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【広場に打つ水】


ギルド前広場は、すでにざわついていた。


街中から集められた、冒険者たち。出立前の者、滞在中の者、依頼待ちの者。

全員が、不機嫌そうに、だがやむなしと、広場へ押し込められていた。


「ねぇ!なによこれ!」

「なんの封鎖だ?出られねぇのか?」

「ギルド長は?誰も説明に来ねぇのか!」


不満が鬱積(うっせき)し、荒んだ声があちこちで上がる。


その中を、ルシアンとガルドはゆっくりと広場の隅へ向かった。



「……おい」


ガルドが、小さく呟く。視線は投げず、しかし意識は隣の淡紫に。

言葉が途切れた時間は、ただ確認するように、頭の中で情報を整理している余白だ。


「……わかんのか、規模」

「"なかなか"かな」

「…………」


ルシアンの横顔を、一瞥。変わらぬ微笑が、逆にその確信を裏付けていた。


「……そりゃまた……」


目を細め、広場の周囲をざっと見回す。

街並みや景色の中に浮かぶ、避難経路、動線、死角、もろもろの構造。護衛の目。

ざわめきの中にあっても、立ち位置だけは変わらない。しかし集う冒険者は、すでに百人近くにのぼっていた。




ギルド正面の大扉へと上がる、石の階段の上。

そこには防衛軍の指揮官と思しき男が立ち、周囲には兵士が張り付いていた。

装備は皆、本物だ。訓練用ではない。……それがぐるりと広場を囲む。広場へ集う冒険者を、囲む。


ガルドは無言で人垣の後方に立つ。ルシアンはその横に、あくまで涼しげな顔で並んだ。


そして、階段の上――指揮官が口を開く。


「静粛に!本命の通達はまだだが、すでに偵察班より報告が届いている!」

「南西森林、および東山間部より、魔獣群が出現!種類未確定、進行方向も不安定!」

「ただちに市民避難が開始される!本部の命を待つまでもなく、応戦体制を整える!」


その言葉に、広場の空気が張り詰めた。怒号はなく、どよめきと緊張が広がる。


指揮官が続ける。


「魔獣群はすでに入り乱れ状態!スタンビートの疑いあり!」

「本来であれば防衛軍で対応するが、規模が予想を超えている!応援要請を行ったが、間に合わない可能性がある!」

「冒険者ギルド本部に通達済み!戦える者は、要請に従い準備せよ!」


ざわ、と冒険者たちが揺れた。


スタンビート――それは、異常をきたした魔獣群による、突発的な暴走進行。統率も意思もなく、ただ混乱と本能に従って突き進む。その通り道にあるものすべてを、踏み潰す。


防ぎ切らねば、街が吞まれる。


「スタンビート接敵時刻は明日の昼かと思われる!」


続けるように、防衛軍指揮官の号令が響いた。

ガルドの隣、ルシアンがかすかに頷く。視界の端にそれを捉え、ガルドがぴくりと眉を動かす。


「冒険者諸君は各ランクに応じ、防衛軍と協力の上、防壁外を防衛してもらう!」

「非戦闘職及びFランク冒険者は、街中の避難誘導!Dランク、Eランクは防壁上にて支援に当たれ!」

「Bランク、Cランク冒険者は防衛軍とともに防壁外にて迎撃!」

「――Aランク"無哭(むこく)のガルド"、いるか!」


ざわっ――、と、周囲の冒険者らの視線が、一点に集まった。


目を閉じ、深く、――深く、重い息を吐いたガルドが――。

――ゆっくりと、赤い瞳を指揮官へ向ける。


冒険者たちの視線の先、大柄な身体、赤い瞳を以てして、指揮官がガルドを見止める。

一瞬だけその気迫に、萎縮しそうになりつつも。


「っ……実質、貴殿がこの街の最高戦力である!戦況が激化するのは南門付近と思われる!そこを、――頼みたい!」

「…………」



……しばしの睨みあいの後、ガルドの盛大な舌打ちが広場に響いた。

ギルド職員が、慌ててそばへ駆け寄ってくる。


「申し訳ありません!街滞在中の冒険者はッ、全員防衛参加が義務なんです……!」


藁にもすがるようなその懇願は、ガルドではなくルシアンへ向けられていた。

――"無哭を落とすなら魔術師に"。

それは、この街にも伝わっているようであった。……が。


にこり、とルシアンの柔和な笑みが、職員へ向けられる。



「そうですか。初耳ですね」



拒絶の笑顔を受け、職員が言葉を失う。

だが、ルシアンもガルドもこの場を立ち去ることはしなかった。睨みと微笑みが、指揮官へ向き直る。


――ごくり、と鳴ったのは、指揮官の喉だった。


鋭利な視線と、静かな笑顔。どちらも敵意を露わにしていない。されど、拒絶の意志だけは、確かにそこにあった。


「……強制は、しない」


ようやく喉を絞り出すように、指揮官が言葉を継ぐ。兵士の誰もが、無言で成り行きを見守っている。

空気は凍てつく寸前の緊張に包まれていた。


「だが、……貴殿が協力してくれるのなら……それはこの街にとって、大きな力となる」


それは――懇願とも言える"折れ"だった。


ルシアンの袖が揺れた。


わずかに首を傾けて見上げた先……、指揮官へ向けられたガルドの瞳が、静かに細められる。


「……街から出られねぇってんなら」


短く、刺すように放たれた声。


「やってやる。……だが、指図は受けねぇ」


唖然とする周囲を尻目に、ガルドはルシアンの横から動かない。その構えは、"誰のためにあるか"、そのものだった。

そうして、隣の柔和な笑みに、目を向ける。


「……行くぞ、準備する」

「……うん」

「……、くそが……」


最後にひとつを言い放ち、ギルド職員にも、兵士にも目をくれず、広場の出口へ向かう。人垣は勝手に割れる。広場を囲っていた兵士たちも、一歩たりとも動けなかった。






――【広場に打つ水】

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