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ルシアンの物見遊山  作者: フジイさんち
星花の盆地
22/55

【グラスホッグ】



半透明で、青白く、不規則にともる小さな花――星花は、床一面が光の粒で覆われているかのようだった。

静かな星空のように揺らぐそれは、魔力を浴びて咲く性質があるようで……恐らくここが、魔力が流れる地脈の支流だということが伺えた。


その中を歩けば、花が刺激を受けて、ふわりと輝く。特に、魔力を伴ったルシアンの足元の反応が著しく。

すぐそばの地底湖も、地熱と鉱物の成分により、水面が淡い銀青色に発光。


――絶景であった。




一拍、心を奪われたが、ルシアンはすぐにガルドに向き直った。

はるか上空、崖の上では、団員とギルドの救助隊の面々が、心配そうにこちらを覗き込んでいる。

周囲を警戒するガルドの隣に、並び立つ。


「ガルド、こうして光を灯しているのに、なにも魔獣が寄ってこない。地底というこの地の性質上、視覚に頼らない魔獣なのだろうか」

「……ありうるな。地底にいるとなりゃあ、……グラスホッグか、アヴィネークか……」


ガルドが口にしたのは、皮膚が半透明のモグラ型の魔獣と、毒性を持つヘビのような魔獣だった。どちらにしろ、子どもが襲われればひとたまりもない。

アヴィネークは一噛みで全身に猛毒が回るし、グラスホッグはこの花畑に紛れ込まれたら、すぐそばにいても光の屈折で見えにくくなりそうだった。


すこしだけ思案したのちに、ルシアンが視線だけをガルドへ向けた。


「私、感知魔法使おうか?」

「……ああ?」

「魔獣と、子どもの位置がわかると思うよ。けど欠点もある」


涼しげに淡々と放つ言葉は、まるですべてを俯瞰(ふかん)から見ているようで。


「……言え」

「もし魔獣が魔力に反応するタイプだったら、襲い掛かってくるかもね」

「…………チッ」


ガルドが小さく舌打ちをしたあと、無言で辺りを睨む。――地底の静けさと、星花の揺らぎ。

あまりに幻想的な光景のなかで、その怒りにも似た思考の回転だけが、異質に廻る。


「おい」


低く、ルシアンを呼ぶ。


「そうなりゃ、魔獣が向かっていくのはお前だ。感知はなしだ」


赤い瞳が、静かに見据えてくる。決して、魔術師の力を疑っているのではない。

だが、感知という“餌”を晒し、囮となる行為に、彼がどれほどの実力と、覚悟を持っているのか――、まだ、測れなかった。


背の大剣の柄に手をかけながら、さらに言う。


「……俺に護衛させるってんなら、命令は……聞いてもらう。下がれ、って言ったら従え。いいな」

「……うん、わかった」


静かな笑みが、星花に照らされる。

それを確認したのを最後に、ガルドが大剣を少し引き抜き、そのまま保持する。



――静寂。


子どもの声はおろか、魔獣の息遣いも聞こえない。


けれども、どちらも、どこかにいる。


「……影のほう、照らすね、ガルド」

「……ああ」


ルシアンの指先の動きに合わせて、光源の玉が宙を滑った。

花畑の上を漂い、わずかに地底を照らしたその瞬間――星花の中から、見えない何かが飛び上がる。


「――おや」


――バチンッ!と破裂するような音を立てて、ルシアンに振りかぶっていた爪が、銀色の眼前で大きく弾けた。


瞬時にガルドが振り返る。

ルシアンの身体の前に、――ほんの一瞬、光の壁が見える。防御魔法を、盾のように生成したようだった。


次の瞬間にはもう、ガルドの巨躯が壁のようにルシアンの前に立ちはだかっていた。

自分をかばうように伸ばされた腕に、ルシアンのしなやかな手が軽く触れる。――防御の膜を、その背に預ける。


びく、とガルドの肩が震えて、肩越しに一度だけルシアンを見た。



「どうぞ、楽しんで?」



赤い瞳ににこりと微笑みを返し、――ルシアンが両手を、左右に広げた。


現れたのは、半透明の魔獣、グラスホッグ。

姿の見えない敵。なるほど、面白い、と。



――周囲に、光源の玉が、無数に咲いた。


数十ではない、百以上、数百個かもしれなかった。

その玉は、高く地上付近まで高く咲き誇る。


地底が昼日中のように明るくなる。どこにも影がないほどに。


そしてそのうち地面近くのものが、数十個、一斉に星花の上に落ちた。

魔力の塊、それに反応する星花の輝き。


どんなにうまく隠れようが、たとえ半透明だろうが。


光の玉がその身に降れば、かすかに玉の挙動が変わる。

地に落ちた玉。花に当たった玉。――”宙で止まった”玉。


「全部で八体だよ、ガルド」

「上等だ」


赤い瞳がぎらりと閃き、大剣が一気に抜き払われる。星花の光を浴び、刃が鈍く黒銀に反射した。



――ガンッ――!


最も近くに潜んでいた一体が、叩きつけるような一撃で地面へ伏せられる。

岩盤を割るような轟音と共に、半透明の肉体が砕け散った。


「一体」


ガルドが呟き、即座に身を翻す。

光の下、逃げ場を失った魔獣たちが、ざわめくように花畑を駆け抜ける。


隠れることをやめれば、それはもう気配の塊で――、ガルドにももう、手に取るように分かった。


二体目の突進を、肩で受け流すように押し返し、その勢いのまま剣を振り抜く。

赤い軌跡と共に、花弁が宙を舞った。


「二」


背後、影が伸びる。

ルシアンが笑みを浮かべて片手を上げると、その影の動線にぴたりと光の玉が降りた。

眩い閃光に怯んだグラスホッグを、ガルドが背後から一閃。


「三体」


地底に、星花と光の玉、銀青の水面の反射が乱れ咲く。

その全てが、戦士と魔術師のための舞台のように輝いていた。


――残り、五体。

花畑の奥で、半透明の群れが牙を剥き、唸り声を上げる。


ガルドは大剣を肩に担ぎ、血の気を帯びた赤い目で正面を睨んだ。

その背に、柔和な銀の光が重なる。


「……まとめて来いよ。潰してやる」




ガルドの全身から滲む魔獣への殺意に、光に覆われたあちこちで、グラスホッグの爪がこすれる音がした。


足を踏み出す。花が揺れる。眼光が、風を裂いた。


身体ごと振り抜いた蹴りで、四体目の胴体を地面にめり込ませる。

そのまま大剣を薙ぎ払い、五体目・六体目に向かって、刀身を回転させて叩きつけた。肉を裂く音が空洞に響く。


花の光が波のように揺れる中、ルシアンの側に二体が回り込んでいた。

突進してくる影が、光に照らされて浮かび上がる。


だが、ルシアンの瞳に動揺はない。

手のひらがふわりと振るわれ、先ほどの壁のような防御魔法が、二体のグラスホッグを押さえつけている。


――“押さえる”。

それだけに徹した、最小限の魔力の奔流。


衝突音が何度か響く。


突進するグラスホッグの体が、まるで空気に押し返されるように弾かれていく。


微笑のままに、一歩も引かぬ淡紫の影。その足元で、星花たちがふわりとまた光る。

魔力の気配に呼応して、まるでルシアンその人が花の中心に咲いているようで。


しかし、まごうことなき、囮であった。



ガルドの耳が、わずかに揺れる空気を捉えていた。


――背後の音。突進の気配。二体、流れたか。


「……くそモグラども――」


振り向かず、振り抜く。

大剣ではなく、拳だ。


ルシアンへとさらに回り込もうとした一体の横面を、拳が潰した。

半透明の顎が裂け、星花の上に鈍く転がる。


「七」


ガルドが、大剣を掲げ、剣の腹で打ち付ける。その質量を以てして、押しつぶすように。

花畑の中心で、鈍い肉音と共に、地面が揺れた。


「八、だ」


――空気が、静まった。

地底が、再び息を潜める。


ルシアンの元に歩み寄るガルドは、わざとらしく肩を鳴らす。

そして、鋭い赤の目で、微笑を見下ろした。


「……楽しんだかよ、魔術師」

「うん、とっても」


ふふ、と笑うルシアンと、がさりと髪をかきあげる、ガルド。

足元の小さな花々が、ふたりの影を揺らしていた。






――【グラスホッグ】

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