【ずるはしてないよ】
ガルドの先導のもと、街道から東にある丘の上に、ルシアンは立っていた。
時刻は夕方。"朝隠し"は咲いていない。細く丸みを帯びた葉と、下を向いて閉じた蕾が丘一面にあるだけだ。
近くでは、ガルドが野営の支度をしている。このままここで夜を明かし、明日の朝、花を見る。そういう予定だ。
「……ガルド、私、薪集めてこようか」
そばの林を指さし、ふと思い立ったように、ルシアンがガルドにそう訊ねた。簡易な天幕を張っていたガルドが、あからさまに眉を吊り上げてそちらを見る。
――ダメかい?という笑顔と、……まじかよ、という渋面。
「……チッ」
再び、舌打ちがひとつ。
けれどそれは咄嗟に否定するためのものではなく、どう断るか考えるような一拍にも聞こえた。
ガルドの視線が林の奥を走る。陽は傾き始めているが、まだ薄明るい。
ただ、魔獣の影が全くないとも言えない時間帯。
「……あのな、薪集めに行くっつのは、荷物になるってことだ」
無造作に立ち上がりながら、ガルドがルシアンの前にずいと立つ。
そうして、背負っていた大剣を地面に下ろし、腰の短剣をベルトから引き抜いた。
「薪を拾うならこれを持て。……これすら持ちたくねぇなら、行くな」
――鞘ごと、差し出される短剣。
使えるかどうかではなく、その手すら汚したことのないような雇用主に、小さな現実を教えるような護身具。
銀の瞳を真っ直ぐに見据えて、ガルドが静かに続ける。
「……てめぇが帰ってこなかったら、探しに行くのは俺だ。だから言ってんだ」
「……ふむ」
それだけ告げると、大きな背は再び天幕を張りに戻る。
だがその耳は、ルシアンの足音をひとつも聞き漏らしていなかった。
「……じゃあ、気をつけるね」
そんなどこか嬉しそうな声がガルドの背に浴びせられ――思わず振り返りそうになった。……なんとか踏みとどまったのは、去っていく足音が聞こえたから。
そのまま、林の中に入っていく気配。
が、ガルドから認識できる範囲を意識しているのか、その息遣いは常に浅いところにある。接敵している様子もない。穏やかな足取り。
――カン、カン、と鉄杭と打ち込む音と、さく、と下草を踏みしめる音。
しばらくそうしていたかと思ったが、やがてルシアンは両手に薪を抱え、ガルドのもとへ戻ってきた。
見上げるようなガルドの視線を受け、地面にそれを置く前にルシアンが立ち止まる。手には、程よく乾燥し、燃えやすそうな枝。
くい、と頭を傾げ、目の端で見やってくるガルドに、ルシアンが微笑んだ。
「ガルド、これどう?」
「……はっ、上等だ」
一拍だけを置いて、ガルドもそう返す。薪の質も、量も、申し分ない。
だが、それ以上に――"勝手に遠くまで行かない"という、その距離感が気に入った。
「……なんだ、初めてのくせに、筋悪くねぇな」
まんざらでもないような、素直な評価すら口をつく。いつもなら誰かの努力や律儀さにいちいち口を挟まないが、この相手にはなぜか言葉が出た。
受け取った枝で焚き火を組みながら、ちらりとルシアンの手元を見る。
細い指。だが、土も付いていなければ、傷もない。
「ちゃんと掴んで運んだか?……手も汚れてねぇ、魔法で浮かせたわけじゃねぇよな」
冗談めかした口ぶりだったが、赤い瞳は渋い表情を宿している。
まさか魔術師とやらは、そんなことも魔法でちゃちゃっと……と、本当に"ちゃんとやったか"を訝しげに思うような眼差し。
「ええ?浮かせるなんて、そんなこと……」
そこまで言いかけたルシアンが――あ、という顔をした。言葉がぷつりと切れれば、ぴくりと赤い瞳が細くなる。……じと、という視線だった。
「……なんだ」
「違う、ガルド、あのね、回復魔法が使えるよ、私」
ひらりと自分の手のひらをガルドにさらして、ルシアンがすまなさそうに笑う。なにも隠していたわけではない。ガルドが怪我を負わないため、披露する場がなかった。
つまりは、薪集めでついた細かな擦れは、治していたということ。
「泥もね、魔法できれいにしてきた。"きよら"っていう生活魔法だよ」
「…………」
ガルドの口角が、ほんの数ミリ上がる。
それはまるで、必死に"働いてきた"アピールをしているかのようで。
「……ああ、なるほどな」
焚き火の支度を整えながら、ガルドが低く笑う。
鼻で笑ったように聞こえるかもしれないが、そこには確かな"受け入れ"の響きがあった。
「手ぇ抜いてねぇのに、綺麗に見えるってのは……魔術師のズルいとこだな」
「……黙ってたわけじゃないよ、すまないね」
ぽつりと落ちたルシアンの呟きに、ガルドの視線も自分の手元に緩く落ちる。
荷物から取り出した火打ち金に短剣を打ち付け、――キン、キン、と火をつける仕草もどこか軽い。
どこか、肩の力が抜けたようにも見えた。
「……ったく、褒められたいガキみてぇだったな、今の」
「……面目無いね……」
ぱちり、と弾けだす火に照らされて、赤い瞳がじっとルシアンを見る。その眼差しには敵意も試す色もなく、ただ静かに――そこにいた。
「……いや、わかった」
ぼやくような声はまるで、焚き火の揺らぎに落とされたような言葉。
それは、魔法への礼でも、薪への礼でもなく。
目に見えぬ心遣いと、気配を乱さぬ距離感と――何より、"置き去りにされなかった"ことへの、素直な感謝だった。
――【ずるはしてないよ】




