【見送る視線】
ルシアンとガルドが冒険者ギルドの扉を開くと、職員たちの視線が集まった。
興味や好奇ではなく、「ああ、あのふたりだ」という信頼の視線。
だが、ふたりの装備が長旅用の旅装に代わっており、にわかにさざめき立つ。
「お、おい、街を出るんじゃないか?」
「やだ、”麗しの”が見れなくなるなんて……!」
「で、でも旅人だもの……仕方ないわ……!」
そんな声が、ちらほらと耳をかすめる。ルシアンも軽くそちらを一瞥し、簡単に目礼のみをした。
そのまま、依頼掲示板の前に、両手を後ろ手に組んで立つ。その後ろ、背後を守るようにガルドが立った。
――《村跡旧壁画の保全調査》
【依頼内容】
郊外村跡に残る旧壁画の保存に向け、簡易魔力干渉による反応調査を行う。記録補助と構図把握も担当。
【目標】
・魔力による色素反応の確認
・壁面劣化箇所の記録
・描写内容の特定補助
【報酬】
銀貨五十枚(成果に応じ追加報酬あり)
【注意事項】
・壁面への接触は禁止
・通行人対策として布幕設置予定
「……そういえば、依頼完了の報告って、別の街のギルドでもいいのかい?」
依頼書を見ながら、ルシアンがガルドを振り返った。
壁画は気になるが、目的地は次の街との中間地点。――依頼をこなして、次の街へ向かいたかった。
「ああ。受注書と報告書が揃ってりゃ、どこのギルドでも問題ねぇ」
ガルドは依頼書を一瞥し、掲示板越しに周囲の視線を感じ取った。
遠巻きに眺める職員や冒険者たちの中には、惜別の色すら浮かんでいる者もいる。
――けれど、自分たちには、関係ない。
「壁画調査、か。……魔力やら調査やらはわからんが、得意そうだな、お前」
そう言って顎をしゃくると、ルシアンがふわりと頷いた。銀の瞳が依頼書に落とされ、その端で淡い笑みが浮かぶ。
「道中かな」
「……ああ、恐らくな」
「うん、じゃあ、いいかい?」
軽く問うと、ガルドは一度、肩をすくめただけだった。厚手の外套がわずかに揺れ、ルシアンの視線の先に、ただ立っている。
その姿を見て、ルシアンもかすかに肩を揺らし――受付に歩を向けた。
カウンターでは、今日も冒険者たちが依頼を受注している。
夜の依頼から明けて、報告書を書いている者もいる。併設の食堂で、朝食をとっている者もいた。
その中を、異質なふたりが、歩いていく。
「おはようございます。この依頼をお願いします」
「っはい!承ります!」
柔和な笑みに、受付嬢がぱっと顔を明るくし、手早く手続きに取りかかる。
数人の職員が、さりげなく書類の準備を手伝い始める。
――街を離れる前の、最後の依頼。
どんな内容であれ、“あのふたりが受けてくれた”というだけで、どこか誇らしげな空気が漂っていた。
ガルドはそれを後ろから見ていた。ルシアンの背中。その所作。その声。その空気。
そして、受付前で笑顔を向けられた職員の耳が真っ赤になったのも、……見逃さなかった。
「確かに、受領いたしました。隣街のギルドへも通達を出しておきますので、そちらで報告していただいて大丈夫です」
依頼書に、かつ、と判を押しながら、受付嬢がにこりと笑った。
ルシアンもそれに微笑で返す。
「ありがとうございます」
――それきり。
特に、挨拶もしない。
ルシアン自身、その必要はないと思っている。
彼にとって街とは、あくまで通り過ぎる場所。
目的は、帰る場所を探すことではないのだ。
くるりと踵を返し、指先で、隣のガルドの外套をひらりと揺らす。
「では、行こうか、ガルド」
「……おう」
短く返すその声には、どこかかすかな響きがあった。
いつも通りのやりとり、いつも通りの歩調――けれど、ルシアンが指先で外套を揺らした瞬間、ガルドの赤い瞳が、ほんの一瞬だけ緩んだのを、誰も気づかない。
ふたりがギルドを後にする。
後ろでは、受付嬢が胸に手を当て、深く小さく呼吸を整えていた。
隣の職員が、それを見て「またか」とでも言いたげに肩をすくめる。その空気すら、もはや“日常”だった。
ギルドの重厚な扉が、重たく、しかし静かに閉まる。
職員たちの中には、窓の向こうへ視線を送る者もいた。去っていく旅人の背中。
淡紫の外套と、巨躯の護衛。静かで、どこか尊く、美しい構図。
「……また来てくれるかな」
「さあ。でも……なんとなく、あのふたりなら……」
はっきりとは言わない。
けれど、確かに誰もが信じていた。
――きっとまた、あの扉から、微笑みを連れて現れると。
静かに、ふたつの影は街を離れていく。
旅はまた、新たな景色へと続いていく。
――【見送る視線】




