表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
92/101

【それはよろしく】


――翌日、野営明け。

振り返っても、もう軍都クレストンは見えない。


次の街まではまだまだだが、あと数日歩くと街道脇に"ツガの(こずえ)亭"という宿があるらしく、ふたりはひとまず、そこを目指していた。




「……その宿、何かあるのか」


後ろを歩いていたガルドが、目の前をゆく淡紫の後ろ姿にそう、声をかける。揺れる外套は夏の終わりの風を孕んでいて、陽射しはいつの間にか、次の季節に差し掛かろうとしていた。


「うん、ご飯が美味しいよって、馬匹宿(ばひつやど)厩務員(きゅうむいん)さんが」

「……ああ、そりゃ当たりだな」


短く応じたガルドの声には、どこか安堵めいた響きが混じっていた。

クレストンを経た。旅の形が変わらない。ふたりの在りようが変わらない。ただそれだけで、自分の輪郭が鮮明になっている気がした。


空を仰げば青は高く、……今日も晴れそうだ。


「……んなら、さっさと行くか」


呟きに返事はなかったが、肩越しに笑みが返ってきた気配があった。




しばし歩き続けてきて、ふたりは林の中を通る街道を歩いていた。

景色を眺めながら、遠目に見える集落の話をしたり、近辺に棲息する魔獣の話をしたり。

植生については、ガルドよりもルシアンに分があった。ギルド書庫の薬草図鑑などから得た知識だったが、林の奥に薬草が茂るのを見て無造作に足を止め、


「錬金術師に需要のある薬草だ。採取していくかい?」

「……そんでギルドに採取依頼出てなかったら、無駄足だぞ」

「んん、確かに。いらないね」


――そんな調子である。


ふふ、とどこか楽しげにしながら、ルシアンが肩から下げた革鞄の紐を正した。

その流れでふと街道脇の林を見て、ぴくりと止まりかけ、――流れるようにガルドの隣へやってきた。


意表をつかれたガルドが咄嗟に林のほうを見ると、木に大型の蟲型魔獣、スラヴァイドが張り付いている。

赤と黒の甲殻をもつ、巨大なムカデだった。


……ほほう?と――ガルドが、自分を盾に涼しげな顔をするルシアンを見下ろす。


「……なんだお前もしかして……」

「いや、ね……?気持ち悪いのはちょっとね……足も多い……」


きちきち……と、スラヴァイドが威嚇音のような音を鳴らす。節のひとつひとつがぶよりと膨らみ、鋭い顎がわずかに蠢いている。

ルシアンはそれきり何を言うでもなく、スラヴァイドへと向けて、ガルドの背中をぐ、と押した。

非力ながらも、"お願い"の意思を含んだその柔らかな手は、――ガルドの足を進ませるには十分すぎる威力である。


「……っおい押すな、わかった、よせ」


焦った声は蟲に対するものではなく、"我"が出たルシアンに対してだ。ガルドは剣に手をかけることなく、そのまま足で地を踏み締める。スラヴァイドが、ぞろりと体勢を変えた。


まだ背に当たる手のひらにちらと横目を向ければ、ルシアンはガルドの影にすっぽり収まりながらも、"頼んだよ"とでも言うかのように微笑んでいる。その肩先から、淡い香油の匂いがふっと漂ってくる。


「……くそ、やるけどよ……」


呟くや、ガルドは地面を蹴ってスラヴァイドとの間合いを詰めた。剣など抜かない。硬質な甲殻をものともせず、拳が閃く。――ぐしゃ、と粘質の破裂音が響いた。

魔獣の素材は……とガルドがルシアンを振り返れば、どうにも神妙な顔をしていた。


「……素手かい……」

「……。……ああ」


……素手で倒したことに驚いたのではない。"それに素手で触れるなんて"の顔だった。

周囲を見渡し、他がいないことを確認すると、ガルドは拳を振り払って戻ってくる。ルシアンの顔は、決して引きつってなどいない。けれどクレストンの時よりもよっぽど、感情が見えていた。


「……握手でもすっか?」

「……遠慮するよ……」


じり、と半歩下がった様に、ガルドの口角がわずかに緩くなる。面白いものを見つけた、という顔だった。




「……行こうか」

「おう」


……ごく自然に、しかし気持ち足早に、ルシアンがまた歩き出す。

一匹いたら百匹を疑えというのは、蟲型魔獣の鉄則であるが――さすがにあのサイズ百匹は、ルシアンには無理だった。



「なぁ、おい、てめぇダメなのかよ、蟲」


後ろから、半ばからかうようなガルドの声がする。う、と肩が揺れたルシアンが振り返れば……ガルドがだいぶ後方をのんびりと歩いてくる。

――わざと、ゆっくりと歩かれているような気もする。


「別にダメとかじゃ……早く来てくれないかい」

「ほら、ダメなんじゃねぇか」

「……君ねぇ……」


くつくつとかすかに笑いをかみ殺しながら、ガルドが隣を並び歩く。ルシアンから、じとりと笑い交じりの睨みが放たれた。


「……なんだ、その顔は初めて見るな」

「…………」


にやりと口元を歪めながらも、ガルドはルシアンの歩調に合わせて一歩前へ出る。それはまるで、次に何かが出ても先に立つという意思表示のようだった。

街道の脇には、まだ林が続いている。魔獣の気配は、もうない。


「……この道さっさと抜けるでいいだろ」

「……うん」


ぴたりと睨みが止んだ気配に、ガルドの口元がほんのわずか、緩んだ。それは、先ほどのからかいとは違う、静かな気遣いの滲んだ笑みだった。






――【それはよろしく】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ