【西の泉】
一度宿に戻り、支度を整え、ふたりは西の街門へと赴いていた。
「あっ、あれじゃないですかセナさん」
「かもしれませんね、すみませんそこのお二方!」
西門をくぐって歩き出そうとしたところで、通りの方から一組の男女が声をあげながら走り寄ってきた。
何やら専門的な機具を背負い、小脇にはそれぞれ革鞄や書類ケースを抱えている。腕章をつけており、そこには"学術院"の文字。
身なりからして、依頼で合流予定だった記録官と助手のようである。現地集合とのことだったが、街を出るタイミングが合ってしまったらしかった。
ギルドから依頼受注者が出たと通達を受けていたのか、嬉しそうにルシアンとガルドのもとへ歩み寄り、けれど距離が近づいてくるとともに、一瞬迷うような素振りも見せる。
「……ええと、補助者の方、でしょうか……?」
記録官らしき男が、ルシアンをみて不安げに尋ねた。どこからどうみても、自分たちとは家格の違いそうな物腰、身なり。
ギルドからの通達は、Fランクの冒険者が同行する、とだけ。……この男がFランク……?と不安になるのも無理はなかった。
ついで、記録官の後ろで助手の女が小さく肩を跳ねさせる。――これはガルドに視線を向けられてのこと。ルシアンの後ろに立つ獣のような男を見て、おどおどと記録官の背後に隠れた、が。
「西の泉の調査についてでしょうか」
穏やかなルシアンの声に、ふっと場の空気がほどけたような感覚があった。
ほ、と小さく息をつきつつ男が頷けば、ルシアンも合わせたように頷きを返す。
「ルシアンと申します。調査の補助にあたらせていただきます。よろしくお願いいたしますね」
胸に手を当てたルシアンが、軽く首を傾げて柔和な笑みを浮かべる。
圧も格もない、無害な笑顔。……記録官と助手の緊張をほぐすには、十分すぎるものだった。
「あっ、い、いえ、こちらこそっ……すみません、急に……!」
記録官の男が慌てて頭を下げる。それを見て、助手の女もぺこりと礼を重ねた。
「環境記録官のセナと申します。こちらは助手のカリナです」
「よ、よろしくお願いします……!」
二人とも丁寧な口調ではあるが、やはりまだどことなく緊張の色は抜けきれない。だがそれは、もうルシアンに対するものではなかった。
ちらちらと向く視線の先は、……その後ろで無言のまま立つ男へ。
見上げるほどの大柄な体躯は古傷だらけ。鋭く赤い眼と、そして無表情――ただ立っているだけで、異様な存在感があった。
「そ、その……そちらの方は……道中の護衛の方でしょうか……?」
「……ああ」
短く答えるだけで、セナもカリナも再び小さく跳ねる。
けれどその声に敵意はなく、ただ事実を告げるだけのものだったのは……わかった。
「そっ、そうですか……」
「こちらはガルドと申します。……ふふ、顔が怖いだけですよ」
「……え、えっと、すごく、心強いです……!」
返されるセナらの言葉に実が伴っていないのは明白だったが、それでも一応の礼は尽くされていた。心強くとも怖いものは怖い。セナが書類を抱え直し、ぎこちなく笑う。
「では……ええと、目的地までは徒歩半刻ほどです。街門を出て、第三農道を目指しましょう」
その声を合図に、四人は改めて西の街門をくぐっていった。
朝陽はすでに高く、ルシアンの初めての依頼には申し分ない晴天だった。
セナの背中では、魔力測定装置のケースが歩みに合わせて小さく揺れていた。
手元の手帳を広げつつ、セナがちらりと隣を歩くルシアンを見やる。
「歩きながら、簡単に説明をしても……?」
「ええ、もちろん」
にこりと帰ってきた笑みに、セナがほっとしたように笑みを作った。
「ではですね、えっと、前回の調査では泉の南側からわずかに魔力が感知されていました。……おそらく地下に、魔力の滞留があるのかと……」
「魔力沈殿層でしょうか」
微笑んだままのルシアンから返ってきた言葉で、弾けるように顔を上げたセナとカリナが、パッと表情を明るくした。――話の通じる者を見つけた表情にも見える。
「そ、そうです、恐らくは!」
「沈殿層があるのなら、どこかから流れ込んできているか、泉の水に乗って魔力が湧出していることも考えられますね。たとえば、時間帯によって泉が光ったりなんてことは……」
「っあります、あります!たまに水面が脈打つように、ええと、午前中に二度、午後は三度、夜中に二度!」
急に熱を帯びたセナに、後ろを歩いていたガルドが眉をしかめた。
疑問や不信を感じたわけではない。ただ単純に、魔力の話題には明るくなかった。
対してルシアンは、それに小さく頷くだけ。
「魔力波が断続的に上がってきている状態でしょうね。人間でいえば、血流のような」
――まぁ、つまりは"なんか流れてる"ってことだな、とガルドが納得した。
淡紫の男はこちらを振り向きはしない。……けれど、自分にもわかるように話していることがわかった。
ルシアンは歩調を崩さぬまま、そっと首を傾げてセナに視線を向ける。その銀の瞳には、好奇と理解、そして配慮が滲んでいた。
まるで、"ちゃんと聞いている"と無言で伝えるような微笑だった。
「地脈の支流の出口という可能性も考えたのですが……!」
「その可能性もゼロではありませんが、そうなると周辺の植生ががらりと――」
「ええ、なので――」
続けられていく会話は、時折興奮気味にカリナも口を挟みながら、道中の空に響いていく。
やがて一通りの仮定と議論を終えて満足したのか、震えるような息を吐きながら、セナが感激したように顔を上げた。
そうして、どこか誇らしげに書板を抱え直す。
「……やっぱり、魔術師の方に来ていただけてよかった……。数日後には魔術院のほうと合同になる予定だったのですが、それまでに少しでも情報を集めておきたくて……」
カリナも、ぼやくセナの隣で何度も頷いていた。蚊帳の外に置かれているガルドが、やや不満げに鼻を鳴らす。
「……で、魔力が溜まってると、どうなるんだ?」
「えっ……あ、えっと、魔力滞留が発生すると……泉の成分変化や、局所的な植物の異常成長が……」
急に口調が元に戻ったセナに、ガルドの目が細くなる。
その鋭い視線に、またもカリナがセナの背に隠れた。
「……つまり、でっかい草が生えるか、毒でも出るかって話か」
「えっ……まぁ、……た、端的には、はい……!」
その返答に、ようやく納得がいったのか、ガルドが視線を外す。ルシアンがふ、とかすかに笑ったように見えた。
林の縁が見え始める。風が通り、木々の間にわずかな靄が揺れている。
「……あれが、"西の泉"です」
セナの声に、全員の歩みが自然と緩む。
陽光が木漏れ日となって降り注ぐその先に――泉があった。
――【西の泉】




