【次の依頼は祈りの場にて】
カーニャ鍛冶房をあとにしたふたりは、冒険者ギルドへと訪れていた。
目的は、昨夜買取に出していた素材の査定結果の受け取り。
ギルドに入ると、ガルドが依頼掲示板前に、ルシアンが素材買取のカウンターへと歩を進めた。
窓口の査定人は昨晩と担当が変わってはいたものの、しっかりと引継ぎがなされていたようで、ルシアンとガルドの姿を見て慌てて奥の事務机から出てくる。
「あっ、おはようございます、ルシアンさん!」
「おはようございます」
柔和なにこり――を受け取った査定人が、ぎゅ、と口元を結ぶ。
淡紫の魔術師、"無哭"の相方、無哭の雇用主。
このベルミード支部において、職員たちの間で一躍時の人となっているが……実物と直接言葉を交わした者は多くはない。
穏やかな物腰、どこか"高値"な立ち居振る舞い。たかが挨拶、されど挨拶。……威力は十分である。
カウンターの下から、紙ぺらを一枚取り出す。素材の査定結果が記されているものだった。
「ゴ、ゴロツメの、査定結果こちらになっております!金額、よろしければサインをっ……」
言葉を躓かせながらも、そろりと見積書を差し出す。軽く顎を引いて、銀の瞳がそれを見下ろす。する、する、と眼差しがそれを確認していたが、――いつの間にか真後ろから、ガルドが覗き込んでいた。
わずかに肩を浮かせたルシアンがそちらを見上げれば、見積もりを一瞥したガルドが短く頷く。
査定人が、安心したように小さく息をしたのを見て、ルシアンもサインをして、報酬の受け取りを終わらせた。
「またご利用ください……!」
消え入りそうなその声に、ルシアンが穏やかな笑みで会釈をして、ふたりそろって依頼掲示板へと戻る。
「ふふ、見に来てくれたのかい」
「……安く見積もる奴も中にはいる」
「そうだね。ありがとう」
――さすがに、この護衛相手に査定結果を誤魔化すような、浅はかな職員はいないと思う……と思ったものの、声には出さない。ガルドの横に並び立ち、小さく肩を揺らすにとどめた。
依頼掲示板を見上げると、日付の更新を以てして依頼書が新しくなっている。
護衛依頼、調査依頼。魔獣の討伐や街の清掃、収穫作業。その種類は多岐にわたる。――そんな中、"廃教会"と"歌声"、そんな文字が目に入った。
――《廃教会・歌声調査依頼》
【依頼内容】
西の平原に位置する旧聖堂(通称:廃教会)より、夜間に"女声による歌声"が響く現象が確認されています。
現時点で付近の村人及び通行人に対する被害はないものの、不安を訴える声が増加しており、早期の調査と原因確認をお願いします。
【目標】
廃教会より聞こえる歌声の調査
【報酬】
銀貨三十枚 ※解決時
原因特定のみは銀貨十枚
【注意事項】
物理的な被害、人的被害は未確認です。周囲に魔獣の痕跡はなく、発生時間帯は日没後から深夜にかけてとみられます。
細い指先が、真新しい依頼書の端に触れた。
旧聖堂――通称廃教会。人々の足が遠のいた、祈りの場。夜明けの回廊……"黎明讃座"とは、似ているようで少し非なる場所。
依頼書の文面から読みとれるのは、不思議、不可解、そして不安。
「…………」
隣では、無言のままに、ガルドの眼差しがルシアンの横顔に落ち……その視線が依頼書へと向く。廃教会……、西の丘の上にあるアレか、と、記憶をたぐった。
確か、教区の再編だったか吸収だかで、隣街の教会に吸収されたもの。司祭も信徒も引き上げ、建物だけが残っている。
「……いつでも行けるぞ」
「え……」
ぱ、とルシアンの眼差しがガルドへ向く。依頼書に触れていた指先は……無意識だった。けれど小さく頷き、掲示板からその紙を引き抜く。
夜、人の営みの消えた廃教会から聞こえる、歌声。――面白そうだと思う反面、……いや、ガルドがいるなら大丈夫だろう。
受付カウンターへと向かう前に、わずかに立ち止まり、隣を見上げる。
「明るいうちに一度下見に行こう。夜にはわからない景色があるかもしれない」
ガルドが首を縦に振り、ルシアンは満足げな顔を見せた。
ギルドを後にしたふたりは、西へと続く街道を歩いていた。
秋の風が、草原を渡るたびにざわめきを連れてくる。長く伸びた影が、午後の陽を受けてゆらりと地を這った。
ルシアンは落ち着いた足取りで歩きながら、ときおり周囲の景色に視線を向けている。道端に咲いた花。風に揺れる穂先。遠くに見える古びた尖塔。
廃教会――かつて祈りの声が満ちていたであろうその建物は、すでに視界に入りつつあった。
「……あれだ」
ガルドが顎で示した先、丘の中腹にぽつりと佇む、その石造りの建物。
屋根は半壊し、鐘楼の一部も崩れている。けれど、なぜかその佇まいは――どこか、哀しげで、美しい。
ルシアンの足が、ふと止まる。じっと教会を見つめ、まるで何かを"聴こう"とするように、耳を澄ませていた。
……風の音。鳥の声。遠くの葉擦れ。――当然、何も聞こえない。
無音。それが、静寂のはずなのに、少し不気味だった。
ルシアンは再び歩き出す。その瞳には、ただの興味以上の"探る意志"が宿っていた。
――【次の依頼は祈りの場にて】




