【カーニャ鍛冶房】
ルシアンが目的としていた鍛冶屋は職人街の中心にあり、看板には無骨なハンマーの焼き印がされていた。
カーニャ鍛冶房。……ガルドも、初めて来る。
木の扉を押し開ければ、石造りの工房内は整然と整っていた。壁に作りつけられた棚に、様々な革や布、鉄素材が収められている。
作業をしている音はなく、カウンターの脇で素材の在庫を確認していた女性が顔を上げた。
くるくるとした赤茶の髪をひとつに束ねており、女性ながらに大柄で、シャツをまくった腕にはしなやかな筋肉が見えた。
「おや、らっしゃい、うちはカーニャ鍛冶房!どっちの用事だい?」
ふたりを交互に見ながら、その女性――カーニャが笑った。はきはきとした声。にか、と人懐っこい笑みを浮かべている。
その声に応えるように、ルシアンが一歩、前に出る。こちらは相変わらずの柔和な笑み。
「こんにちは。魔術師用の防具をお願いしたいのですが」
「魔術師の……ああ、腰のやつかい!」
やっぱりか――と、やや固まるガルドの横、ルシアンはひとつ、頷いていた。
どこか慣れた様子のカーニャの反応から、"腰装備"は鍛冶屋で造るものなのか、という新たな知識を、ガルドも手に入れる。手に入れたものの、どう……、頭のどこにどう管理しておけばいいものか――とりあえずあとで考えることにする。
「今つけているものと同じ形で、ズボンと一体になっているものを……」
「じゃあオーダーだね!寸法測るから、こっち来とくれ!」
言いながら、しゅる、と腰のポーチから採寸用のひもを取り出し、カーニャがそれを首に引っ掛けた。
カウンターの横にある、背の高いついたての奥。……おそらく普段は休憩用か何かに使われているであろう、そこへ……ルシアンが案内される。
ガルドからは、ついたての陰にしゃがみ込んだカーニャの背中しか見えないが、――するすると編み上げが外されていく"音"がした。
……目が逸れた。
いや、逸らした。
見えていない。影も形も見えていないが、目を逸らすことで意識の外にやろうとする。
なお無理である。
だが自分の脳内に、どれ、と腕を組んで、さも護衛然として、そこを覗きに行くイメージもある。
どうだ、今どんな感じだ?なんて顔をして。いやどういう顔で行くんだ、俺、それ。
「――えっらい細っこいねえ!」
スパッと空気を割ったカーニャの声に、苦笑で返すルシアンの声が聞こえた。
ぐぅっ、と喉が詰まりそうになって、ガルドの視線が完全に壁にかかった焼き鏝に縫い付けられる。
「はぁ~こりゃ……汎用装備とはまた違うねぇ」
「大体このあたりまで覆えればいいのですが……」
「ふんふん……こっちも測ろうかね」
……容赦ない。
カーニャの声が、ついたてのこちら側まで容赦なく届く。ガルドの首筋が、じり、と熱を帯びる。
(何を測って……こっちってどっちだ……)
ぎっ。しゅる。きし。ぱさ。
聞こえてくる全ての音が、例の防具であり、核を守る鎧であり、それが今は緩められているという動かぬ証拠である。
わかっている。理解はしている。ガルド自身、大事な大剣を、鍛冶屋に丸一日調整に預けることもある。
つまり鍛冶屋は敵ではない。別にルシアンを人質に取られているわけでもない。わかっている。――わかっている、が……。
「ここまで覆うんだね。革と布どっちで作るんだい」
「では、布でお願いします」
「はいはい……いやこりゃ精密だわ」
ひとつひとつ、うんうん、と頷きながら、カーニャの手は止まらなかった。採寸用のひもが、そのたびにするりとすべる。
ルシアンの声は落ち着いていて、その声色だけが、今のガルドの全ての判断基準だ。
「魔力の揺れが漏れないように、内布に魔力遮断の縫製があるんですが……」
「ああ、大丈夫、任せな!ここは……二重構造だが重さは出ないようになってるねぇ」
「厚みがあると、可動域が少々」
「まぁやってみせるさ!」
深呼吸をして、ガルドが気持ちを落ち着かせる。防具の話だ。どこを拾っても防具の話。動揺する意味がない。
護衛として守らなければ、という気持ちと、触らせんな、という……どの目線で語っているのかという気持ちがないまぜになって、混乱しているだけ。
相手もプロだ。何よりルシアンが安心して任せている。
――問題は、ない。
「いやしっかし兄さんあんた、今つけてんのもオーダーだろう!腰骨に沿わせないと浮くねこりゃ」
「時間かかりそうでしょうか?」
「まぁ、三日くらいだね!くびれはどうする?隠すかい?布詰めりゃあ目立たなくなるよ」
――くびれ……?
じわ、とガルドの視線が、ついたてのほうへ向きかける。
もちろんその向こうなど見えない。けれど脳内に、ツガの梢亭でちらりと見えてしまった"腹"が浮かんだ。
…………くび、くびれ……。
「じゃあ、それで」
「はいよ!あとは回路刻む場所だが、魔力核ってのはこの辺かい?」
「あと指一本ほど下の辺りですね」
「ここかい!?はぁ~~こりゃあ大変だ!!」
――どっ、どこだ――!!
……いい加減、ガルドの脳が、火を噴きそうだった。
しゅ、しゅ、と編み上げが戻されていく音。いや、ガルドの理性を編み上げていく音だったかもしれない。
ぱさり、となにがしかの音。やがて身なりを整えたルシアンが、何でもない顔でガルドの隣へ戻ってくる。
「お待たせ、ガルド」
「お、う……」
「そんで代金だがね……」
視線が泳ぐガルドに気づくこともなく、カウンターで帳簿を広げたカーニャが、少々頭を掻きながら呟いた。
オーダーメイド、魔力回路の刻印、内布への縫製、布そのものの耐久度……。こうなると、使う素材の質も、妥協できるものではない。
口の端を歪めて計算するカーニャの前に、ルシアンが金貨を一枚取り出して、カツリと置いた。
はた――と、カーニャの視線がそこに落ちる。
「は……?」
「これに見合った性能にしていただければ、それで」
……その笑顔は、あまりにも自然で、あまりにも慣れた仕草だった。
値切るでもなく、上乗せするでもなく……十万G。ただ、その金額に"信頼"を乗せて、置く。
一瞬だけ言葉を失ったカーニャが、目の前の男を、もう一度見直す。――職人の目で。
――ただの注文主ではない。
細やかな注文も、要点を突いた会話も、支払いも、すべてが考え抜かれていた。
「……はっ、こりゃあ、気合い入るねぇ」
嬉しそうに頬をかいたカーニャが、カウンターの上の金貨を、大事そうに手元へ引き寄せた。
にこり、と再びルシアンの笑顔が、その職人へ向けられる。互いに頷き合い、カーニャが後ろの棚から布の色見本を取り出す。それをルシアンの前に広げて、こちらは光沢が、これは手触りが、と、何やらふたりで楽しそうにしている。
その、わずか後ろで。
……ガルドの横顔は、未だ強張っていた。一連の流れを、横目に見ながら、無言のまま。
くびれ。
魔力核。
腰骨。
隠す。
詰める。
指一本分、下……?
脳裏に、何度も繰り返される単語たち。
(……隠す?詰める?誰に見せるわけじゃ……)
ぎし、とこぶしを握り、わずかに眉を寄せる。さながら、護衛としての周囲警戒を怠らない表情に見える。脳内はとんでもないことになっている。
(……違ぇ、前に"魔術師は腰が目立たないようにする"っつってた……)
(だからくびれ隠すんだろ……見られる前提じゃねぇ……)
(…………んじゃなんで俺は見たんだ……?)
もはや、護衛としての建前などどこにもない。もうこんがらがっている。"守っている"ルシアンと、"それを守っている"自分と、"でも何故かその中を見たことのある自分"の立ち位置がもうわからない。
視線を向ければルシアンは、布地を決め終わったようで小さく頷いている。職人への礼を尽くし、帳簿の確認を静かに待つ姿勢。
さっきまで、その服の下にある防具を開けて、……、恐らく腹やら何やらの寸法を取らせていた男の、そんな姿。
何なんだこいつは、と思ってしまうのは、もはや八つ当たりに近い気もする。
――けど、それがルシアンだ。
知っている。とっくのとうに。
……ため息をひとつ。やっと出たため息かもしれなかった。
「……終わったか?」
低く問えば、ちらりと振り向いた銀の瞳が、またふわりと笑った。その傍らで、カーニャも景気よく笑っている。
ガルドの喉が、かすかに鳴った。
それに気づいたのは、自分一人だけのようだ。
鍛冶房をあとにして、通りを歩きながら――ルシアンは、上機嫌だった。
自分が今つけている腰装備は、昔から使っているもの。外からの衝撃を吸収することに特化し、同時に自分の体質にも合わせた魔術刻印がなされており、同じものを作れる職人はなかなかいない。
今は三つの装備を使いまわしてはいるが、布製のため、将来的に消費も早いはず。予備は多いに越したことがない。
――だからこそ、腕がいいという鍛冶屋の話を聞いて心が躍った。実際に話してみた感じは、期待以上といったところ。三日後が楽しみだった。
「そうだ、ガルドは?」
「ああ?」
「大剣を調整に出さなくてよかったのかい?」
隣を歩く大男に、ルシアンが笑顔を向ける。
……まだ、やや、仏頂面だった。
「……コイツ調整に出したら、その間外に出らんねぇぞ」
その仏頂面が、横目を向けてきて答える。
ましてや、今カーニャはルシアンの装備を作っている最中で、頼んでもすぐに調整が終わるとも限らない。
街の外に出られないということは、依頼も、綺麗な景色探しもできないということだ。
「うん、そうだね」
だが帰ってきた言葉は、それだけだった。――だから?とでもいうような表情。
どこにも行けないんだぞ、ともう一度言いそうになって、ガルドが言葉を止める。
依頼だろうが、景色だろうが……露店巡りだろうが、のんびりしようが。
――関係ないと、言うのかと。そう聞きかけて、口を閉じる。
……わずかに、ガルドが鍛冶房のほうを振り返る。
「それとも、依頼でも見に行くかい?」
ふわりと通りに漂う、優しい声。……くい、と小さく顎を引いて、ガルドが向き直る。
その仕草に、ルシアンの笑みが深くなった気がした。
「……、ああ」
短く返して、歩を進める。まるでそれが、最初から決まっていた答えかのように。
背後には、金床の音が響く職人通り。火花がちらりと舞い、煙の匂いが風に混じる。
ガルドはそれきり黙って横を見る。ルシアンは、ご機嫌だ。足取りが軽く、髪が揺れる。
それが……、その"ご機嫌"を引き出したのが自分ではないことが、なんだか少し腹立たしい。
――けれどその肩が、ほんの少しだけ自分の方へ傾いていたことに気づいたとき……喉の奥にかかった苛立ちは、霧のように消えていた。
「……ったく……」
ぼやくがしかし、口元は、わずかに緩んでいた。
――【カーニャ鍛冶房】




