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ルシアンの物見遊山  作者: フジイさんち
無哭の訓練
34/53

【見送る視線】



ルシアンとガルドが冒険者ギルドの扉を開くと、職員たちの視線が集まった。

興味や好奇ではなく、「ああ、あのふたりだ」という信頼の視線。

だが、ふたりの装備が長旅用の旅装に代わっており、にわかにさざめき立つ。


「お、おい、街を出るんじゃないか?」

「やだ、”麗しの”が見れなくなるなんて……!」

「で、でも旅人だもの……仕方ないわ……!」


そんな声が、ちらほらと耳をかすめる。ルシアンも軽くそちらを一瞥し、簡単に目礼のみをした。

そのまま、依頼掲示板の前に、両手を後ろ手に組んで立つ。その後ろ、背後を守るようにガルドが立った。




――《村跡旧壁画の保全調査》

【依頼内容】

郊外村跡に残る旧壁画の保存に向け、簡易魔力干渉による反応調査を行う。記録補助と構図把握も担当。


【目標】

・魔力による色素反応の確認

・壁面劣化箇所の記録

・描写内容の特定補助


【報酬】

銀貨五十枚(成果に応じ追加報酬あり)


【注意事項】

・壁面への接触は禁止

・通行人対策として布幕設置予定




「……そういえば、依頼完了の報告って、別の街のギルドでもいいのかい?」


依頼書を見ながら、ルシアンがガルドを振り返った。

壁画は気になるが、目的地は次の街との中間地点。――依頼をこなして、次の街へ向かいたかった。


「ああ。受注書と報告書が揃ってりゃ、どこのギルドでも問題ねぇ」


ガルドは依頼書を一瞥し、掲示板越しに周囲の視線を感じ取った。

遠巻きに眺める職員や冒険者たちの中には、惜別の色すら浮かんでいる者もいる。


――けれど、自分たちには、関係ない。


「壁画調査、か。……魔力やら調査やらはわからんが、得意そうだな、お前」


そう言って顎をしゃくると、ルシアンがふわりと頷いた。銀の瞳が依頼書に落とされ、その端で淡い笑みが浮かぶ。


「道中かな」

「……ああ、恐らくな」

「うん、じゃあ、いいかい?」


軽く問うと、ガルドは一度、肩をすくめただけだった。厚手の外套がわずかに揺れ、ルシアンの視線の先に、ただ立っている。

その姿を見て、ルシアンもかすかに肩を揺らし――受付に歩を向けた。


カウンターでは、今日も冒険者たちが依頼を受注している。

夜の依頼から明けて、報告書を書いている者もいる。併設の食堂で、朝食をとっている者もいた。


その中を、異質なふたりが、歩いていく。


「おはようございます。この依頼をお願いします」

「っはい!承ります!」


柔和な笑みに、受付嬢がぱっと顔を明るくし、手早く手続きに取りかかる。

数人の職員が、さりげなく書類の準備を手伝い始める。


――街を離れる前の、最後の依頼。

どんな内容であれ、“あのふたりが受けてくれた”というだけで、どこか誇らしげな空気が漂っていた。


ガルドはそれを後ろから見ていた。ルシアンの背中。その所作。その声。その空気。

そして、受付前で笑顔を向けられた職員の耳が真っ赤になったのも、……見逃さなかった。


「確かに、受領いたしました。隣街のギルドへも通達を出しておきますので、そちらで報告していただいて大丈夫です」


依頼書に、かつ、と判を押しながら、受付嬢がにこりと笑った。

ルシアンもそれに微笑で返す。


「ありがとうございます」


――それきり。


特に、挨拶もしない。

ルシアン自身、その必要はないと思っている。


彼にとって街とは、あくまで通り過ぎる場所。

目的は、帰る場所を探すことではないのだ。


くるりと踵を返し、指先で、隣のガルドの外套をひらりと揺らす。


「では、行こうか、ガルド」

「……おう」


短く返すその声には、どこかかすかな響きがあった。

いつも通りのやりとり、いつも通りの歩調――けれど、ルシアンが指先で外套を揺らした瞬間、ガルドの赤い瞳が、ほんの一瞬だけ緩んだのを、誰も気づかない。


ふたりがギルドを後にする。


後ろでは、受付嬢が胸に手を当て、深く小さく呼吸を整えていた。

隣の職員が、それを見て「またか」とでも言いたげに肩をすくめる。その空気すら、もはや“日常”だった。


ギルドの重厚な扉が、重たく、しかし静かに閉まる。


職員たちの中には、窓の向こうへ視線を送る者もいた。去っていく旅人の背中。

淡紫の外套と、巨躯の護衛。静かで、どこか尊く、美しい構図。


「……また来てくれるかな」

「さあ。でも……なんとなく、あのふたりなら……」


はっきりとは言わない。

けれど、確かに誰もが信じていた。


――きっとまた、あの扉から、微笑みを連れて現れると。


静かに、ふたつの影は街を離れていく。

旅はまた、新たな景色へと続いていく。






――【見送る視線】

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