【かすかな祝祭】
食事を進めていると、船乗りの一行ががやがやと入ってきた。見事にずぶ濡れで、総じてわははと笑っている。
「いやぁ、ありゃ座礁だな!」
「ひさびさにやっちまったなぁ、船大工の爺さんまだやってんのかね」
「いやあの爺さんもう年だろ!俺たちで直すしかねぇや!」
恐らく船が使えなくなったのだろうが、それさえも祭りのように笑っている。
きょとん、とそれを見ていたルシアンの口元もほころび、ガルドの眉も少しばかり上がった。
「気風のいい街だね」
「……みてぇだな」
ずぶ濡れのまま席に座ろうとして、店の店主に怒鳴られる。悪い悪い!とまた笑い、その場でがばりと上を脱ぎ、また怒られる。
魚を食べつつ面白そうにそちらを見ていたルシアンだったが、……テーブルに置かれた人差し指が、くるりと動いたのをガルドは見た。
手はテーブルに置かれたまま、船乗りたちのほうを指さして、くるり。またもう一人を指さして、くるり。
「あれっおい服が乾いてらぁ!」
「何言ってんだお前、……いや俺のも乾いてるな!なんだこりゃ!」
「わかんねぇこともあるもんだなぁ!」
ガルドの目線が、おい――と言っているのを見て、ルシアンがまた、面白そうに笑った。
「ふふ、気に入っちゃってね」
「……お前なぁ」
呆れたように呟きながらも、ガルドもわずかに口角を上げていた。店内では、まだ船乗りたちが「不思議だなぁ!」と笑っている。
乾いた上着を頭に被ったまま手を叩き、……仕上げのように怒鳴られている。茶屋の空気はさらに賑やかに、そして温かくなる。
「……何やったんだ」
「洗浄の”きよら”と、乾燥の”そよぎ”」
生活魔法ってやつか、とガルドの片眉が上がった。”きよら”、”そよぎ”、それから確か――”しずく”。どんだけあるんだ、と思ったが、聞いても頭がこんがらがっていくなだけな気もする。
「……こっそりやる辺り、お前らしい」
そうぼやけば、ルシアンが小さく笑った。
串の魚をひと口かじるさまを視界に捉えながら、ガルドももうひとつ、串を手に取った。
湯気の立つ港の茶屋。
小さな魔法と、ふたりの静かな食事と、どこか祝祭めいた喧騒と。
昼の光の中で、それらすべてが、ほどよく混じっていた。
店を出て、河口からの風を浴びる。夏の港の昼下がり、乾いたその風を受けて、珍しくルシアンが伸びをした。
――ふわりと、軽装がひるがえる。
ぐっとせき込みそうになり、ガルドがやや視線を逸らす。……腰装備の有無は見えなかった。うまい昼食で忘れていたが、引き戻されてしまった。
指先で額を押さえる。こんなことなら日除けでもなんでも適当な言い訳をして、あの後ろ姿に外套でも被せてくればよかった……と、人知れず舌打ちをする。チッ。
「宿に戻って仮眠をとろう。君も戻るよね?」
前を歩いたまま、ルシアンがガルドにそう声をかける。
「……戻るに決まってんだろ」
そう返しながらも、目線はしばし宙を彷徨った。さっきまで視界に焼きついていた、ひるがえる裾……まぁ結局なにも見えていないのだが――けれど、だからこそ余計に想像を煽るのだと、気づいていた。
頭を軽く振る。誤魔化すように一歩前へ出て、ルシアンの隣に並び立った。
「――夜は、外套持っとけよ。夏でも冷えるかもしれねぇ」
そう言って、自分の剣帯を少しだけずらす。口調はあくまで護衛の範囲として。けれども誤魔化しきれない何かを隠すように。
頷いた気配を感じながら、陽の照る石畳を、ふたりぶんの足音を重ねていく。港の風がまたひとつ、背中を撫でて通り過ぎた。
宿で夜まで仮眠を取り――部屋の扉がノックされる音で身を起こした。首をゴキリと鳴らしながら扉を開くと、涼やかな笑顔でルシアンが立っている。
ほんのりと、石鹸の香りがする。
「私の部屋に夕食を頼んであるよ。君もどうぞ」
「……ああ」
がしがしと頭を掻きながら、自室をあとにする。
ルシアンの部屋には、朝食を食べた丸テーブルとは別に、書斎用の机がある。昼に集めた迷子の情報をまとめていたようで、手帳が開いて置かれていた。
が、得た情報が少ないのもあり、記入されている量は芳しくない。それを見下ろしていたガルドの隣に、ルシアンが並んだ。
「目撃が途切れて数日経ってる。せめて無事だといいけれど」
「……ガキが水辺で行方知れずじゃあ、どうだかな」
「ふふ、崩落に巻き込まれた星花の盆地の少年は、助けられたじゃないか」
にこり、と笑う顔に、思わず一瞬、目を離せなかった。
口を開こうとしたが、ルシアンの部屋の扉がノックされ、給仕の従業員が夕食をもって入室してくる。……が、書斎机の前で寄り添うように立つふたりを見て、ぱ、と顔を背けてみせた。
「失礼いたしました、改めます」
「ああ、構いませんよ、お食事いただきます」
すぐにルシアンが歩み寄り、食事を受け取った。
給仕の従業員がそそくさと退出すると、扉の閉まる音とともに静寂が戻る。
香ばしいソテーの匂いと、温かいポタージュの湯気が、部屋の空気を柔らかく変えていった。
ルシアンはテーブルに料理を丁寧に並べると、いつものように静かに微笑み、ガルドを振り返る。
……従業員に、何かしらを勘違いされたように思える。
「……さっきの奴、顔真っ赤だったな」
ぼそりと呟いて椅子に腰を下ろすガルドは、まだ目を逸らしたままだった。
テーブル越し、ルシアンが何気なく首を傾げる。
「何もしていないのにね」
「…………」
それは、お前、わかって言ってんのか、……の言葉は、出てこなかった。わかって言っていてくれ、という願望すらある。天然で何度もそれをやられちゃあ、身が持たなかった。
ナイフを手に取り、食事に向かう。やれやれという気分を落ち着けるように、ガルドの視線は自然とまた手帳のほうに戻っていた。
少年の居場所は掴めていない。けれど、食事が済めば再び探しに出る。
星を見上げるという子どもがまだ、無事であることを祈るのは、ガラでもないが。
「……ガキ、見つかるといいな」
掠れるように呟いたその言葉を、ルシアンはスープを一口飲みながら、静かに受け取っていた。
——【かすかな祝祭】




