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――《ヴァルクレッサ》
・地中潜行型中型魔獣
・夜行性、二、三メートル(尾を含む全長)
・地中の移動に適した凹凸の少ない硬質の外殻
・鋭い爪と顎(強力)、大口
・地中でも視界を保つ赤目
・牛などの大型家畜を狙うが、捕食範囲は広い
・群れでの狩りは極めて危険で、村や周辺の生態系に影響あり
・魔力に敏感 .
過去に、ギルド書庫の蔵書で読んだ情報を、ルシアンはひとつひとつ手帳に書き出していた。
視界の端では、ガルドが放牧地の隅を確認している。日は傾きかけているが、夜まではまだ時間がある。
「ガルド」
遠くの背に声をかければ、よほど耳がいいのかこちらを振り返る動きを見せた。渋々といった感じで近くまで来て、なんだ、という顔。
「私の感知魔法で、地中の構造がある程度見られると思うんだ」
「ああ……」
「けれど、もしその範囲内に魔獣がいたら、気づいて襲ってくるか、逆に逃げられてしまうと思う。どうしようか?」
その提案に、ガルドは少々面倒そうに眉をひそめた。腕を組み、視線を放牧地の奥へと向ける。
目を凝らせば、地面のわずかな起伏と土の盛り上がりが見える。草の生え方が不自然な場所もある。
明らかな魔獣の気配こそ感じなかったが、もうじき、夜だ。
「……逃げられんのは、面倒だな」
顎を引き、思考を整理するように呟く。かかってくる分には、問題ない。迎え撃てばいいだけのこと。
だが逃げられれば長引く。――ちら、と、ルシアンの手帳に視線を落とした。
「……、よう書きやがる……」
「図鑑に載ってたことしかわからないよ」
「んん……」
唸りを返しながら、ガルドもルシアンの横に立った。手帳を覗き込み、腰の剣帯に親指をかけている。
「……ま、逃げられても数がわかりゃ、調査にはなる。かかってきたら、そん時はそん時だ」
そしてもう一度、ルシアンの顔を見る。
視線が合えば、ほんの少しだけ口元が緩んだ。
「……最悪、地面ごとぶっ壊すか」
「ええ……牛が困るよ」
「食われるよりゃいいだろ」
まったく、とでも言いたげにふわりと笑ったルシアンは――その銀の瞳を閉じるでもなく、漂うように宙に泳がせた。
淡紫の髪が、丘陵を吹くみどりの風を孕む。
――ガルドに魔力はわからない。
だがしかしその獣並みの直感で、ルシアンを中心に、ヴェールよりも薄い膜状の何かが、ぶわっと広がるのを感じ取った。
こうして感知魔法を使っている様は、ガルド自身初めて見るが……どこかを見ていて、どこも見ていないかのような、……けれどもすべて見られているかのような、眼差し。
そのヴェールが、薄く、深く、広がって――。
「――近くにはいないね」
「……、ん……そうか」
静寂をふつりと切った声は澄んでいて、……なのに"残念だ"という言外の色を抱いていた。
「やっぱり地下に通路がある。巣らしきは、そこの放牧地の直下にひとつ。でも空だ」
「ああ」
「今ここにいないのは、別の場所に巣があるんだろうか」
放牧地をめぐっていた瞳が、ガルドを見上げる。それを受けて、恐らく、と頷いた。
被害が起こるのは夜。可能性としては、ここを狩場としていて、別の巣を根城としているのかもしれない。
「地下がだいぶ荒らされてる。そこそこの群れだと思うかい?」
「……ふん……」
ため息とも、相槌ともとれない、低い唸り。
ヴァルクレッサは、少数であればCランクのパーティーでも対処できる魔獣だった。
しかしこれがそれなりの群れとなれば、場合によっては数人程度の討伐隊が必要になることもある。
ルシアンが、微笑みのままに、赤い瞳を見据える。
ガルドもまた、その視線を受け止め、黙って数秒、呼吸を整えるように間を置いた。
空気は静かで、草の匂いと土の湿り気だけが鼻腔をかすめる。
「……確定とはいえねぇ、が」
ようやく発したその声は低く、だが芯のあるものだった。視線は斜面の起伏へ向けたまま。
「そこそこの群れだったとして、……最悪なのは、放牧地の空の巣に、引っ越してくることだ」
「うん」
「都合のいい餌場だ。牛もいる。人もいる」
「……うん、そうだね」
ズ、と、足元の草を踏みしめる。剣帯に親指をかけたまま、もう一度ルシアンを見る。風で揺れる淡い紫の髪と、銀の瞳。ふわり、――自分が贈った香りが、……一瞬だけ視線が滑り、喉が小さく鳴る。
それを誤魔化すように、少しだけ口元を引き締めた。
「……ま、今日は、夜の動きを見てみるか。湖は、逃げねぇ」
こくりと揺れた髪を見て、ガルドがまたも、小さく顎を引いた。肩越しに放牧地を一瞥する。
「……いざとなりゃ、牛を囮にすればいい」
やや肩をすくめながら、本気とも冗談ともとれない一言をつけ足す。おかしそうに、ルシアンの肩が揺れた。
「ふふ、囮は可哀そうだね……。……そうだ、誘き出してみるかい」
「……あ?」
きろ、と睨むようなガルドの眼差しを受け、おっと、とルシアンがわずかに肩をすくめた。
そのうえで、ささやかに笑いながらも、指を三本、ガルドの面前に差し出す。
「三つ、できることがある。
ひとつ、現時点での調査を以てして終了。ギルドに行き、調査結果を報告する。あとはまぁ、ギルド判断に任せてしまえばいいけれど、問題はギルドが手を打っている間に次の牛が被害にあうか、最悪人が襲われる可能性」
薬指が、折りたたまれる。
「二つ、ギルドに通達をするのは同じだけれど、今晩の襲撃を見てからにする。今晩の牛と人は無事かもしれないが、群れの全容はつかめない可能性。掃討はできないかも」
中指も、折りたたまれる。
残った人差し指の傍ら、にこり、と楽しそうにルシアンの顔が綻んだ。
「三つ目。広範囲の感知魔法の波に"挑発"を混ぜ込んで、怒りと混乱で誘われてきたヴァルクレッサたちを、ガルドが一網打尽にする?」
「…………」
……なぜ――、なぜお前はそんなに生き生きとしているのか……。護衛の眉間に、皺が寄った。
楽しげな護衛対象は、笑った口元、細めた瞳、傾げた首の角度まで、完璧である。
「……そりゃあてめぇ、最初から決まってねぇか」
「うん?私はどれでも構わないよ」
「……、たちわりぃわ……」
ガルドは目を細め、鼻で息を鳴らした。
軽く頭を掻くふりをしながら、視線をわずかに逸らす。
「っの顔……くそ、……ったく」
ぶつぶつと何事かを呟いてはいるが、否定の色はない。むしろ、どこか苦笑に近い感情が混ざっていた。
「感知魔法に……挑発ね。魔術師っつのは皆そんなもんなのか」
「ふふ」
諦めの、ため息がひとつ。丘陵の向こう、沈みゆく陽がゆるゆると赤みを帯びはじめていた。
小さく、だが確かに頷いたあと、ガルドは外套の裾を払うように身体を動かす。
「わかった、それでやる。そのかわり、全部呼べよ」
そして、ほんのわずかに、口角で笑う。
「はー、おっかねぇ」
「ええ……」
柔らかな笑い声と、夕暮れの風が吹く中、どこかに潜む魔獣たちに気づかれぬよう、ふたりは再び周辺の地形と足場の確認に動き始めた。
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