↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルシアンの物見遊山【つづきはIIへ】  作者: フジイさんち
グリモと星見の宿

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
73/145

【寄り道はこちらです】


アウルグレイを発ってから、ふたりは二日ほど街道を進んできていた。


西の稜線にゆっくりと陽がかかり始める中、前方の街道沿いに二階建ての建物が見えてくる。

建物のすぐ隣には大きな平屋が建ち並んでおり、手押し車に藁を詰め込んだ男性がその中へと入っていくのが見えた。

壁に鞍と手綱が掛けられているのが見え、――厩舎(きゅうしゃ)だとわかった。


「……あれは?」


隣を歩いていたルシアンが、そう尋ねながらガルドを見上げる。同じく宿を見ていたガルドが、片眉を上げて口を開いた。


「……馬匹宿(ばひつやど)だ。ちょうどいい、今日はあそこで泊まるか」

「街道宿のようなものかい?」

「ああ。……冒険者ギルドと街道管理局だかが共同で運営してた……はずだ」


普段は気に留めることもないのか、説明をしつつ、ガルドもわずかに首を傾げている。その宿は、旅人と商人のための中継宿だった。


道に面した木造の二階建て。外壁は素朴な土色で、軒先には馬留めの杭がずらりと並んでいる。隣接する厩舎からは、時折馬のいななきが聞こえた。


夕暮れの陽が差し込む中、宿の入り口では、若い男性が箒を片手に掃き仕事をしている。


「あ、いらっしゃいませ、お泊まりですか?」


近づいてきたふたりに気づいて、その男性が穏やかな笑顔を向けてきた。ルシアンを一目見て、よもや貴族か、と思わず手が止まるが、……それ以上は何も言わず、人のいい笑顔を浮かべる。


「どうも。お部屋は空いていますか?」

「ええ、今日はまだ空きがあったかと!馬のほうは……あ、お客さま方は歩きですね。ようこそ馬匹宿へ」


男性と軽く会釈を交わしてルシアンが宿へ入れば、帳簿をつけていた女将がパッと顔を上げた。

宿の中は木の温もりが残る造りで、ロビーの片隅には小さな炉があり、もうすぐ火が入れられそうだった。

数人の客がすでに腰を下ろしており、道中の埃を落とすようにくつろいでいる。


「いらっしゃい、お泊まりかい」

「はい、宿泊でお願いします。部屋は二つ」



ちら、とガルドがルシアンを見やる。――そういえば、常に別室だな、と。


「…………」


まぁ……あくまで雇用主と護衛なのであって、……たとえば一緒の部屋でもいいぞとか、そういうことを進言する立場でもない。

宿泊費も常に、というかいつもルシアンが先に支払ってしまうので、ガルドは用意された部屋を使うだけ。


加えて、ルシアン自身"金に困っている"という素振りもないし、ガルドも金に困っているわけではない。宿代節約のために同室で……という考えも、ちょっと自分たちには縁がない。


(……いや……)


だからといって同室にされても、あの"嗅がせろ"をやらかしてしまった手前……気まずいのだが……。

ぐぎ、とガルドが淡紫のつむじを見下ろしている間に、ルシアンは宿泊費の前払いを終えていた。


「部屋は二階の奥、夕飯はもう少しで出来上がるよ!風呂は順番だから、風呂前にかかってる予約表に名前書いといてね」

「はい、ありがとうございます」


にこにこと話しながら、帳面を書き込んだ女将が二本の鍵を手渡してくる。ルシアンがそれを受け取り、片方をガルドへ。

ちゃり、と手の中で鍵が鳴り、ガルドはその重みにほんのわずかに肩の力を抜いた。……いい、これでいい、と。




ルシアンが荷物を置いて自室から出ると、向かいの部屋からちょうどガルドも出てきたところだった。大剣や外套は部屋に置いてきたようで、身軽な格好をしている。


「ガルド、厩舎のほうを見てきてもいいかい?」

「……ああ。風呂の予約表、見てくる」


そんなやりとりをしながら途中で別れ、ルシアンは宿の隣に建つ厩舎へ。大きく開かれた入り口から中を覗けば、厩務員(きゅうむいん)が夕方の給餌をしているところだった。

馬房は十区画ほどに区切られており、半分はここで管理されている馬。もう半分は旅人用の馬房のようで、数頭の馬が丁寧に手入れをされている。

ルシアンに気づいた厩務員が、おや、と目を丸くしたのちに、笑顔で会釈をしてきた。


「こりゃどうも、気づきませんで。馬房をご利用ですか」

「ああ、いえ、私たちは徒歩で。……馬匹宿が初めてで、ちょっと見学に来てしまいました」

「そうでしたか。よろしければどうぞ、中まで」


ルシアンの柔和な笑みに、厩務員も和やかに手で通路を示した。藁の香りと獣の匂い、厩舎の木の香りが、歩を進めるごとにルシアンの肌に触れる。

高い位置につけられた水桶、壁に掛けられたハミや蹄鉄。高くとられた採光窓からは夕陽の赤が差し込んでいる。鹿毛(かげ)の馬、葦毛(あしげ)の馬、多いのは栗毛で、一番奥の馬房にはひときわ大きな馬もいた。


「歩きの旅もいいものですねぇ。どこかの街へ向かうところで?」


厩舎内を興味深げに眺めるルシアンに、大きな三叉の農具で藁をすくいながら、厩務員がそう声をかける。


「いえ、美しい景色や不思議な場所をみてみたくて……ふふ、道楽ですがね」

「いやいや、素晴らしいことで」


話しながらも、馬たちへの給餌の手は止まらない。馬房の中の馬たちも、見慣れないルシアンに騒ぎ立てる様子もなかった。

――が、ぴくりと彼らの耳が触れ、一様に顔を上げて厩舎の入り口のほうへと顔を向ける。


ルシアンも同じようにそちらを向けば……重い足音がして、ガルドが厩舎の入り口に姿を見せた。


――いななきこそしないが、数歩引いたもの、耳を立てたもの、それぞれの反応。

だが、ガルドが身じろぎもせずにそこにあり、空気はすぐに落ち着いた。

赤い瞳に見えたのは、圧と鋭さではなく、ただ重さ。馬たちはその存在を脅威と捉えず、"上"と感じたのかもしれない。


老馬がひとつ鼻を鳴らしてから、またゆっくりと干草を噛みはじめる。


「……飯もうすぐだとよ」

「わかった、ありがとうガルド。……見学させていただき、ありがとうございました」

「は、ええ、またどうぞ」


丁寧に首を傾いだルシアンが、ガルドを追って踵を返していく。

困惑したように、厩務員が馬たちの様子を眺めていた。






――【寄り道はこちらです】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。