↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルシアンの物見遊山【つづきはIIへ】  作者: フジイさんち
無哭の訓練

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
33/145

【ドワーフの一撃】


……怒涛のすったもんだから一夜明け、翌日――。


旅の支度を整えたルシアンらは、ガルドの大剣を受け取りに鍛冶屋を訪れていた。

職人のドワーフが、武器を受け取りに来たガルドと、その横で興味深げに工房内を見回すルシアンを交互に見る。


「ほう、兄ちゃん!おめぇさんが無哭(むこく)のツレか!」


さっさとガルドに大剣を渡し、鍛冶屋は興味津々といった顔でルシアンのすぐ傍らへ歩み寄った。

ルシアンも、柔和な笑顔で応対する。


「ルシアンと申します。職人さんの工房というのはとても興味深いですね」

「だろうなぁ!ゆっくり見てけと言いたいとこだが、あぶねぇもんもある。無哭が黙ってねぇだろうよ」

「ふふ、ではお気持ちだけ頂戴しますね」


そんなやり取りを横目で見ながら、ガルドも手渡された大剣を確認していた。

研ぎ直され、磨かれ、金具の緩みも調整されている。やはりこういったことはプロに頼むに限った。

傍らでは、壁にかかった槌や焼き鏝(ごて)に夢中なルシアンを見て、ドワーフから何とも豪快な笑い声があがっている。


「だはは、まぁ、また今度顔見せな!無哭のツレなら歓迎だ!」

「それはありがとうございます」

「おう、待ってっからよ!」


重くも快活な声がそう言い、ばしん、と硬い手が――ルシアンの背中を豪快に叩いた。


いや、……背中と腰の、中間あたり。


――ひく、とガルドの頬が引きつるのとほぼ同時に、ルシアンの目が見開かれ、その眼差しが一瞬だけガルドを――


「ッおい!!くそジジイ!!」


即座に巨躯が駆け寄った。

怒号は鋭く、膝から崩れたルシアンの胴を横から抱え込むように支える。

両腕にずしりと体重がかかる。その脚に力はなく、完全に脱力していた。

それなのに崩れた本人は、表情を歪め――困ったように、笑っているだけ。


「っ……、ドワー、フ族は、力が……強いね……」

「言ってる場合か!」


がらりと崩れたルシアンを見て、鍛冶屋も右往左往と慌てていた。床置きの箱に足をつまづかせながら、手近な椅子を持ってくる。


「わ、わりぃ!兄ちゃん魔術師だったか!」

「――ッいえ、お気に、なさらず……」

「いい、喋んな!」


怒号のごとく吐き捨てたガルドの声に、工房の奥で槌を打っていた職人たちもびくりと肩を震わせた。

鍛冶屋が手にした椅子を、ガルドが乱暴に引き寄せる。

片腕でルシアンを抱えながら、けれど力は籠めないように、そっとそこに腰を降ろさせた。


「くそジジイ、てめぇ……ッ」

「すまねぇ……!」


ガルドからは、低く押し殺した声が漏れる。その瞳には明らかに怒気が宿っていた。

鍛冶屋とて、この場に満ちる殺気がわからないほど鈍くもない。……殴られなかったのが奇跡という顔で、静かに身を引いた。


「チッ……おい大丈夫か」


顔をしかめながらも、ガルドはそのままルシアンの背に手を添える。

腹を抱え込むように丸くなる背。端然とした姿に似合わぬ、大粒の汗。

支えた腕に伝わる、細かな震え。


「……立てねぇか」

「……ちょっ、とね……」


ルシアンに触れていた腕を少しだけ強めて、ガルドは小さく息を漏らした。

この数日、"腰"に振り回されまくっていた。――そう思っていた。

しかし、今ははっきりとわかる。心のどこかではそれが、結局遠い出来事だったのだ。


――目の当たりにしてしまった。

あの目の見開きを。激しく乱れた呼吸を。

魔力核を守るという装備越しでも、その衝撃がどれほどのものなのかを。


「……わかった、もう、誰にも触らせねぇ……」


ごく小さな声で呪いのように呟きながら、ガルドはそっとルシアンの背へ腕を回し直していた。




セレスの職人街を、ガルドの巨躯がのしのしと歩く。

それでさえ目立つというのに、――よもや抱き上げられるとは……ルシアン自身、微塵も思っていなかった。

腿裏と背中をがっちりと抱えられている。一体何事かと通行人からちらちらと向けられる視線。まるで女性を抱き上げるような恰好は――羞恥どころではない。


これではまるで公開処刑である。羞恥により、護衛を見上げることもできない。どこまで運ばれるのかもわからない。


「……ガルド、ちょっとさすがに恥ずかしいかも、あの、降ろしてほしい」


……どこかむすっとした護衛に、試しにそう頼み込んでみる。


「……歩けねぇんだろうが」

「ちょ、ちょっと休めば大丈夫だよ、核の少し上だったから、降ろして……?」


ルシアンのそんな頼みに、ガルドは眉根を寄せてちらりと見下ろしてくるだけ。

何ひとつ釈然としていない顔で、腕はまったく緩まなくて。


「……、……ガルド、離しなさい」


ついに耐えきれなくなったルシアンから命令口調が落ちて、ガルドがぐっと顎を引いた。

じっ、と腕の中の雇用主を見やり――渋々、通りから一本裏の路地に入る。人気のない路地は、涼しい風が吹いていた。


けれどしかめっ面の護衛は、まったく納得がいっていない。しばらく考えたのち、屈み込んで片足で膝立ちになり、立てた膝の上にルシアンの身体を座らせた。


ふ、と小さく息をつき、ルシアンもそれに身を任せる。


「……大丈夫かよ」


窺うようにそう問いかけてくる声色は、やはりぶっきらぼうだが、隠しきれない心配が滲んでいた。頭を低くして、抱えたルシアンの顔を覗き込む。顔色は、……まだ悪い。

座らせた膝の上で、ただ目を伏せて――ゆっくりと息を整えている様子が見られた。


「ん、大丈夫……少し、休ませてね」

「……それは、いいけどよ……」



口元を歪めてガルドが言いつつ――今さらながら、手の行先がないことにも気づいた。

そりゃあ今は抱えて来たし、鍛冶屋では咄嗟に胴を、そして背を支えたが、……果たして触って大丈夫なのか。

不用意な接触で、また核に響くのではないか。


片腕をルシアンの背のそばに不自然に残したまま――もう一方の手で自分の後頭部をぐしゃぐしゃと掻く。

再び顔を覗き込む。何もできないことに、焦りとも苛立ちともつかない感情が胸を焼く。

誰が悪いって、ひとつも余すことなくドワーフのせいだ。


だが――"あの一撃でこうまで崩れる"という事実が、正直ガルドには何よりも効いた。


魔術師の腰が急所だなんて、昨日までならただの知識だった。

だが今、自分の懐、膝の上で呼吸を整えている男の重みが、それを"現実"に変えていく。


黙ったままに目を伏せている男は、まつ毛を細かに震わせていた。たったそれだけで、なんだかこちらの心拍が乱されるようで。


「う、ん……ちょっと落ち着いてきた……」


両腕で下腹を抱え込み、静かに息を整えていたその銀色の瞳が、じわり、と細く開いた。

ガルドに向けられたそれは、弱く微笑んでいる。ふぅ、ともう一度息を吐く仕草。


「……ど、な、どう、すればいい。このままでいいか」

「うん……ドワーフの腕力すごいなって思ったよ」

「……やっぱ殴ってくる」

「ん、ふふ、ダメだよガルド」


膝の上で、弱々しい笑い声とともに、小さく肩が揺れる。

いつもの余裕がわずかに覗いたことで、ほんの少しだけ、強張っていたガルドの肩の力が抜ける。


「ガルド、ちょっと、腰に手を当ててくれないかい」

「……、……そ、れは、いいのか」

「自分では後ろは抱えられないから……動かしちゃダメだよ」

「……なるほど……わかった」


自分で言いながら、なにがなるほどなのかとガルドが顔を苦くしていた。

そろりと、猫背になっている腰に手のひらを当てる。


かすかな身体の揺れの後、ゆっくりと――ルシアンが深呼吸をした。


ガルドに魔力の流れはわからない。けれど、手を当てたその内側で、じわりと何かが揺らいだ気配がわかった。

動きではない。熱でもない。ただの気配だ。ルシアンが、もう一度見上げてくる。


「すぐ調節終わるから、……ちょっと待ってね」

「……ああ」


短く返したガルドの声には、もう一切の照れもなかった。膝の上の重みと、腰に添えた手に返るぬくもり。

避けるべきとされている場所に、今は自分の手のひらがある。


それは明確に、触れていいと許された行為で。

けれどその重みが、どれほどの信頼の上にあるのか。――ガルド自身、よくわかっていた。



「……魔力溜まりだったか、ここ」


思わず漏らした呟きに、ルシアンが小さく頷いた気配があった。その後、硬直していた細い背中が、わずかに沈んでいく。

深く、深く、息を吸い込んでから、吐き出す。魔力核の調節――その言葉の意味が、なんとなく伝わってきた。


ガルドの手のひらに、何度か小さな震えが伝わる。それが熱なのか、緊張なのか、痛みなのかは分からない。

けれど、じっとその震えを感じ続ける。


――今、互いにしかわからない、体温と、気配と、震え。


「……お前、こんなんを、俺に預けるっつってんのか」


ぽつりと、零す。――たった今、触れて初めてわかることだった。

この一帯がどれほど繊細で、どれほど不安定で、そしてどれほど――"危うい"と感じられるかを。

――だからこそ、自分が必要なのかということを。


そうしていて、あるところで、膝の上の呼吸がふっと緩んだ。すべての波が引いていく気配。ざわめきが落ち着いた感覚。

その様子に、ガルドはようやく指先の力をほんの少しだけ抜く。……けれど、触れた手は離せなかった。


銀の瞳がガルドを見上げる。端然とした眼差し。見えた"終わり"。

――けれど終わらずともいいと、心のどこかで考えてしまう。


「うん、……ありがとう。助かったよ、ガルド」

「……ああ」


す、と丸まっていた上体を起こし、ルシアンが穏やかに笑った。

無理をしているようではない、いつも通りの笑顔。額に滲んでいた汗を、その指先が軽く払う。


そうしてそのまま立ち上が――ることはせず、ガルドの脚に腰かけたまま、優雅に足などを組んでみせた。


「それにしても、君の膝が私の椅子になるなんて、優越感だよ、ガルド」

「は……っ」


――それはいつも通りの、いたずら好きな顔だった。心配してやったのに、とガルドの眉間に皺が寄る。


「……ってめぇ、もう立てるんだな?」

「どうかな、抱いて運んでもらおうかな?」

「……くそっ……」


ふふ、と軽く笑う顔は、こうしている体勢の都合上、どうしても目の前だ。ふわりとルシアンが立ち上がり、軽快に表の通りへと戻っていく。


「ギルドに寄って、道中の依頼を見て行こうか」



肩越しのそれはまるで、この裏路地でのことなんてなんでもないような微笑みだった。

ガルドは片膝の形で固まったまま、唖然とその背を見つめる。


「……やっぱ……タチわりぃじゃねぇか……」


ぼそりと呟く声に、返す者はいない。

だがその呟きに込められた感情は、困惑でも怒りでもない、気まずい照れだ。


ぐらりと立ち上がって、手のひらを見下ろす。さっきまで触れていたあの場所の熱が、まだここに残っていた。

柔らかくも繊細で、芯があって、だけどふとした拍子に壊れそうな体温。


「……参った……」


鼻を鳴らして立ち上がる。通りの表に出れば、先に人波へ戻っていた淡紫の背中が見える。

風に揺れる外套、そして軽やかな足取り。その背にもう揺らぎの様子は見えなかった。


「……ったく、誰が椅子だ。二度とやんねぇ……」


言いつつも、足は自然とその後を追う。無意識に間合いを測るように、そうしてやがて護衛としての位置に収まっていく。


背後につくその影に、ルシアンもわざわざ振り返らない。だが、少しだけ足を緩めた気がした。


ギルドへ向かう通りの先、いつも通りの旅の再開。

けれど、ふたりの間には確かに――裏路地で交わされた、静かな信頼が残っていた。






――【ドワーフの一撃】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。