表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルシアンの物見遊山  作者: フジイさんち
セレフィーネ
38/53

【朝のぬくもり】




翌朝、日の出とともにルシアンが身体を起こすと、焚き火の傍でガルドが村跡を眺めていた。

こちらに気づき、視線を投げてくる。朝の空気の冷たさが、肺をすっと冷やした。


「おはよう、ガルド」

「……おう。もう起きんのか」


寝床の毛布を体に巻いたまま、焚き火を挟んでガルドの向かい側に座る。

一晩中絶やされなかった火は、朝の冷え込みを優しく照らしていた。


焚き火の向こう、ガルドが、すん、と鼻を鳴らす。

ぼんやりとそれを眺めていたルシアンが、自分に巻き付けていた毛布をパカ、と開いた。


「……ガルド、寒い?入るかい?」


――ルシアン、半ば寝ぼけていた。

対するガルドも、夜番明けであまり頭が働かず、じっ、とそれを見る。


「…………っ」


呑み込んで、咄嗟に喉の奥が鳴った。

目の前で広げられた毛布の隙間から、ほのかにあの香りが流れてくる。

薬草の香りと、――ルシアン本人のどこか柔らかい匂いが、寝起きの空気に混じって、やけに鮮明に感じられた。


数秒、焚き火越しにそれを見つめたまま動けなかったが、ルシアンが首を傾げたのが、思わず背を押した。


「……風、冷てぇしな」


言い訳がましくぼそりと呟いて立ち上がると、火を迂回してぐるりと回り込み、半ば無言で、その隣へ体を滑り込ませた。


――ごそ。


大柄な体が収まるには少々狭いが、それでも不器用に距離を詰めて収まる。

肩が軽く触れた。すぐに引くこともできたが――引かなかった。


「……狭ぇって、文句言うなよ」


小さな呟きは、半分だけ火にかき消される。けれど、すぐ横から返ってくる気配は、柔らかく、温かかった。

薄曇りの朝、村跡に射しこむ最初の光の中。

ふたりの間には、焚き火の熱と、毛布にくるまれた静かな距離があった。




寝ぼけ頭で隣に身を寄せつつも、ルシアンが革鞄から手帳を取り出した。

ぺらぺらと、昨夜記述した壁画のページをめくる。指の運びが遅いのは、まだ脳が覚め切っていないからだ。


隣では、ガルドも自然とそこに目をやっていた。開かれた壁画のページは、シンプルな図解と所見が書かれている。


位置情報/構造概要

・旧村跡地、東側丘陵に面した石造祠

・壁画サイズ:約三メートル×二メートル半

・岩肌へ直接描かれた彩色表現あり。構図の半数以上に劣化進行中


魔力干渉による色素反応

・台形状の文様、および空部にて微弱な光彩変化を確認

・術者の魔力属性により反応度は変動する可能性あり

・台形文様は“上昇方向”を示す描線構成。宗教的・象徴的意図を含むと推察


描写内容の分析・所見(簡易)

・中心構図は村落と複数の人物影。いずれも顔は描かれず、頭上を見上げる姿勢

・人物の上空には台形、台形は祠の屋根部より天へと昇る構成

・背景には意図的な“空白”あり。魔力反応でごく薄い光線軌道が確認された



「……お前これ昨日の夜に書いてたのか」


ふとそう問いかけてしまい、手帳をみていたルシアンがこちらを見上げてきた。

ガルドが手帳を覗き込むようにしていたせいもあり、銀の瞳が眼前にくる。

思わず目を背けそうになったが、ここで急に逃げたらあの微笑を向けられそうで、手帳に集中するふりをする。


「そうだね。時間あったから。あとは今日色々見てみて、かなぁ」

「へぇ」


――どの面下げて、俺は「へぇ」って言ってんだ――。

村跡に視線をやる振りをして、そろりと顔を背ける。

その横顔をぼんやりと見たのち、ルシアンも手元に目線を戻した。


ガルドも再度、手帳の記述に視線を落としながらも、意識は常に隣からの気配に向いていた。

毛布の中で肩が並び、朝の冷気と焚き火の温もりに包まれながら、妙に落ち着かないのは、隣の魔術師が当然のように距離を詰めてきたからか、それとも――。


「……よう書きやがる」

「ふふ、趣味も兼ねているかもね」

「趣味ねぇ……」


感心とも、呆れともつかぬ口調で呟きながら、ページをめくる手元をちらりと見やる。

細く揃えられた文字と、簡潔な図解。整っていて、どこか実直な印象を受ける。それがまた、この魔術師らしいといえば、らしい。


ガルドの指先が、手帳の端に触れかけて、すぐに引っ込んだ。代わりに、手のひらを膝にのせたまま、ぽつりと漏らす。


「……何が書いてあんだろな」


壁画の記憶を脳裏に思い描きながら、焚き火の奥にある村跡へと目をやる。

薄く朝もやがかかる中、幕のかかった石碑が、静かにそこに佇んでいた。


「ううん……こういうものは大抵、歴史が記されることが多いけど」

「……歴史か」


そう呟いたあと、ちらりとルシアンを横目で見た。

銀の瞳はすでに手帳の上に戻っているが、まぶたの動きと口元の柔らかさが、どこか安心しているように見える。


ガルドはわずかに咳払いをして、焚き火に木の枝をひとつ放った。

ぱち、と火が跳ねる。毛布の中の距離はそのまま。朝が、ようやく村跡を照らしはじめていた。






――【朝のぬくもり】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ