【わかってんだろうな】
クレストンの街では、防衛戦への準備が着々と進められていた。
露天通りの店は、一部の薬屋や食品店を除き、営業を停止。
軍の兵士が巡回し、「営業は今夜まで、明日朝以降は店をたたむように」と指示を飛ばしている。
これは街中の導線を確保し、軍の移動や市民の避難を妨げないようにするためだった。
子どもや高齢者が、続々と避難誘導されていく。
非戦闘職やFランク冒険者、街の職員に誘導され、教会・公民館・地下貯蔵庫などへ。
数人の冒険者が、護衛につくようだった。
冒険者ギルドは全ての通常業務を停止。
暫定的に防衛戦の本部となり、戦力の振り分けや名簿を確認。
街外へ依頼に出ている冒険者の確認などに追われていた。
ルシアンらがギルドの印章がある宿屋へ戻ると、宿の店主がぺこりと頭をさげる。
「ギルドより通達が来てございます。旦那は最前線へ行かれるとのことで、お食事と宿泊費が公費補助に……お代はいただきません」
わずかに顔をしかめ、ガルドが小さく鼻を鳴らす。言葉は返さない。鍵をひとつ受け取る。
あてがわれた部屋へ行き、どさりと荷を下ろした。外套と、大剣も降ろす。
「……すまないね。もっと早く出ればよかった」
小さく笑ったルシアンが、少々疲れたように、窓際の椅子に座る。
その眼差しは半ば諦めたようで、窓枠に肘をついて遠くの空を眺めていた。
「……悪ぃのは、お前じゃねぇ」
短くそう返し、ガルドも壁際に置かれた椅子へ無造作に腰を下ろす。
背をあずけ、腕を組む。視線は、正面のルシアンへと向けられていた。
ため息ともつかぬ息をひとつ吐き、額に手をやる。
「……いい。……やるだけだ」
「うん」
外から聞こえるのは、兵の掛け声と、鉄具を打ち鳴らす音。街が戦の顔へと変わっていく、そんな鼓動だった。
……ガルドは、大剣の鞘に手を伸ばす。
準備――など、ない。ただあの場から、離れたかっただけ。
貼り付けられたような、銀色の柔和な笑みを、見たくなかっただけだ。
「――んな顔にさせやがって」
刃の鈍色に、窓際の淡い光が反射した。
その奥、つまらなさそうに椅子に座るルシアンの姿も、静かに映っていた。
翌朝、ふたりは静かに宿屋を出た。
ギルド前の広場へ赴けば、同じように集まりつつある冒険者たち。
全員が集まる頃には、陽が高く昇っていた。
指揮官は三人。その奥に、重厚なローブを付けた軍政指揮官が一人。
そのさらに後ろに立つのが、この街の執政官であった。
――ギルド職員が、書板を手に、詳細な配置を読み上げていく。
西門に配置される者。東門に配置される者。
そして、南門に配置される者。
軍政指揮官が、鋭くも冷静な眼光で冒険者たちを見る。
「以上が、各自の配置と任務だ。それぞれ現地の指揮官の指示を仰げ」
「……市民の命がかかっている。お前たちの双腕に、この街の命運が託される」
「――以上、解散。各自、準備にかかれ」
端的な、しかし硬派な激励。その後ろで、執政官が固く頷いた。
南門へ向かう通り。その空気は重く、どこか肌に刺さるような緊張があった。
だがその中で、まるでそれをものともしないように、淡々と歩く姿もあった。微笑みを絶やさぬまま、視線だけで状況を見渡している、その姿。
「私は防壁の上だね」
ルシアンが、ガルドを見上げてそう笑う。"無哭"と並んで歩く魔術師は、やはりどうしても……周囲の冒険者の目を引いた。
噂には聞いていた、無哭が唯一そばに置く魔術師。集まる視線は彼への好奇心と、しかしその配置先に、どこか歪さを感じる眼差し。
――無哭の仲間が、Dランクなのか、と。
「……おい」
ぎろり、とガルドが周囲を歩く冒険者らを睨みつける。
……時が止まる。もはや苛立ちを、隠そうともしていない。
「てめぇら全員、南門だな」
「あ、ああ……」
「そうだ……」
口々に、答えが返ってくる。
赤い瞳に睨まれ、魔獣と相対する前に折れてしまいそうだった。
「こいつに何かあったら……全員ただじゃおかねぇ」
返事はいらない。頼みですらない。ただ吐き捨てるだけの……半ば、処刑宣告にも似た発言。ひゅっ、と喉が鳴る音。息をのむ音。
「ひ……」
「……ま、じかよ」
「殺気が……」
そんな小声がいくつも背後に流れたが、誰一人として真正面から口を開こうとはしなかった。その中で、やや眉を下げたルシアンだけが、なおも柔和に微笑んでいた。
南門の真下には軍の陣幕が張られ、そこに置かれた地図の上で、指揮官と副官たちが短く会話を交わしていた。
防衛軍の中隊長が、冒険者一同を南門の前で出迎える。鋼の鎧に身を包んでいる。端的に、手を上げて告げた。
「配置に入れ。……南門は街の正面、スタンビートが来るとすれば、最初の波はここだ」
じろ、と一瞥だけ、中隊長を見下ろし……ガルドが一歩、門の外へ出る。冒険者らも、その背に続く。
ただ、その大柄な背が緩く立ち止まり、肩越しに後ろを振り返った。
「――"そいつ"は、俺の護衛下だ」
ひくり、と中隊長が、わずかに眉を上げた。視線の先には、淡い微笑み。――すぐに頷いた。
「……了解した。魔術師殿、こちらへ」
ルシアンが柔らかく視線を伏せ、門を振り返ることなく、防壁上への階段を上っていく。ガルドもまた、前を向いて歩き始める。その背に緩やかな風が吹き、重たい外套の裾がゆらりと揺れていた。
階段の途中、ルシアンが歩みを止め、門の外を見渡す。
……かすかに、銀の視線が空を走る。風もないのに、草がざわりと揺れた。それは風ではなく、――魔獣たちの息遣いが、大気を撫でたのだ。
「いってらっしゃい、ガルド」
背後の声に、ガルドが一瞬だけ、肩越しに視線を投げた。
にこり、と、ルシアンが防壁の上へと姿を消す。赤い瞳がそれを見送り、ガルドもまた、地上の前線へと進んでいった。
――【わかってんだろうな】




