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ルシアンの物見遊山  作者: フジイさんち
都市セレス
12/55

【街歩きは早朝に】



ルシアンは、早く寝て、早く目覚める。


――まだ日も昇る前、むくりと起き上がり、街着に着替える。

鏡台の前に座り、簡単に身なりを整える。窓から街を見下ろすと、まだ朝もやがかかっていた。


部屋を静かに出て、まだ眠っているであろう、向かいの扉の前に立った。


「――ガルド、お散歩してくるね」


当然、返事はない。一応声はかけた、という体裁がほしいだけだ。

静かに宿を出ると、朝の冷たい空気が肺に流れ込んだ。




ルシアンは、目覚める前の街が好きだった。

朝の慌ただしさも、昼の喧騒も、夜の賑わいもない街。静かで、けれど真夜中のような底知れぬ闇もない、ほんのひと時の眠った街。

目覚めているのは、自分と、新聞配達の少年と、パン屋の窯だけ。


――これも、ルシアンの”美しい景色”に含まれているのだろう。




背後、ごつ、ごつ、と石畳を重く踏みしめる足音がした。

振り返ったルシアンの表情に、笑みが灯る。


「ふふ、寝ててよかったのに」


その大柄な男は返事もせず、淡々と近づいてきていた。肩を揺らすように、歩幅は大きいまま、ルシアンの隣で止まる。


「……宿にいねぇと思ったら、こんな時間に」


寝起きの低い声。だが責める色はない。

ひとつあくびをして、空を見上げる。まだ白んだばかりの空に、星がわずかに残っていた。

そのまましばらく沈黙が流れる。けれど、並んだ立ち位置に、どこか自然なものがあった。


「……飯、どうすんだ」

「折角だから、どこかで食べていこうか」


言葉を交わしながら、歩き出す。朝の街に流れる、ぱちんと薪が弾ける音。

食堂の煙突から、煙が立ちのぼっていくのが見えた。


「……あそこのパン、昨日の夕方も売れてたな」


呟くようにそう言って、ガルドが視線を逸らす。

言い訳じみた声音だった。ルシアンに気づかれないようにとすら思っているかのような。


けれど、確かにそれは“誘い”だった。ふたりの一日は、今日もまた、静かに始まっていく。






街の食堂の窓から見えるセレスの大通りには、すでに仕事に向かう者や買い物客の姿が行き交いはじめていた。


この街の一日が本格的に動き出しているのが感じられる。

木のテーブルに並べられた朝食は、温かなスープと焼きたてのパン。香草とバターの香りが立ち上り、腹の底にやさしく沁みわたる。



「……Fランクだぁ?」


ガルドが眉を吊り上げて、ルシアンにそう返した。

頷いたルシアンが、なんでもない顔をして、ギルドカードをかつりとガルドの前に置く。



――ルシアン Age.26

支援魔術師 ランクF



「冒険者ギルドには登録したばかりなんだ。言ってなかったね」


パンをひとかけら口に運びながら、ルシアンが微笑む。

だが、テーブルの上に置かれたギルドカードを一瞥したガルドの視線は、ランクではない箇所を見ていた。


「……お前、俺より六つ年下かよ」

「おや、そうなのかい?気になるなら敬語に戻しましょうか?」

「やめろ、気持ち悪ぃ」


苦々しげに返しながらも、ガルドは目を逸らした。不機嫌というより、どこか調子を崩されたような態度だった。

ルシアンの手元では、スープの器がくるりと回される。湯気の向こうで、微笑はそのままだ。


「……Fランクで支援か。どうせ登録だけした口だろ」


ギルドカードを軽く指先で押し戻しながら、ガルドがぼやく。

カードの情報だけを見れば、経験も功績もゼロの新人――街の酒場で素人が言い張る「俺も冒険者だ」と大差ない。


だが目の前の男は、そうは見えない。仕草、視線、姿勢、どれを取っても“成り立って”いる。

着ているものも、手入れされた旅装も、どこかしら場慣れしていた。


「……んで、どうすんだ。いくら俺がAでも、お前がFランクじゃあ受ける依頼も限られる」


半ばぼやきながら、ガルドがスープをひと口啜る。香草の香りが鼻に抜けた。

その声には、焦れたような苛立ちではなく、静かな問いの色が混じっていた。


「……ガルドってAランクなのかい」


きょとん、としたようなルシアンの言葉に、ガルドが一拍置いて、同じようにギルドカードを差し出した。

黒銀のプレートに、偽造防止の魔術刻印がなされている。



――ガルド・ヴェルグリム Age.32

戦士 ランクA



実力がものをいう冒険者ギルド。S~Fからなるギルドランクにおいて、そのランクは何よりも雄弁だった。

一度カードに目を落としたルシアンが、ぱちり、と瞬きをする。


「ええと、……なぜ私の護衛を引き受けたんだい」



――【Aランク】。

それは、上位精鋭・都市級戦力となる者がほとんどのランクだった。

冒険者全体の人口から言えば、比率は一、二パーセントほど。依頼主からの信用度も高く、大規模依頼においては中核を担うことも多い。

簡単に言えば、「あの人に任せれば大丈夫」といわれるようなクラスだった。


「雇った側が言うものなんだけど、君、私の護衛なんかしていていいのかい」


その微笑は、困った顔ではなかった。目の前の男の判断を、どこか楽しそうに笑う顔。

互いに、ギルドカードをポーチにしまう。


「さあな」


ガルドは背もたれに凭れ、器を傾けながら、わずかに目を細めた。

視線はテーブルの上、もう冷めかけたパンに落ちている。


「……暇だった。って言やぁ、信じるか?」


ぼそりと呟く声には、どこかぶっきらぼうな照れが混じっていた。

だが、冗談にしては言い方が素朴すぎる。本当にそれだけだったのか、と問えば否定はしないだろうが、肯定もしないだろう。


「……お前みてぇな奴は、ほっときゃ野垂れ死にそうだ。そんなら、暇つぶしに着いてってみるかってな」


ぼそり、ともう一度。それが評価なのか、呆れなのか、自分でも分からないらしい。

パンをひとかじりする。あまり噛まずに飲み込んで、ルシアンの方を見ずに付け足した。


「――勝手にそう思った。それだけだ」


淡々とした声だった。

だがその言葉は、否定も飾りもない“本音”だった。






――【街歩きは早朝に】

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