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ルシアンの物見遊山  作者: フジイさんち
星花の盆地
19/53

【勇者、書記官】


――翌日午前。まだ静かな朝。


冒険者ギルドセレス支部、職員会議室。


「……どうする?結局、まだ救助班の手配、ついてないじゃん……」


湯気の上がるマグを手に、若手職員が眉をしかめている。

机の上には、《星花(ほしばな)の盆地》の速報が広げられていた。


「中堅じゃ無理だ。魔力地帯で、崩落してて、魔獣も出る。しかも子どもが……」

「そもそも、子ども連れて行ってんじゃねーよって話だけどな……」


坑道が、既知の安全圏だと思われていた中での、崩落による新エリアの発見。当然護衛の冒険者などはついておらず、採掘ギルドの傘下で行われた採掘作業。

想定外の地形・魔力地帯・魔獣の存在が一気に露見し、全てが後手に回っていた。

職員の間にため息が広がる中、ひとりがぽつりと呟いた。


「……今、街に“無哭(むこく)”いるよな?」


会議室の空気が、ひたりと静まる。手を止めた者、目を上げた者、誰もが同じ姿を思い浮かべる。

そして――カップの湯気の中、ひとりが呻くように言った。


「……いや、でもさ、あの人……ほら、アレだろ」

「ああ……気に入った依頼しか受けない……」

「あとめっちゃ怖い……」


しん――と再び、場が静まり返る。

だが、件の現場では、今も子どもが取り残されている。


「……いやいや、さすがに人命がかかってれば……い、依頼書読んでくれれば……ワンチャン」

「あっ、でもあの、なんか仲間……?いませんでした……?確か、ルシアンさんとかいう魔術師」


その名が出た瞬間、別の職員が眉をひそめた。


「……ああ、銀の瞳の……」

「そう、なんか貴族っぽい……商人かな……」

「そんなんどうでもいいだろ!」


逸れかけた話題に、職員の一人が立ち上がる。椅子の足が床を滑る音が、室内に響いた。


「……魔獣地帯に子どもだぞ、時間ねぇだろ。ひとまず、書類まとめて依頼書」


緊張が走ったまま、会議室に静寂が戻る。

無哭に受けてもらえるかどうかは二の次、――今は動かなければ。


次の瞬間、廊下から聞こえたのは、受付側から戻ってきた職員の声だった。


「おい、無哭の仲間がランクアップの手続きに来てるぞ。書記官、誰か対応できる奴……」




――沈黙。


入室してきた職員が、会議室の空気に首を傾げた。


ということは、もしかして無哭も……?――そうは思ったが、数秒後、全員がかぶりを振る。


「い、いややっぱ無理だろ!また“俺に言ってんのか”って睨まれるじゃんか!」

「俺なんて昔、書類出しただけで睨まれたからな!?目がやべーんだよあの人!」

「いや、目がっていうか、“命刈り取られる”気がすんだよな……」


皆それぞれ、過去に”無哭”に睨まれた覚えがあるようで――

けれどパニックに陥りながらも、書類をまとめる手元はぶれない。


「……あ、あのさ……」


ふと、依頼書を書き綴っていた書記官が、手を止め、そろり、と手を上げた。


「……魔術師……ルシアンさん?……のほうに説明すれば……無哭を連れてってもらえないか……?」



――再び、沈黙。……それだ……!



停滞していた会議室に――一筋の光明が差し込んだ。

わっ、と皆、席を立つ。


「あっ、ある!あるぞ!あっちは常識人っぽかった!」

「で、でも”あの人”、今日Eランクに昇級ですよ!星花の盆地には……!」

「大丈夫だろ、無哭がいれば!」


バサバサと資料が舞う。

会議室の職員たちが一歩前進したあたりで、先ほど入室してきた男性職員が、また一言。


「……そういえば、さっきその人に”美しい景色を知りませんか”って聞かれたけど……」

「――は……?」


ビタ、と会議室の全ての動きが、止まった。

男性職員が、顎に手を当てながら、首をひねる。


「なんか綺麗な景色探してんだと。無哭もなんも言わなかったから、そういう旅なんだろうな、あの二人」



――なん、ですと――、と。


そんな旅の目的、聞いたこともない。

まして、それにAランク冒険者を連れまわすなんて。

いやしかし、当の無哭本人がそうして隣にいるのであれば、きっと了承の上で、いや違う、それどころではない。


……それどころではない!


「どっ、ど、どうします」

「星花だ、あれ確か光る花だっただろ!」

「あ、あと地底湖の自発光!うんんん……っ地底に差す光とか!」

「――なぁ、だからその魔術師、向こうで昇級手続き待ってるぞ?」


わかってる!!と、どこからか鋭い声が飛ぶ。

依頼書は最悪後回しでいい。今は、情緒に訴えかけるような資料が必要だった。

やがて書記官の一人が立ち上がり――


「おっ、俺、昇級手続きしながら、あ、あ、足止めしてくるわ!」


さながら勇者のように、肩を震わせる。

ルシアンに対して武者震いを――というよりは、その後ろにいるであろう、無哭の視線に、である。

皆の視線が集まる。尊敬と畏怖(いふ)の眼差しだった。


「き、気ぃ抜くなよ……」

「声のトーン、絶対間違えんなよ……」

「無哭は見なくてもいい……ルシアンさんだけ見とけ、絶対だぞ……!」


室内が、戦場のような空気に変わる。

書記官の肩に、次々と手が置かれていく。


「俺たちもすぐ行くからな……!」

「万が一無哭と目が合っても、気をしっかり持てよ……!」

「ああ、資料、急いでくれよ……っ」


普段の事務仕事では見せない、腹をくくったかのような、書記官のその表情。

立ち去っていく背中も、どこか”もう帰ってこないのでは”という哀愁を漂わせる。

そうして扉が閉まったあと、誰かが震える声で言った。


「……俺らなんで“無哭”のほうじゃなくて、“魔術師のほう”に話通そうってなったんだろうな……」

「……だって目を見て話せるのあの人しかいねぇよ……無哭こええじゃん……」

「大体無哭の隣でにこにこしてんのやべぇだろ……一縷(いちる)の望みだよもう」


「そう……笑ってんだよな……」

「なんで笑えるんだ……」



一同、ふと、会議室の扉を見る。もうそこに、あの哀愁漂う勇者の背はない。

だがその向こうで勇者……書記官が――今まさに、“その魔術師”と対峙している。


「……資料、早く仕上げようぜ。魔術師の琴線にかかればこっちのもんだ」


崩落に巻き込まれた子どもを思い――、職員たちは改めて、書類に向き直っていった。






――【勇者、書記官】

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