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ルシアンの物見遊山  作者: フジイさんち
星花の盆地
21/60

【星花の盆地へ】



――《星花(ほしばな)の盆地への探索・救出任務》

【依頼内容】

採掘作業中に崩落した坑道より、未発見の空洞地帯が出現。

地底湖および高魔力地帯に自生する自発光性の花群生域(通称:星花)が確認された。

なお採掘作業に同行していた採掘団の少年が、一部地形崩壊に巻き込まれ行方不明。

団員数名は発見済だが、少年はなお孤立中。負傷している恐れあり。

また同エリアでは魔獣の活動が確認されており、速やかな救出が求められる。


【目標】

救出・調査


【報酬】

銀貨百五十枚+追加報酬(救出成功時)

※学術協会からの支援金により、星花の記録提供があれば別途金貨報酬あり。


【特記事項】

・周囲は地熱の影響で高湿・温暖な環境。足場はぬかるみや岩棚の崩落に注意。

・救出対象は十歳の少年。昨夜時点で生命反応あり。


【備考】

本任務は緊急性が高いため、掲示より先に個別打診を実施済み。




受付で、改めて依頼の受注処理を行う。


――少年は孤立中。負傷している恐れ――


依頼書のその文言にも、ルシアンの微笑は揺らがない。人命を軽視しているわけではない。

護衛の男が動く理由が、この文面一点からくるものだと理解していたからだ。


ギルドが手配した現地までの馬車に、ふわりと乗り込む。ついでガルドが乗り込むと、馬車がぎしりと音を立てた。

正面に座った赤い瞳が、ぎろりとルシアンを見据えた。だが、――睨んではいない。そういう顔なのだ。


「ふふ、素直に頼んでくればいいのに、君は顔で怖がられすぎだね」

「ふん……」


その反応にも柔らかく微笑む顔は、先ほどまでの柔和な笑みとは少し違った。


ガルドは、舌打ちをひとつ。

無言のまま腕を組み、背もたれに深く沈む。視線は逸らさず、だが口を開くわけでもない。


――こうして、自分がありのままにしていても、目の前の魔術師は何も言わない。誤解も曲解もなく、こういう男だとまっすぐに受け入れているような目。それが分かっていて、けれどやはり毎度、心のどこかがざわつく。




馬車が動き出す。揺れに合わせて淡く髪が揺れ、向かいの銀の瞳がそっと伏せられる。

傍らに置かれた革鞄から、先ほどの依頼書が覗いていた。


「……崩落に巻き込まれて、魔獣もいて、昨日までは無事だってか」


ガルドがぼそりと呟く。

ルシアンは、何も答えなかった。


「……餌にされてなきゃいいがな」


口にするだけで唾棄(だき)したくなるような可能性を、冷たく吐く。

けれど正面の男は、まるで凪いだ水のように揺るがない。まっすぐにガルドの目を見て――軽く、首を傾げた。


「その子と私がいたら、その子を守っていいからね」

「お前な……」


ガルドが額を押さえる。それ以上何も言わず、もう一度深く座り直した。


「……生きてりゃな。拾って帰ればいいだけの話だ」


その呟きが、車輪の音にかき消されていった。セレスの街並みが、遠く後ろへ流れていく。

星花の盆地へ向けて、馬車はまっすぐに走り出していた。






一刻の間、馬車に揺られてたどり着いた現場は、すでに規制線が張られていた。


馬車を降り、現場の警備と二、三、やりとりを交わし、地上から緩やかに続く坑道を下りていく。

それが途中から大きく崩落し、――地下二十メートルほどの空洞層が露出していた。


「もともと、水脈と地熱がぶつかる微妙なバランスの上にあったようなんです。この崩落で、封じられていた地層が一気に解放されてしまいまして……」


崩落に巻き込まれなかった採掘団の団員が、わずかに震えてそう告げた。

団員三人が怪我をした。子ども一人がのまれた。その震えももっともだった。


ルシアンとガルドが崩落した崖から下を覗き見ると、天井を抜けてきた自然光が斜めに差し込んでおり、その光が遥か地底、湖と花々に細く反射していた。

地底であるにもかかわらず、夕方の野外のような明るさと、色温度を帯びている。


しかしそれはあくまで陽が当たる場所のみ。

影のほうは墨を落としたように真っ暗であり、恐らく夜になるとそれはもっと顕著だろう。


「子どもの位置は?」


ほぼ同時に、ルシアンとガルドが口を開いた。

赤く鋭い瞳と、穏やかな銀の瞳に見つめられ、団員がびくりと肩を揺らす。


「そ、それが……魔力測定装置で、かろうじて生きていることくらいしか……」


――つまり、場所までは特定できていなかった。

まだ岩肌からは、パラパラと崩落の名残が小石となって落ちている。


「……お前はここに残れ」


ルシアンに、ガルドがそう、短く告げた。

足場の危険性、魔獣の存在。綺麗な景色はあろうとも、安全性が確保できるまで、連れて行きたくはない。

が、ルシアンはふわりと微笑んだ。


「もし、子どもが怪我をしていたら?」

「……担いで上がってくる」

「ガルド、私は回復魔法が使える。……それに、」


ふと、ルシアンの指先が、ガルドに向く。

ぽ、とガルドの腰元に、周囲を照らす光の玉が生まれた。


「光源もつくれるよ?」

「…………チッ」


渋面を伴った、盛大な舌打ち。

光源の光の玉は、半歩身を引いたガルドに、す、と追従してくる。


「……好きにしろ。下で文句言うなよ」


低く吐き捨て、ガルドは荷物からロープを取り出した。

岩に打ち込まれた支点を確認し、自らの身体を固定してから、ルシアンの装備も無言で点検する。

胴の留め具、脚の安定、外套の裾。――何も言わずに、だが確実に。


ルシアンはその間も笑みを崩さず、ただ静かにそれを受けていた。

宙に灯る光は緩やかに揺れて、ふたりの影を崖縁に伸ばしていく。


「……降りるぞ。崩れるとこ踏むな」


ガルドの大きな身体が、先にゆっくりと降下していく。ロープに体重を預け、足場を探りながら、音もなく。

そのあとに続くように、ルシアンの白い手が、ロープに添えられた。


――風が吹きあがる。


差し込む陽光に、崩れた坑道の粒子がふわりと舞う。魔術師の淡紫の髪が、光源の玉に反射してきらめいた。

眼下――まるで、星々の中へ降りていくような光景。

地底の空洞へ。星花の盆地の、まだ誰も踏み込んでいない深部へ。


――ふたりの影が、静かに沈んでいった。






――【星花の盆地へ】

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