【朝のぬくもり】
翌朝、日の出とともにルシアンが身体を起こすと、焚き火の傍でガルドが村跡を眺めていた。
こちらに気づき、視線を投げてくる。朝の空気の冷たさが、肺をすっと冷やした。
「おはよう、ガルド」
「……おう。もう起きんのか」
寝床の毛布を体に巻いたまま、焚き火を挟んでガルドの向かい側に座る。
一晩中絶やされなかった火は、朝の冷え込みを優しく照らしていた。
焚き火の向こう、ガルドが、すん、と鼻を鳴らす。
ぼんやりとそれを眺めていたルシアンが、自分に巻き付けていた毛布をパカ、と開いた。
「……ガルド、寒い?入るかい?」
――ルシアン、半ば寝ぼけていた。
対するガルドも、夜番明けであまり頭が働かず、じっ、とそれを見る。
「…………っ」
呑み込んで、咄嗟に喉の奥が鳴った。
目の前で広げられた毛布の隙間から、ほのかにあの香りが流れてくる。
薬草の香りと、――ルシアン本人のどこか柔らかい匂いが、寝起きの空気に混じって、やけに鮮明に感じられた。
数秒、焚き火越しにそれを見つめたまま動けなかったが、ルシアンが首を傾げたのが、思わず背を押した。
「……風、冷てぇしな」
言い訳がましくぼそりと呟いて立ち上がると、火を迂回してぐるりと回り込み、半ば無言で、その隣へ体を滑り込ませた。
――ごそ。
大柄な体が収まるには少々狭いが、それでも不器用に距離を詰めて収まる。
肩が軽く触れた。すぐに引くこともできたが――引かなかった。
「……狭ぇって、文句言うなよ」
小さな呟きは、半分だけ火にかき消される。けれど、すぐ横から返ってくる気配は、柔らかく、温かかった。
薄曇りの朝、村跡に射しこむ最初の光の中。
ふたりの間には、焚き火の熱と、毛布にくるまれた静かな距離があった。
寝ぼけ頭で隣に身を寄せつつも、ルシアンが革鞄から手帳を取り出した。
ぺらぺらと、昨夜記述した壁画のページをめくる。指の運びが遅いのは、まだ脳が覚め切っていないからだ。
隣では、ガルドも自然とそこに目をやっていた。開かれた壁画のページは、シンプルな図解と所見が書かれている。
位置情報/構造概要
・旧村跡地、東側丘陵に面した石造祠
・壁画サイズ:約三メートル×二メートル半
・岩肌へ直接描かれた彩色表現あり。構図の半数以上に劣化進行中
魔力干渉による色素反応
・台形状の文様、および空部にて微弱な光彩変化を確認
・術者の魔力属性により反応度は変動する可能性あり
・台形文様は“上昇方向”を示す描線構成。宗教的・象徴的意図を含むと推察
描写内容の分析・所見(簡易)
・中心構図は村落と複数の人物影。いずれも顔は描かれず、頭上を見上げる姿勢
・人物の上空には台形、台形は祠の屋根部より天へと昇る構成
・背景には意図的な“空白”あり。魔力反応でごく薄い光線軌道が確認された
「……お前これ昨日の夜に書いてたのか」
ふとそう問いかけてしまい、手帳をみていたルシアンがこちらを見上げてきた。
ガルドが手帳を覗き込むようにしていたせいもあり、銀の瞳が眼前にくる。
思わず目を背けそうになったが、ここで急に逃げたらあの微笑を向けられそうで、手帳に集中するふりをする。
「そうだね。時間あったから。あとは今日色々見てみて、かなぁ」
「へぇ」
――どの面下げて、俺は「へぇ」って言ってんだ――。
村跡に視線をやる振りをして、そろりと顔を背ける。
その横顔をぼんやりと見たのち、ルシアンも手元に目線を戻した。
ガルドも再度、手帳の記述に視線を落としながらも、意識は常に隣からの気配に向いていた。
毛布の中で肩が並び、朝の冷気と焚き火の温もりに包まれながら、妙に落ち着かないのは、隣の魔術師が当然のように距離を詰めてきたからか、それとも――。
「……よう書きやがる」
「ふふ、趣味も兼ねているかもね」
「趣味ねぇ……」
感心とも、呆れともつかぬ口調で呟きながら、ページをめくる手元をちらりと見やる。
細く揃えられた文字と、簡潔な図解。整っていて、どこか実直な印象を受ける。それがまた、この魔術師らしいといえば、らしい。
ガルドの指先が、手帳の端に触れかけて、すぐに引っ込んだ。代わりに、手のひらを膝にのせたまま、ぽつりと漏らす。
「……何が書いてあんだろな」
壁画の記憶を脳裏に思い描きながら、焚き火の奥にある村跡へと目をやる。
薄く朝もやがかかる中、幕のかかった石碑が、静かにそこに佇んでいた。
「ううん……こういうものは大抵、歴史が記されることが多いけど」
「……歴史か」
そう呟いたあと、ちらりとルシアンを横目で見た。
銀の瞳はすでに手帳の上に戻っているが、まぶたの動きと口元の柔らかさが、どこか安心しているように見える。
ガルドはわずかに咳払いをして、焚き火に木の枝をひとつ放った。
ぱち、と火が跳ねる。毛布の中の距離はそのまま。朝が、ようやく村跡を照らしはじめていた。
――【朝のぬくもり】




