【休日のふたり】
次の日、ルシアンは一人で冒険者ギルドを訪れていた。
この日は休日で、ガルドとは別行動。
ルシアンが単身で現れたことにギルド職員や冒険者たちはやや驚いていたが――いつもの柔和な笑みに、もれなく絆されていく。
昇級手続きを滞りなく終え、Dランクのギルドカードを受け取る。訊ねずとも傍らにギルド職員が侍り、書庫への案内を申し出た。
ギルドホールにある階段を上った先、二階の廊下奥。
通された書庫には、魔物、地形、気象、毒物まで、いつでも幅広い知識が広がっている。
普通の街の図書館にはない、冒険者としての視点に特化した、文献、研究書、図鑑。
「……一日で足りるかな」
贅沢な悩みを抱えながら、ルシアンはその知識の海に埋もれていった。
一方ガルドは、街の鍛冶屋に訪れていた。こちらは装備品の手入れだ。
背負いの大剣は、剣にもなり、盾にもなる。自分でもある程度の手入れこそできるものの、定期的なメンテナンスは、やはりその道のプロに頼むほかなかった。
工房へ入ると、鉄の焼ける匂いと炉の熱気を肌に感じる。奥から顔を出したドワーフの鍛冶屋が、目を丸めてガルドを見た。
「なんだぁ、無哭じゃねぇか。何年ぶりだぁお前」
「……知るか。調整頼む」
カウンターに、ガルドが大剣をガチャリと置く。
乱暴な様でいて、投げたりはしない。武器とそれを扱う職人には、一定の敬意を払っていた。
のしのしと歩いてきた鍛冶屋が、ガルドの大剣を片手で軽々と持ち上げ、じっくりと見る。
「……無哭お前、コイツを酷使すんじゃねぇよ」
「チッ……最近は、してねぇ」
ぼやきながらも、小さな返事。
脳裏に、無益な争いを好まない雇用主が浮かんだ。
「はぁん?あの悪たれがねぇ……」
鍛冶屋が、ガルドの大剣を傾けながら睨みつける。厚手の指が刃の縁をなぞり、柄の繋ぎ目を丁寧に確認していった。
「なんだこりゃ、斬るってより殴ってねぇか?……いや、押し潰してるか?」
「……守ってる」
「守ってらぁ!?お前が!?だっはっはこいつぁいい!」
カラカラと笑いながら、大剣を肩に、鍛冶屋が炉のほうへ歩いていく。
ガルドはその背を見送り、――けれどぶっきらぼうに眉をしかめて照れを隠した。
「……っいつまでかかる」
「一日だ!明日にでも来い!」
「……ああ」
それきり会話を終え、ガルドはしばし無言で炉の炎を見つめていた。
鉄の熱と、炉の唸る音。その炎にふと、昨日の訓練場の記憶が蘇った。
――滑る地面、転がる訓練生、笑うルシアン。
回復のために伸ばされた指先。記録のたびに伏せられた眼差し。
「……"綺麗なもん"は、……俺も見たな」
呟いた言葉に、返す者はいない。
けれど――静かな銀の瞳と、書板を持った立ち姿が脳裏をよぎる。
あの銀の瞳が、何を捉えて、何を以てして"見る価値がある"としているのかは、まだ定かではないが。
――その価値観に、いつの間にか触れてかけている。
カン、カン。
炉の奥で、鉄を打つ音が響く。
それを背にガルドはゆっくりと顔を上げ、工房の外へと出た。
しばしの休息。
そうしてまた、旅路が始まるのだ。
――【美しいもの】
【魔術師の腰装備】
ルシアンは、軽い足取りでギルド書庫を後にした。
――とてもじゃないが、読み切れない。そう悩んでいたところに、書庫の係員から良い情報をもらった。
「こちらの書棚の一角にある蔵書は当ギルドにしかないものですが、そのほかの蔵書はほぼ全てのギルドで情報が共有されているんですよ」
「……どこのギルドでも閲覧できると?」
「そういうことです。なので、こちらの書棚だけお読みになればよろしいかと」
「それは素晴らしい」
そんなやり取りの末、厳選して読破し、満足をして書庫を後にしてきた。
周辺の地理や歴史、近辺にしか生息しない魔物、局所的な植生をみせる薬草。今のルシアンにとって、そういった知識は何よりも興味をそそられる。
ギルドから通りに出れば外はすっかり日が落ちていて、街は夜の賑わいを見せている。
「……今までこもってたのか」
低く声がした方を振り返れば、広場のベンチに巨躯の護衛が座っていた。
やれやれといった具合で、のそりと立ち上がる背中。
「ガルド。待ってたのかい?」
「……待っちゃいねぇ。たまたまだ」
ずい、とその影が、横に立ち並ぶ。視線はこちらを見ていない。
――明らかに不自然なたまたまだが、それでもルシアンはふわりと笑った。
「ふふ、ありがとう。大剣は?」
「……調整。明日にはあがる」
「そう。夕飯はこれから?どこか行こうか」
「ああ……適当に食うか」
それに答えるように、ルシアンの外套がまたひらりと揺らめいた。
淡く香る夜の風に、街の灯りが通りをやさしく照らしている。
通りの石畳を並んで歩き出すと、どこかから焼き魚の匂いが流れてきた。
海の街ではないが、近郊の川からの仕入れも多いこの街では、魚料理が並ぶことも珍しくない。
すん、とガルドが鼻を鳴らす。
「……焼き物の匂いだな。魚か」
「こっちかい?」
銀の瞳がゆるりと肩を傾け、足取りが穏やかにそちらへ向いた。
「行くのかよ」
「君が言うなら間違いないよ」
「……そっかよ」
小さな声は、半ば呆れたような声だったが、――足音は、隣から離れなかった。
それぞれの時間を過ごし、一日の終わりにまた合流して、あたりまえのようにふたりに戻る。
それが、今の旅の形だった。
――【休日のふたり】




