【ガルド、Aランク】
――ガルドには、何度も昇級の打診があった。
ガルドの持つAランクの上には、Sランクしかない。
それは、ごくわずか、数えきれるくらいの人口しかいないランク。
信用度は絶大、指名依頼が主になり、報酬も桁違い。国家や貴族も一目を置く。
その代償に、守秘義務を背負わされ、完全にギルド専属の特殊戦力となる。
裏返せばそれは特別監視対象となり、必然的に国や貴族とのつながりが生まれてしまう。地位と金を得る代わりに、煩わしい監視と"後ろ盾"がつく――それが嫌で、ガルドは長年Aランクに収まっていた。
にもかかわらず、なぜ自分はこんな素性の知れない男の護衛をしてしまっているのか。
「…………」
ため息など出てこなかったが、ガルドの瞳が再度ルシアンを見た。それに気づいて、ルシアンも視線を上げる。
先ほどの"ぼやき"を、静かに反芻する微笑。
「――暇つぶしでも、君が引き受けてくれてよかったよ。もし振られたら、私はまだあの街で護衛を探し回っていただろうね」
「……そっかよ」
「うん、きっとね」
言いつつ軽やかに笑うルシアンが、膝上のナプキンをするりと外し、簡単に畳む。
窓から通りを見やれば、すっかり街も目が覚めていた。今日も予定はない。……目的地のない旅だった。
「私も少し、ランクを上げたほうがいいかな?ギルドに依頼でも探しに行こうか」
それは軽々とした、ちょっとそこまでお散歩に、といった声色。ガルドが眉を吊り上げた。
「……勝手にしろ」
椅子を引く音とともに巨躯が立ち上がり、肩を軽く回す。
そのまま歩き出すこともせず黙ってルシアンの隣に立つ様は、まるで「行くなら一緒だ」と言わんばかりに、当然のように。
――依頼を探す、などと言っても、ルシアンが向かうのはきっと散歩の延長。目にとまった依頼書を眺めて、どんなものかと楽しむくらいのものだろう。
だがそれでも、外に出るのなら護衛は要る。そういう立ち位置だった。
「だが……無理して受けんなよ。Fがやられりゃ、俺の責任になる」
「ふふ、うん」
口調はぶっきらぼうだが、目線はルシアンの肩越しに外の陽光を捉えていた。
朝の雑踏が広がる街路の石畳は、白く光を返している。
「行くなら、さっさとしろ。……付き合ってやる」
ただその一言だけを残し、ガルドは先に店の扉へ。その背中を見ながら、ルシアンも席を立った。
「うん、やっぱり、彼にしてよかった」
そう微笑んだ声は、ガルドには届かずに空気に溶けた。
セレスの冒険者ギルドも、朝から活気に包まれていた。
これから依頼を受ける者も、夜間の依頼から帰ってきた者も、皆肩を並べて受付や査定カウンターに列をなしている。
毎朝張り替えられる依頼書は、掲示作業にあたるギルド職員を忙しそうにさせている。
ギルドに通報や相談事に来た街の職人や住民たちが、聞き取りに当たる書記官に熱心に困りごとを訴えていた。
鉄と革の匂いがその空気を包んでいたが、ギルドホールの正面大扉が開いて舞い込んだ空気に、一瞬だけざわめきが鎮まった。
――無哭だ。
無哭のガルドが街にいる。
そんな視線は、査定場からも、受付からも、併設の食堂兼酒場からも。しかし噂をする声はあれど、声をかける度胸のある者はいない。
まして、連れ立ってその後ろを歩く淡紫の男が、よりその異質さを際立てていた。
「なんだアレ……」
「ああ、どういう関係だ……仲間か?」
「男か……どこぞのお貴族様か?」
無遠慮な視線にガルドの赤い瞳が流れれば、慌てて伏せられる数多の眼差し。けれどそれでも尽きない興味。
その只中にあっても、ルシアンは変わらず柔和な笑みを保っていた。
「……無哭って誰かと組むことあんのかよ」
「仲間なんて初めて見たぞ……」
――噂をする声は結局、ルシアンとガルドが歩を進めるにつれて、やがて波のように引いていった。
ギルドホールに入ってすぐ右手の壁――依頼書が張り出されていた掲示板を、ガルドが顎で示す。張り出し作業をしていたギルド職員が焦ったように会釈をして、一歩を引いていく。
そんな職員に申し訳なさそうにひとつ礼をして、ルシアンがそちらへ顔を向けた。
――正面奥、カウンターの受付嬢はこっそりと胸をなでおろしていた。
「こ……こっち来るかと思ったわ……」
落ちたのは、そんな小さな安堵の声。ホールの隅では再び小さくざわめきが戻っていたが、それは警戒ではなく――どこか、目を奪われた者たちのざわめきだった。
淡い外套に包まれた妙に"高値"な立ち姿は、やはりどうしてもギルドの喧騒から浮いてしまう。それでも何一つ動じることのないルシアンは、まるで露店の品物でも眺めるかのように掲示板を見上げている。
同じようにその後ろから掲示板を覗き込むガルドは、初めから決まっていたかのような立ち位置。無言で守るごく自然な動きに、――周囲も押し黙った。
――《調査・記録補助》
【依頼内容】
最近、街外れにて地形変化とともに突如湧出した自然水源を確認。一部で植物の異常成長や、微弱な魔力濃度上昇が報告されている。本依頼では、現地に赴き以下の記録・観測支援を実施してもらいたい。
・水質の簡易記録(備品貸出あり)
・周辺の温度・湿度・魔力の変化測定(※魔力感知可能な者優遇)
・成長植物の記録・採取補助
【目的地】
街西端・第三農道先の旧雑木林跡地(仮称:西の泉)
【報酬】
銀貨三十枚(記録精度により変動)
【特記事項】
・調査地は市街地から徒歩半刻程度の低地林。
・調査は日中のみ実施。
・魔力干渉に敏感な職種(魔術師・治療師等)は、現象の記録に重要。魔力感知が可能な支援職の参加を歓迎する。
【備考】
・中央学術院の環境記録官一名と助手一名が同行
※本依頼において冒険者は「補助者」として記録官の護衛と現場支援を行う
「お前こういうの得意そうだな」
「うん?」
ふとガルドが指さしたそんな依頼書を見て、……ルシアンは笑みを深めた。調査、観測、記録、魔力測定。非常に好奇心をくすぐられる内容ではある。
が、それよりも、数多く並べられた依頼書の中からこれを選別し、静かに示してくるこの護衛である。
「ふふ、頼もしいね」
肩越しに満足げな笑みを向けたルシアンは、その依頼書を引き抜き、受付カウンターへと歩を進めた。
カウンターでは、先ほどの受付嬢が既に立ち直り、微笑を作っていた。
だが、その手元はややぎこちない。緊張が抜けきっていないのだろう。
「おっ、おはようございます、ご用件をどうぞ」
「おはようございます、こちらをお願いします」
「っはい、承ります。……ギルドカードのご提示をお願いします」
依頼書を引き寄せた受付嬢が、台帳を取り出しながらルシアンを見上げる。
ルシアンが差し出したカードを確認し、台帳に記入をしていくが……ルシアンの横に黙って立つガルドにも、そろりと視線を向けていた。
「……えっと、もしかして無――ガルドさんもご一緒に……?」
「……ああ」
端的すぎるその答えに、受付嬢とカウンターの中にいた職員らが一拍固まった。
Fランク相当の依頼に……?とは思ったものの、高ランクが低ランクの依頼についていってはいけないという規則はもちろんないし、まかり間違っても口など出せない。
なによりルシアンが柔和な微笑とともに首を傾げて、慌てて台帳の記入を進めた。
「っ失礼しました、ではこちらのルシアンさんが記録補助者として、ガルドさんが調査の護衛としてご登録となります。現場は市街地西端、第三農道先。記録官の方とは九つ鐘が鳴る頃に現地集合となっております。……こちらにサインを」
一通りの説明の後に差し出された依頼控えに、ルシアンがペンを走らせる。その最中も、受付嬢の視線はガルドへちらちらと向く。まさかAランクがこんな小さな依頼なんかに――という視線である。
だがガルドも特に気にした様子もなく、そっぽを向いたまま小さく鼻を鳴らしていた。
――【ガルド、Aランク】




