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ルシアンの物見遊山【毎日更新/21:20】  作者: フジイさんち
余計なものが、またひとつ
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【ごめんねガルド】


ルシアンが宿へ帰れば、ガルドは相変わらずベッドに沈み込んでいた。

低くこもった咳をしている。額に触れれば、まだまだ熱い。

ルシアンの手の感覚に、薄く、目が開いた。視線だけで、戻ったか、と語りかけてくる。


「熱ひどそうだね?市場にポルンっていう実が売ってたよ。一緒に食べよう」

「……んん……、食う……」


低く唸るような返事の後、上体だけがのそりと起きた。

ルシアンが紙袋からポルンの実を三つ取り出し、ひとつをそのままガルドに手渡す。


――三つ?とガルドの目が細まった。それに、ルシアンがにこりと笑う。


「ふふ、さっきね、あの黒い子に助けてもらったから。一個あげようかなって」

「……なん……なに、あった……」


掠れた声で、ガルドが問い詰める。……迫力は、皆無である。


「市場でね、冒険者に声をかけられたんだ。遊ばないか、退屈させないぞって」

「……ああ?……」

「そしたらあの黒い子が間に入ってくれてね、その人逃げて行ったよ。……あの子、まるでガルドみたいだった。――ルドって呼ぼうかな」


窓辺にひとつ、ポルンの実を置きながら――ルシアンが、そう笑った。

ベッドの傍らにある椅子へ戻り、ルシアン自身もその実をひとかじりする。……しゃく、と軽い音を立てた果実は、瑞々しくのどを潤した。


「……な……」


蚊の鳴くような声で呟いたガルドが、ほんの少し眉をひそめる。けれどすぐに、それすらも億劫そうに片手で顔を覆った。


「…………バカじゃねぇの……」

「嘘じゃないよ。すぐ隣で見れたんだ」

「……ちが……いや…………バカだろ……」


息がこもる。言葉の端に滲むのは呆れか、別のものか、それとも熱のせいか。ポルンの実を持ったまま、ガルドは片肘をついて身体を支えた。

唇に実を運び、しゃく、と鈍く噛みつく。果汁が喉に落ちるたび、熱で痺れた感覚がわずかにほどけていく。


「……お前……禁止だな……一人歩き」

「ええ……」


笑ったようなルシアンの声に目を細めて、ガルドが窓辺の果実を一瞥する。

ルシアンが置いた"ルド"への供物。黒い獣が、そこにいる気配はない――けれど、不思議と否定する気にもなれなかった。


「…………」


ルド、かよ、と呟きかけて、飲み込む。それを口にしたら、認めそうで……認めたら、"何"を認めたのかまで自覚させられそうで、飲み込む。

視線の先には、椅子に腰かけ、果実をかじる淡紫の横顔。まるで当たり前のように、そこにいる。


「……チッ、……野郎、役に立ちやがる……」


吐き捨てたはずのその言葉に、どこか針の抜けた柔らかさが混じっていた。唇を拭い、もう一口、赤い実をかじった。




――しばらく、寝ていたか。


熱にうなされながら、ガルドはゆるりと薄目を開けた。

傍らでは、椅子にかけたルシアンが本を読んでいる。時折、ガルドのほうを見て……にこりと笑う。


――バカバカしい、と思った。

素性の分からない、存在すらも危うい獣に、名前を付けて。当然のように、……この名前から、文字を取って。


(……護衛といえば俺ってか……)


そんなくだらない仮説が立つ。

時間は静かに過ぎていて、眠ったり、おぼろげに目覚めたりしているうちに、外は陽が落ち始めていた。



「……マジで、ルドって呼ぶ気かよ……」


つい、……そう口にしてしまう。半ば眠っていたガルドから零れた声に、特に驚く様子もなく、ルシアンが顔を上げた。

窓際に置いていたポルンは、いつの間にかひとかじりされている。それに疑問を抱く、元気すらない。ルシアンも、気にしていないようだった。


「ぴったりじゃないか。真っ黒で、大きくて、強い。君みたいだよ」

「…………チッ……」


それは明確に、照れの混じった舌打ち。何をどうしても熱が上がりそうで、それ以上は考えないことにする。

ぱたん、と本を閉じたルシアンが、椅子をぎしりと鳴らして立ち上がり、ガルドの頬に手を当ててきた。


「また熱が上がってきたね。つらいかい?」

「…………」


……ガルドは、声を返せなかった。返さなかった部分もある。

ただ、触れられた頬にわずかに眉を寄せ、熱に浮かされた瞳を細める。

頬から額へと滑る、冷たい手のひら。ひやりとしたその感触が、火照った皮膚に心地いい。


「……寝てりゃ、治る……」


掠れた声が、わずかに漏れた。喉の奥でくぐもったような音になって、それ以上の言葉にはならない。

会話はそれきり、もうなにも足さない。なにも引かない。今だけは、銀の瞳がこちらだけを見ているような気がしたからだ。


(……わるかねぇな……)


熱とだるさに沈む意識の中で、そんな思考がふと浮かんでは、すぐに流れていった。

するりと離れていく指先。陽はすっかり傾き、窓の外は静かな茜色に染まっている。街の喧騒が遠くなり、優しい風鈴のような音がどこかから、かすかに届く。


「……回復魔法で、治るよ、ガルド」

「……、……てめぇ……」


ちょっと申し訳なさそうに言うルシアンに、ガルドの口角がぴくりと上がった。やっぱり遊んでやがったな、という、ほんの小さな笑み。

けれど、ゆる、と首を振られる。


「いらね……」

「……でも、つらいだろう」

「……いい。……お前、風邪……移んなよ……」


ルシアンが、やや眉を下げて微笑んだ。それは肯定か、あるいはただの慈しみか……どちらともつかない。だが――その笑顔が、すべてを包んでいた。


再び眠りに落ちる前。

ガルドは、頬に残った手の温度だけを、ゆっくりと思い出していた。






――【ごめんねガルド】

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