表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルシアンの物見遊山【毎日更新/21:20】  作者: フジイさんち
余計なものが、またひとつ
66/104

【風に乗る尻尾】


「豹のようで、狼のような、黒い獣?」

「ああ」


街門を通りながら、ルシアンは口元に手を当てていた。

ガルドが見たというその魔獣の特徴を聞いてみたのだが、やはり心当たりはない。


「私の魔力では何も感じなかったな……星を見る子のような霊体でさえ、ほんの少しは感じられたけど」

「……すぐ消えてた」

「そう……まぁ……害意がないならね?ガルドに何か用があるとか?」


言いながら、ルシアンがくるりと周囲を見渡した。


アウルグレイの街は、昼と夕方の合間にあった。市場通りこそ賑やかだが、少し中心部から離れると、穏やかな日常が流れている。

洗濯を干す母親。小さな妹の手を引く子ども。立ち話をする老人。――ふ、とルシアンの目が細くなる。こうした人々の営みも、彼が求める"美しい景色"のひとつだった。


「……飯どうする」


ルシアンの景色の邪魔をしないよう、抑えられた声でガルドが尋ねた。はっと視線を戻して、ルシアンもそちらに向き直る。


「じゃあ、宿を取ってくるから、美味しそうなお店を探しておいてくれるかい?」

「ああ……」


小さく頷いて、ガルドは視線を市場通りへ戻す。周囲には、焼き魚の匂いや果実の甘い香りが漂い、人々の暮らしが色濃く息づいている。

そんな中に溶け込んでいくように、けれどどこか浮いた淡い外套が、軽やかに離れていく。その背を見送りながら……ガルドは短く鼻を鳴らした。


「…………」


雑踏の中、どちらへ向かおうかと鼻をひくつかせる。街の住民は、大きな体躯の冒険者を物珍しそうに見て、それを避けながら通り過ぎていく。

やがて足を踏み出し、肉料理の香る通りのほうへ。



(なんだったんだ、ありゃあ……)


あの岩場で見えた影を、ぼんやりと思い出す。自分に見えて、ルシアンには見えない。直視はまれで、視界の端に映るだけ。気配も、音も、実体があるのかすら不明。


(見間違い、ではねぇ。……けど、……)


見たことはないし、正体も知らないが、何故か"知っているかもしれない"という……本能的な違和感が、まだ背筋にこびりついている。


「……、……わかんねぇ……」


"わからない"がまた増える。こうなりゃ保留だ。ギルドで適当な依頼でも受けて、街の外に行くときにもしも、いれば……その時にまた考えればいい。

くん、と鼻を鳴らし、食事処に目をつけて――ガルドは、先ほどルシアンと分かれた小さな広場へと踵を返した。




ガルドと別れ、ルシアンは手頃な宿屋を探していた。

行きついたのは市場の近くにある宿。壁掛け看板には、冒険者ギルドの印章。信頼できそうだった。


ギルドへの距離はそこまで近くはないが、露店通りを通って行けばすぐ、といったところ。活動もしやすいだろう。

宿に入る直前、視界の端に長い尾のようなものが見えた。



――いる。



ルシアンは、そちらを見なかった。



気が付かないふりをして、宿の扉から手を離す。

黒い、長い尾だ。大型の獣のような。恐らく街へ着く前に、ガルドが見たと言ったもの。


なるほど、あれのことか、とルシアンは一人納得していた。

ゆらりと視界の端で、けれど滲むようなそれ。……気配はない。魔力も感じない。敵意も感じない。

それでもこちらを見ていて、どこか――見守られているように思えた。


ひとつ深呼吸をして、ゆっくりそちらに顔を向ければ、その黒い獣は溶けるように消えた。


「……なるほど」




宿で部屋を二つ取り、市場の通りに戻る。遠目でもよく目立つ護衛を見つけ、足取り軽やかにそばへ。


「お待たせ、ガルド。美味しそうなお店は見つかった?」

「……ああ。向こうの路地。肉だがいいか」

「いいね」


顎でそちらを示しつつ、ルシアンの無事を確認するように視線が動いた。身なりのいい旅人は、人混みや雑踏で、スリやかどわかしに遭いかねない。この淡紫の男がそんなものにやられる奴ではないと、思ってはいるが。


だが一瞬だけ――何かを感じたように、ガルドの眉がわずかに動く。……が、ルシアンが何も言わないのであれば、それまでだ。

くい、とやはり顎だけで行き先を示したガルドに、ルシアンも頷いて着いていく。夕暮れの市場は、人々の営みと喧騒にあふれていた。






ガルドの勧めの、通り沿いの料理屋――窓から通りを見渡せる席で、ふたりは向かい合って座っていた。


「そうだ、私もさっき見たよ、黒い獣」

「……ああ?」


運ばれてきた食事を切り分けながら、ルシアンは軽やかに言った。

その中性的な魅力に周囲の視線が集まるも、ガルドの一瞥で皆、目を逸らす。


「全容はほんの一瞬しか見えなかったけど、かなり大きいね?体高が君の胸くらいはありそうだった」

「……ああ、まぁ、確かに……」


唯一、しっかりとその姿を見ていたガルドが、もう一度反芻する。

確かに、自分の胸元に届くかどうかの大きな獣だった。ルシアンであれば、肩の高さ。

それが、街中にいたという。けれど、誰も騒いでいない。


そしてもうひとつ。

店を探すために、ガルドが一人で行動しているときには現れず、ルシアンは一人の時にも見えている。


――今も……視界の端にいた。


「……お前についてんのか?」

「君にしかしっかりと見えていないのに?」


……両者、視線を合わせ、押し黙る。眼差しは互いに。けれど意識は窓の外に。


肩をすくめ、自分の食事を取り分けたルシアンが、多い分を当然のようにガルドのほうへ。

猪肉を香ばしく焼き、香辛料と香草がちりばめられた料理だった。――ちら、とその皿を見たガルドが、それを引き寄せる。


穏やかな夕食と、果実酒。……こちらを見守る影は、窓の外。


「ああやっているだけなら、それでもいいかもね」

「いいもんかよ……気味悪ィ」

「ふふ」


ルシアンの柔らかな歓迎の言葉に、黒い尾がゆらりと揺れた気がした。

窓の向こうは、夕焼けに染まりかけた街の通りだ。往来もあり、今も住民や旅人がひっきりなしに行き交っている。そんな中に、大きな獣がああしていて、けれども誰も立ち止まらない、騒ぎにもならない。


ゆら、ゆら、長い尾が、静かに風に乗る。

それが獣の一部か、幻影かすらわからぬまま、また輪郭が滲んで消えていく。


「……考えるだけ無駄だな。頭痛の種だ」


ほんの少し首を振りつつも、低いぶっきらぼうな声。赤い瞳が、再び窓の外をちらりと見る。何もいない。だが確かに、"いた"気配が残っている。


「…………」

「気になるかい」


柔らかな声に、ガルドはその視線を正面に向けた。脅威としては、もう気にならない。気味は悪いが、不穏な気配がするわけではない。街やこちらにも、いまのところ実害も出ていない、が。


「……お前に近ぇ」


そのたった一点だけが、気になった。杯に口をつければ、果実の香りが鼻を抜けた。いつもなら苦手な甘さが、今だけは妙に染みる。

……文句を言ったところで、相手が聞いているかはわからない。それでも――護衛としては看過できない、いやに気になる存在だった。


だが真正面、ふわ、と笑った表情に、気が抜けたように肩が落ちる。――気にするな、といったところか。

外の影は、もうどこにも見えなかった。ただ、今もどこかで、こちらを"見ている"気配だけが、消えずに残っていた。






――【風に乗る尻尾】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ