【ガルドさん、ご指名です】
一方、ガルドは特に行く当てもなく、ぶらぶらと街を散策していた。
人々はみな朗らかな表情で、活気もある。武器も外套も携えずとも、身体が大きくて威圧感のあるこの男。
だがしかし、その仏頂面がこうして街中を歩いていても、ちらと視線を向ける者はあれど、驚きおののく者はいない。
(……、やっぱりのんきな街だ……)
露店を眺め、店先に視線を流していると、とん、と足元に何かがぶつかった。……見下ろせば、二歳ほどの幼い子どもが、ガルドの足に抱きついている。
周囲に親は見えない。くりくりとした瞳が、まっすぐにガルドを見つめ、小さな両手が掲げられた。
「……なん、俺か……」
……迷子か、あるいは目を離した隙に走ってきたのか。
ガルドはしゃがみ込むと、少女の目線に合わせて眉を寄せた。
「……親は、どこ行った」
問いかけにも、その瞳は何も言わず、ただじっと見つめている。というか恐らく、いまいち言葉が通じていない。
その手はまだ掲げられたままで、まるで抱っこをせがむかのようだった。
「……っ、いや……俺ァガキ抱えたことは……」
「ん!」
「ん、じゃねぇんだよ……」
なおもせがまれる"抱っこ"に、ガルドは半ばあきれたように息を吐き、周囲に視線をやった。
通りは穏やかで、特に騒ぎもない。何人かの住民は目線を送っては来るが、やや微笑ましげだ。恐らく親子だと思われている。
「……チッ、しゃーねぇ」
しゃがんだまま、ぶつぶつと文句を言いながらも、ガルドはその小さな身体を抱き上げた。
たかがチビすけ。重くはない。けれど、両腕にかかる小さな温もりと柔らかさが、普段の彼にはないものだった。
ぐわっと高くなった視線に、少女がぱあっと顔を明るくした。きゃあ、とひとつ笑い、小さな手でガルドの襟元の布を掴む。
「……なんなんだこれ……」
誰にともなく呟きつつ、仕方なく抱いたまま、露店の並ぶ通りを歩き出す。
"赤眼の悪人面な大男が幼子を抱いている"……ああ、十分だ、十分目を引く、だから早く見つけてくれ親!という……諦観の顔色。抱かれた子どもはといえば、安心しきった様子で、頬をガルドの肩に預けていた。
そのまましばし、ガルドは露店通りを行く。……衛兵隊に引き渡そうかとも思う。
けれどこの辺をうろうろしていたのなら、この辺をうろうろしていれば親が出てくるんじゃないかとも思う。
だがこのままでは自分が"誘拐犯"にされかねないのではないかとも――などと、ガルドがうんうんと唸っているのを見て、少女がふとその仏頂面に顔を向けた。
「ね!」
「んんっ」
ぱちぱち、ぺたぺたと、頬やら肩やらを叩きながら、ガルドの意識を自分に向けようとしている。
「な……よせ、なんだ」
「える!」
「あ?」
訝しげに見下ろしたガルドに、少女が自分の頬をぺちぺちと叩きながら笑う。
「え、る!」
「……ああ、……ガルドだ……」
「がる!」
ぱっと花が咲いたような笑顔に、一瞬の眩しさを覚える。……頭を抱えたい気分だった。
いや、俺なんで今、名乗った……?何故こんなことに……さながらそんなところである。
ルシアンがいるならまだしも、自分が怖くないのかと。しかし少女……、エルは、全く気にもしていない。
「おや?」
背後からの声に、ガルドの肩がぎくりとした。
そろりと振り返れば、……ルシアンが面白そうな顔をして、ガルドを見ている。
「……君の子かい?」
にこり、と笑う顔は、――全力でからかいに来ている。
見つかった……!と、ガルドが顔をしかめた。
「ッ……ちげっ、……え、エルだとよ」
何とかそう返したのは、今を取り繕っただけかもしれなかった。いつから後ろにいて、どこから見られていたのか。
まさかずっと見てたんじゃねぇだろうなと思うが……怖くて聞けない。
そう、とひとつ頷いたルシアンが、微笑みのままにガルドの胸元――エルのそばに顔を寄せる。
「こんにちはエル。パパかママは?」
「まま、いない!がる、だっこ」
「ううん、そうだね。がるがだっこしてくれて嬉しいね」
エルは、短い手でガルドの頬をぺしぺしと叩きながら、楽しそうに笑っていた。
その小さな顔は満開の笑顔で、けれどガルドの意識はもうエルにはない。……お前が"がる"って言うなよ……!……そういう、表情。
「……てめ、探せ……コイツの親……っ」
「ううん、ちょっと人定事項がわからないからなぁ。ガルドが抱いてたほうが位置も高いし見つけやすそう」
返すルシアンは、ガルドの困惑した唸りも、まるで意に介さず。エルは両手を広げて「がる!」と呼び、再びガルドの首に抱きついている。
「好かれているようだし、このまま探そうよ」
「……くっそ、なんで俺なんだ……」
「おや、幼い子の前で乱暴な言葉はいけないよ」
ぐ、と顔をしかめたガルドに、隣の淡紫からはまた小さな笑い声。通りの人々も、ちらちらと視線を投げながら、ささやかにくすくすと笑っている。
"赤眼の男が、何やら子どもに困らされている"。
それは、旅の途中でふと挟まれた、奇妙な平和の一幕だった。
――【ガルドさん、ご指名です】




