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ルシアンの物見遊山  作者: フジイさんち
星花の盆地
20/53

【無哭を振り向かせるために】



まずはEランクへの昇級の話題から――そこで如何に、引き留めるか。


書記官がゆっくりと昇級の書類を支度し、受付カウンターへ向かう。ギルドホールに視線を向ければ、出入りの大扉近くの待合スペースで腕を組む無哭。

そして、そこにあるソファに、腰かけて待つ淡紫の影があった。


「――っルシアンさん、すみません、お待たせいたしました!」


ひっくり返りそうになる喉を堪えつつ、書記官がそう、声を張れば――にこり、と柔和な笑みを以てして、淡紫の男が立ち上がる。

周囲のざわめきと息を飲む気配の中、ふたりの影が、緩やかにカウンターへと近づいてきた。


(や、やっぱり無哭も一緒に行動してる……!!)


足音が響くたび、緊張に胃を押さえる職員。


受付に到着する銀と赤。待ち構える書記官。

ちら、と会議室のある廊下のほうを見やるが、まだ増援の気配はない。


「おはようございます」


穏やかな声とともに、銀の瞳がふわりと柔和に笑んだ。

すぅ、と上がった口角、細められた眼差し、傾げられた首の角度まで完璧で、書記官が思わず息をのむ。


――甘かった。


ただの挨拶一つで、そう思った。


隙が無い。まったくもって、付け入る隙が。

無哭が剣なら、こちらは砦だ。必要のないものは、一切寄せ付けるつもりのないような。

無哭がダメならこっちに頼もう、だなんて、――無謀だったのでは、とすら、思えてくる。


その隣、赤い目の男が一歩後ろで腕を組んで立つ。

もはや、言われずともその視線を直視できなかった。


「……っ、Eランクへの昇級、おめでとうございます。お手続き、こちらの書類を読んでいただき、各事項にご記入をお願いいたします……」

「はい」


書記官が差し出した用紙には、確認事項が数か所と、簡素な祝辞の文面と、新しいEランクカードの受領欄。

ペンを取るルシアンの手元を、ガルドの赤い視線が追う。


「……お名前の欄はこちらになります。……っ、ありがとうございます」


進んでいく手続きの最中、いつの間にか書類を整えた増援の職員たちが、カウンターの陰で静かに資料を握りしめていた。



――無哭が、魔術師の動向を、めっちゃ見てる……!



声にならない悲鳴に、各々の喉が何度も鳴る。

だが、ここまで来たらもう引くわけにはいかない。


かつ、とペンを置いたルシアンに、書記官がランクを更新したギルドカードを差し出した。


「こちら、お預かりしていたカードです!い、以上で昇級手続きは完了となります……っ」

「ありがとうございます」


その受け渡しが終わった瞬間、まるで合図のように、職員が数名なだれ込んできた。


「ル、ルシアンさん、失礼いたします!」


はた、と銀の瞳が見開かれる。

突如として、前線が切り替わった。先ほどの書記官は、胃を押さえて後方へ下がっていく。


「実は、今回の昇級にあわせて、ぜひ一件……!」

「景観調査にご興味があれば、ぜひお目通しいただきたく……!」


そう言って差し出されたのは、《星花の盆地》の、地図と資料の束。

――勝負の瞬間。


「……ほう?」


ルシアンの視線が、そこに落とされる。

そしてその背後、ガルドは――迫りくる面倒ごとの予感に、額を押さえていた。




「……おい」


赤い瞳が(いぶか)しげに職員を見るが、見ない気づかない怖気づかないをモットーに……職員は、ルシアンから目を逸らさない。


「ひ、ひとまず応接室までお越しいただけますか……!もちろん、ガルドさんもご一緒に!」


ところどころ声が裏返っていたが、にこりと笑ったルシアンが歩を進めてきたので、職員数名が大移動のように群れを成して動いていく。


「こちらでございます!」

「足元に段差がございます!」

「ただいまお茶をお持ちします!」

「ええと……お気遣いなく」


そんなやり取りを経て、広めの応接室、その扉が開かれる。ギリギリで用意された資料の束。小綺麗な空間に職員たちが順次入り、壁に並んだ。


ルシアンが応接のソファに座ると、それに合わせてガルドも壁際に立つ。……ただそれだけで、空気圧が一段重くなった気がした。


「……こ、こちらが資料となります……」


書記官の男が震える手で、ルシアンの前に資料を差し出す。

資料の一枚目、一番上には――


《緊急救助依頼:星花の盆地》


の、文字。内容は、子どもの救助依頼。

柔和な微笑を浮かべたルシアンの表情は、ぴくりとも動かなかった。


「……大変ですね」

「っはい、危険地帯でして、ぜひガルドさんと……その、元あった坑道が崩落して、その下に地底が、そ、それで新しいエリアが発見されまして、貴重な環境で――……」


突き刺さるような赤い視線が降り注ぐ中、あまりの緊張に、職員がしどろもどろになる。

ルシアンは笑顔で聞いていたが、ふと資料の一か所を見て、小首を傾げた。


「地底ですか」

「え、あ、はい、地底です……!」

「真っ暗なだけで何も見えなさそうですね」



――職員、死。



後ろに控えていた数人が明らかに慌てふためいた。


「っ――!?」

「あっ、いえっ、あの光はちゃんと!」

「発光するんです!!自発光、あの、星花!!星花と名付けられまして!」

「星の、花と、湖が、光って!!」


――面倒そうな顔をするガルドと、ふわりと微笑むルシアン。

とても、対照的だった。


「ガルド、子どもの救助依頼だって」


穏やかに発せられたそれは、言外の”行ってみたい”だった。

無哭を振り返ったルシアンに、職員全員、心の中でガッツポーズ――だが、身体は膝から崩れ落ちそうだった。




――ひとつため息をついて、ガルドの赤い瞳が、鈍く光る。

まっすぐにルシアンを見て、しばし沈黙。……その後、低く、押し殺すような舌打ち。


「……チッ」


重い巨躯が、腕を組み直す。

だが拒否の構えはない。――それを誰よりも、ルシアンの微笑みが語っていた。


「……ガルドさん、ルシアンさん、お願いしてもいいでしょうかっ……!」

「い、依頼書は現在作成中で……!」

「とりあえず!星花の光景資料、こちらになります!」


職員たちが我先にと、星花の盆地に関する写真・図面・環境報告書を机に並べ始める。

なかには銀色に発光する花弁や、湖面に反射する星光の様子を描いた簡易スケッチも。


「こちらが盆地の地形図でして、発見されたのは崩落後の――」

「自発光の花が、地底湖の水面に映って……」

「お子さんの最後の目撃情報がこちらで……」


――場が熱を持ちはじめる一方で、ガルドは無言のままに腕を組み、壁に凭れて動かない。

ルシアンだけが、銀の瞳で一つ一つの資料を、微笑みながら静かに眺めていた。


その姿に、職員たちの期待がもう一段高まる。

あとは――どちらかから一言、「行く」と確定の言葉を引き出せれば。


それだけで、“無哭”が動く。


職員数名が、祈るように手を組んだ。




しばらく黙って机に目を落としていたルシアンが、数ある資料の中から、一枚だけを手に取った。

静かにそれを、ガルドへ手渡す。


子どもが崩落に巻き込まれた際の状況報告書。最終目撃地点。

ガルドが、鋭くため息をつく。


「……ガキは……何歳だ。複数か?どれくらい奥だ。魔獣は?」


矢継ぎ早の言葉とともに、ずい、と前に出たガルドに、職員たちが慌てた。


「ッはい!十歳の子どもが一人、採掘団と共に行動していたようで……崩落後、消息不明に……!」

「崩落が深く、捜索が困難な状態です……魔獣も、複数の目撃例がありまして……!」


ガルドは唸るように、低く息を吐いた。その傍ら、ルシアンは静かに微笑んでいる。

差し込む朝の光に、淡紫の髪がふわりと照らされる。


「……あの」


――沈黙の中で、一人の書記官がおそるおそる、けれど確実に一歩を踏み出した。


「可能であれば本日中……できれば昼前に出発していただければと……」

「…………あ?」

「急な話で申し訳ありません……でも昨夜の時点でまだ、生存反応が……!」


すっ――と職員たちが、一様に頭を下げた。

その沈黙の中――銀の瞳が、背後のガルドをちらりと振り返る。


「……っ、くそ」


低く舌打ちをして、ガルドが顎をしゃくる。


「……行くぞ。支度する時間くらいは寄越せ」

「ッありがとうございます!!」


前に出ていた書記官が、腰を抜かしそうになりながら、叫ぶ。


――瞬間、応接室の空気が、一気に動き出した。


星花の光も、貴重な地底景観も、もうその場ではどうでもよかった。

無哭と、淡紫の魔術師が、確かに頷いた――それが、今の全てだった。


「搬送馬車、すぐ手配します!坑道入り口まで一刻です!」

「救助要請の詳細も更新します、おい急げ――!」


応接室が、熱を帯びたままに渦を巻く。ガルドの一言で、全職員が走り出す。

まるで命が繋がったかのような安堵と、使命に燃える慌ただしさ。


それでも、ルシアンの動きは変わらない。

静かな微笑を浮かべたまま、立ち上がり、軽やかにガルドの隣へと歩み寄る。


「ご準備が整い次第、南街門へお越しください!馬車をご用意しておきますので……!」


ふたりのそばに職員が慌てて駆け寄り、深々と頭を下げる。

その声に、ルシアンは笑んで軽く頷き、ガルドは無言のまま、応接室の扉へと踵を返した。


「……あ、あの、報酬などについては、また後ほど正式に……!」


――背に受けたその声に、立ち止まる足も返事もなかったが、……背中がすべてを物語っていた。

“行く”と決めた男の、重く揺るがぬ意志。

そして、魔術師がその背を追うことに、一片の迷いもないことを、誰よりも先に職員たちは理解していた。


「……い、行ってくれるってよ……」


ぽつりと誰かが呟き、ひとり、そしてまたひとりと、頷きが連鎖した。


それは誰に向けたものでもなく、ただ、助けを求める小さな命と――それをすくいあげに行く者たちへの、静かな祈りだった。






――【無哭を振り向かせるために】

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