になっている灯子の側に、己は居続けることになるだろう。それが自分からなのか当主からの言いつけなのかはわからなくとも、この先ずっとそうなるのだろうということを、己はどこかで感じていた。
そして、それをしっかりと口にし向き合うということを灯子もわかっているのだろうか、「流石の己」とわずかに振り向き笑みを見せた。
「さーてさてさて、それじゃこの幻使いが灯子様による美月が狐狸の大合戦と題しまして、血で血を洗う世にも奇妙なお話をお聞かせしましょうーじゃないーかーっ」
「おい、話せとは言ったが口調はどうにかなんねぇのか」
「雰囲気作りよ。いまいちノリ悪いわねぇ」
「いいから普通に頼む」
「はいはい。事が起こったのは今から五十年も前。美月の山中を収めていたのは狸で、そこに縄張りを奪いに狐が侵略してきたのが始まり」
「五十年。そんな前からか」
「私も生まれてないからね、斑やうちのジジイから聞いた事よ」
灯子が言うには、五十年前の秋、山中に色とりどりの木の実が出来上がる、赤鮮やかな紅葉化粧の山肌でその合戦は始まったのだという。
その年の秋、美月山にはいろんな木の実や果物が実りに実った豊作の年であり、霊山に不動明王の加護にて恩恵にあずかりやと言われるほどだったという。
当然、獣同士の縄張り争いのその理由とくれば、豊富な食料の奪い合い。冬を間近に迎えれば、狐も狸も譲れぬ戦いとなるのは必然だった。
「斑六郎右衛門狸が率いる狸の軍勢は、美月寿水郷・府釣間神社あたりに大規模な布陣を構え、防御一辺倒であはあるが堅固な守備の構えを見せる。その数、四万」
「対する狐は?」
「この山向かいにある美月妙典郷・才天院神社に遠征してきた妖狐の軍勢を並べ、徹底的な攻勢の準備を整えた。指揮は九尾の天狐、柘榴九郎新之助狐。狸滅ぼすべしと遠征軍の数、まさかの八万」
「計十二万の生き物でやらかしたのか」
「いやいやまだまだ。狐の軍勢には援軍として山犬が二万加勢し、狸の軍勢には数は百と規模は小さいけど熊が援軍に入った」
「抗争とかそう言うレベルじゃねぇなぁ」
「あら、大坂冬の陣より少ないわよ?」
「馬鹿言え、大戦争じゃねぇか」
およそ二十九万が動員された徳川と豊臣の合戦はさておいて、灯子の口調は面白おかしくではあるが、その想像しがたい戦争の情景を口にする。
まるで見てきたかのようだが、大体の話が斑の大狸と灯子の祖父、幻灯からの受け売りだ。そのことに己は、灯子が背を向けて語っていることをいいことに呆れた顔をしながら煙草を吸いつつ耳を傾けた。
「しかもこれ、やらかしてるのが人間ならまだしも狸と狐、いわば化かしを交えた大合戦。やぁやぁ我こそは~なんて正面切った名乗り上げなんて一切なし。互いに攻撃時刻を予告しておいて、同時にそれを早めて攻撃。おまけに互いの陣に狐は狸に、狸は狐に化けた伏兵仕込ませてあっという間に泥沼よ」
「正々堂々もあったもんじゃねぇな」
「それをするのは人間くらいよ」
「それでどうなった」
「まぁまぁ話を急かさない。合戦は赤き月夜の晩の事、うちのジジイも驚いて飛び起きるほどの獣の叫び声が、美月山のいたるところから聞こえたそうよ」
星も隠れる赤い満月の月あかりの下、互いに強襲を考え、合戦時刻の予定を互いに早めたことにより互いの強襲は互いに成功してしまった。さらに大量の伏兵を互いに仕込ませていたこともあり、美月山の山中は紅葉がさらに赤く染まるほどの鮮血が海のように流れ出たという。当然山中いたるところに死体が重なった。
美月山のすぐ側にある稲見村では今も語られるほどの大珍事で、その晩はずっと地鳴りと獣が殺し合う怒号の大合唱。明王信仰もあって、不動明王が御怒りになられたとばかりに震えあがった人もいるという。
「で、翌朝になって山の近くには積まれるほどの狸と狐の死体。そこに交じる山犬と熊数十頭には見た人全員が驚いたって」
「驚かねぇ方がおかしいだろうな」
「紅月の旦那がその時の新聞の記事持ってるから、後で見せてもらったら?」
「あぁそうする。で、それで決着がついたってわけじゃぁねぇんだな?」
「その通りっ」
「で、大一番やらかした後は?」
「あるある。最初は互いに攻勢に出たんだけど、流石は山の古狸。斑六郎右衛門狸は伊達じゃない。狐の攻勢を逆手にとって自軍を後退。狐を引き込んだ先にある罠にかけた。最初のぶつかり合いでどっちも多く亡くなったけど、死体の山は圧倒的に狐が多かった」
「たしか狸は四万と熊の軍だったな。狐八万、山犬二万の計十万を相手には無茶がある。なるほど正面は避けた形にしたのか」
「斑は隠神刑部から教わった戦法だって笑ってたわ」
「敵に回したくはねぇな、そりゃ」
「で、それで狐が引いたり、狸が攻勢に出れば事は動いたんだろうけど、そこから膠着状態に入っちゃってね。狐は狸の化かしの罠を警戒して攻勢に出られないし、狸は狐を徹底的に攻め立てる余力も無いときた」
「にらみ合いか。だが、そのままってわけにも互いにいかねぇだろう?札を切ったのはどっちだ?」
「どっちも自分からは切らなかった。しいて言うなら人間ね」
「なに?狐狸の合戦に人間が入ったのか?」
「考えても見ればわかるでしょ?山の近くに大量の動物の死体よ?それも全部が全部噛み殺された大事件。山に何かあるんじゃないかって普通考えるでしょう」
「まぁ確かにそうか」
「それで紅月の前当主と、うちの萩原幻灯が山に入ったのよ」
五十年前に起こった狸と狐の戦争は人の目に見える形になるほどの規模。だが霊山信仰のある稲見村では田舎特有の他者の介入を拒む気質があり、警察などには知らせが行かなかった。だからこそ、山の所有者であり美月山を管理していた九重の家族、いわば灯子たちの祖父世代が調査に入ることになったのだ。
当然そこで見たのは山中に無数と広がる狸と狐の死体の絨毯。赤黒く染まりあがった地面にはまだ赤い鮮血も残り、山のさらに奥では小さく小競り合いの様な獣の声もしていたという。
「事の次第をなんとなく察した紅月の前当主とうちのジジイは、狸の総大将である斑と、狐の総大将だった柘榴の元へ行き、流石にこれ以上はやめてくれと頼んだらしいわ」
「で、はいそうですかと引き下がりはしねぇんだろう?」
「特に狐がね。狐は人前に一切出ることができない妖狐一族を引き連れて、命を賭けた大遠征。人間の言葉が届くほど物分かりは良くないわ」
「で、どうなったんだ?」
「脅したのよ」
「脅した?狸と狐をか?」
「ええ、これ以上大規模なことやらかすなら山狩りするぞってね。言いだしたのはうちのジジイ。流石にこれには狸も狐も黙るしかなくてね。でも、それで終わりってわけにはいかないから、一年に一度、精鋭を募った化かし合いの勝負で領地を少しづつ奪い合えっていうルールを決めたのよ」
「狸と狐と人。互いが互いに譲れる部分を譲った結果がそれか」
「これなら狸は勝ち続ければ狐を追い出せるし、狐が勝てば領地を奪えるし、小規模だから人間も困んないし、妥協案って奴よ」
「で、それが今の今まで続いていたってわけか」
「ううん、それができていたのは十六年前までよ」
「十六年前まで?」
「うん。そこでぴたりと戦いを止めてにらみ合いに戻った」
「何があった?」
「さぁ?斑に聞いてもうちのジジイに聞いても教えてくれないし、残念ながら私は知らないわ。でもその十六年前に美月山を二分して、狸と狐の双方が山を収める。つまり、二頭領が生まれたと聞いたわ」
「その時点で狐の総大将は?」
「生きてたわよ。柘榴、凄まじい傷跡を持ってたけど」
灯子は少しだけ足を止めてわずかに上を向く。ふと思い返せば、月が愛でる夜空の下で、片目を失い、左足を失い、体中いたるところに傷跡を残し、それでも笑みを浮かべる金色の九尾の狐の強気な顔が印象強く残っている。
詳しくは言わないが、その口ぶりに柘榴の姿を目にしたということを知る己。ゆれる長髪の向こうの灯子の表情はわからないが、それが懐かしくも大事な思い出であることは後姿からでも見て取れた。
十六年前、それは二十四歳である灯子と己がまだ八歳か九歳の時の話。このときまだ灯子と己は出会っていない。
「で、おそらく十六年前から今日にいたるまでのどこかで柘榴が亡くなって、あの煽とかいう八尾の狐が頭領の座に就いたってことになるわね」
「お前がそのことを知らなかったのも、山向かいの狐のねぐらになってるって言う妙典郷の才天院神社に行かねぇからか?」
「お、察しが良いね」
「なるほどな。十六年前の出来事は置いといても、狐と狸の事情はわかった」
「仲悪そうでしょ」
「しかし、ちと解せねぇな」
「なにが?」
「……柘榴っていう狐の総大将が死んだこと、斑の親分さんは知ってたんじゃねぇのか?それこそ狸の総大将。戦争の当事者だろう?」
「そうねぇ」
「狐に気をつけろって言葉はあったが、俺達と狐の狙いが虎だとわかった上で狐の柘榴の話は出なかった。かち合う可能性があるなら灯子に言わねぇのはおかしかねぇか?」
「言われてみれば確かに……」
灯子と己は、美月寿水郷・府釣間神社の社殿前で斑と会話したことを思い出す。確かに子狸の会話から狐が虎を探していることは聞いたし、斑本人も己に対して狐に気をつけろとも言っていた。だが狐側で世代交代が起こり、灯子を知らない狐が牙をむくことまでは伝えていない。
「斑の親分さんは灯子の事を良く知ってると見える。正面切って戦いができねぇ灯子が真っ先に取るのは騙しと語りだ。狐と出くわしたときに話し合いに持ち込もうとするのも見えているはずだが、襲ってくる狐にはそうもいかねぇ。普通なら、頭領交代の事を言わなくても、"話し合いは聞かないかもしれないから気をつけろ"と言うのが筋だろう」
「……」
「食えねぇ狸だとは思ったが、まだ何か裏がありそうに見えるぞ灯子」
「……」
「灯子?」
ふと己が灯子を見ると、灯子は横を向き、顎に手を当てて目を閉じていた。なにか深く考えているようにも見える。己はその様子を見ると、口にしていたタバコを携帯灰皿に押し込め、灯子の次の言葉を黙って待った。少しして灯子が目を開くと――――。
「柘榴の死は二十八日!?なによ、これも虎事に関係あったじゃない!」
と驚きの言葉を口にした。
お読みいただきありがとうございました。




