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ルシアンの物見遊山【つづきはIIへ】  作者: フジイさんち
廃教会の歌声

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【カーニャ鍛冶房】


ルシアンが目的としていた鍛冶屋は職人街の中心にあり、看板には無骨なハンマーの焼き印がされていた。

カーニャ鍛冶房。……ガルドも、初めて来る。


木の扉を押し開ければ、石造りの工房内は整然と整っていた。壁に作りつけられた棚に、様々な革や布、鉄素材が収められている。

作業をしている音はなく、カウンターの脇で素材の在庫を確認していた女性が顔を上げた。

くるくるとした赤茶の髪をひとつに束ねており、女性ながらに大柄で、シャツをまくった腕にはしなやかな筋肉が見えた。


「おや、らっしゃい、うちはカーニャ鍛冶房!どっちの用事だい?」


ふたりを交互に見ながら、その女性――カーニャが笑った。はきはきとした声。にか、と人懐っこい笑みを浮かべている。

その声に応えるように、ルシアンが一歩、前に出る。こちらは相変わらずの柔和な笑み。


「こんにちは。魔術師用の防具をお願いしたいのですが」

「魔術師の……ああ、腰のやつかい!」


やっぱりか――と、やや固まるガルドの横、ルシアンはひとつ、頷いていた。

どこか慣れた様子のカーニャの反応から、"腰装備"は鍛冶屋で造るものなのか、という新たな知識を、ガルドも手に入れる。手に入れたものの、どう……、頭のどこにどう管理しておけばいいものか――とりあえずあとで考えることにする。


「今つけているものと同じ形で、ズボンと一体になっているものを……」

「じゃあオーダーだね!寸法測るから、こっち来とくれ!」


言いながら、しゅる、と腰のポーチから採寸用のひもを取り出し、カーニャがそれを首に引っ掛けた。

カウンターの横にある、背の高いついたての奥。……おそらく普段は休憩用か何かに使われているであろう、そこへ……ルシアンが案内される。

ガルドからは、ついたての陰にしゃがみ込んだカーニャの背中しか見えないが、――するすると編み上げが外されていく"音"がした。



……目が逸れた。


いや、逸らした。


見えていない。影も形も見えていないが、目を逸らすことで意識の外にやろうとする。

なお無理である。


だが自分の脳内に、どれ、と腕を組んで、さも護衛然として、そこを覗きに行くイメージもある。

どうだ、今どんな感じだ?なんて顔をして。いやどういう顔で行くんだ、俺、それ。



「――えっらい細っこいねえ!」


スパッと空気を割ったカーニャの声に、苦笑で返すルシアンの声が聞こえた。

ぐぅっ、と喉が詰まりそうになって、ガルドの視線が完全に壁にかかった焼き(ごて)に縫い付けられる。


「はぁ~こりゃ……汎用装備とはまた違うねぇ」

「大体このあたりまで覆えればいいのですが……」

「ふんふん……こっちも測ろうかね」


……容赦ない。

カーニャの声が、ついたてのこちら側まで容赦なく届く。ガルドの首筋が、じり、と熱を帯びる。


(何を測って……こっちってどっちだ……)


ぎっ。しゅる。きし。ぱさ。


聞こえてくる全ての音が、例の防具であり、核を守る鎧であり、それが今は緩められているという動かぬ証拠である。

わかっている。理解はしている。ガルド自身、大事な大剣を、鍛冶屋に丸一日調整に預けることもある。

つまり鍛冶屋は敵ではない。別にルシアンを人質に取られているわけでもない。わかっている。――わかっている、が……。


「ここまで覆うんだね。革と布どっちで作るんだい」

「では、布でお願いします」

「はいはい……いやこりゃ精密だわ」


ひとつひとつ、うんうん、と頷きながら、カーニャの手は止まらなかった。採寸用のひもが、そのたびにするりとすべる。

ルシアンの声は落ち着いていて、その声色だけが、今のガルドの全ての判断基準だ。


「魔力の揺れが漏れないように、内布に魔力遮断の縫製があるんですが……」

「ああ、大丈夫、任せな!ここは……二重構造だが重さは出ないようになってるねぇ」

「厚みがあると、可動域が少々」

「まぁやってみせるさ!」


深呼吸をして、ガルドが気持ちを落ち着かせる。防具の話だ。どこを拾っても防具の話。動揺する意味がない。

護衛として守らなければ、という気持ちと、触らせんな、という……どの目線で語っているのかという気持ちがないまぜになって、混乱しているだけ。

相手もプロだ。何よりルシアンが安心して任せている。

――問題は、ない。


「いやしっかし兄さんあんた、今つけてんのもオーダーだろう!腰骨に沿わせないと浮くねこりゃ」

「時間かかりそうでしょうか?」

「まぁ、三日くらいだね!くびれはどうする?隠すかい?布詰めりゃあ目立たなくなるよ」


――くびれ……?


じわ、とガルドの視線が、ついたてのほうへ向きかける。

もちろんその向こうなど見えない。けれど脳内に、ツガの(こずえ)亭でちらりと見えてしまった"腹"が浮かんだ。

…………くび、くびれ……。


「じゃあ、それで」

「はいよ!あとは回路刻む場所だが、魔力核ってのはこの辺かい?」

「あと指一本ほど下の辺りですね」

「ここかい!?はぁ~~こりゃあ大変だ!!」


――どっ、どこだ――!!


……いい加減、ガルドの脳が、火を噴きそうだった。

しゅ、しゅ、と編み上げが戻されていく音。いや、ガルドの理性を編み上げていく音だったかもしれない。

ぱさり、となにがしかの音。やがて身なりを整えたルシアンが、何でもない顔でガルドの隣へ戻ってくる。


「お待たせ、ガルド」

「お、う……」

「そんで代金だがね……」


視線が泳ぐガルドに気づくこともなく、カウンターで帳簿を広げたカーニャが、少々頭を掻きながら呟いた。

オーダーメイド、魔力回路の刻印、内布への縫製、布そのものの耐久度……。こうなると、使う素材の質も、妥協できるものではない。

口の端を歪めて計算するカーニャの前に、ルシアンが金貨を一枚取り出して、カツリと置いた。

はた――と、カーニャの視線がそこに落ちる。


「は……?」

「これに見合った性能にしていただければ、それで」


……その笑顔は、あまりにも自然で、あまりにも慣れた仕草だった。


値切るでもなく、上乗せするでもなく……十万G。ただ、その金額に"信頼"を乗せて、置く。

一瞬だけ言葉を失ったカーニャが、目の前の男を、もう一度見直す。――職人の目で。


――ただの注文主ではない。

細やかな注文も、要点を突いた会話も、支払いも、すべてが考え抜かれていた。


「……はっ、こりゃあ、気合い入るねぇ」


嬉しそうに頬をかいたカーニャが、カウンターの上の金貨を、大事そうに手元へ引き寄せた。

にこり、と再びルシアンの笑顔が、その職人へ向けられる。互いに頷き合い、カーニャが後ろの棚から布の色見本を取り出す。それをルシアンの前に広げて、こちらは光沢が、これは手触りが、と、何やらふたりで楽しそうにしている。




その、わずか後ろで。


……ガルドの横顔は、未だ強張っていた。一連の流れを、横目に見ながら、無言のまま。



くびれ。

魔力核。

腰骨。

隠す。

詰める。

指一本分、下……?


脳裏に、何度も繰り返される単語たち。


(……隠す?詰める?誰に見せるわけじゃ……)


ぎし、とこぶしを握り、わずかに眉を寄せる。さながら、護衛としての周囲警戒を怠らない表情に見える。脳内はとんでもないことになっている。


(……違ぇ、前に"魔術師は腰が目立たないようにする"っつってた……)


(だからくびれ隠すんだろ……見られる前提じゃねぇ……)


(…………んじゃなんで俺は見たんだ……?)


もはや、護衛としての建前などどこにもない。もうこんがらがっている。"守っている"ルシアンと、"それを守っている"自分と、"でも何故かその中を見たことのある自分"の立ち位置がもうわからない。

視線を向ければルシアンは、布地を決め終わったようで小さく頷いている。職人への礼を尽くし、帳簿の確認を静かに待つ姿勢。

さっきまで、その服の下にある防具を開けて、……、恐らく腹やら何やらの寸法を取らせていた男の、そんな姿。


何なんだこいつは、と思ってしまうのは、もはや八つ当たりに近い気もする。


――けど、それがルシアンだ。

知っている。とっくのとうに。


……ため息をひとつ。やっと出たため息かもしれなかった。


「……終わったか?」


低く問えば、ちらりと振り向いた銀の瞳が、またふわりと笑った。その傍らで、カーニャも景気よく笑っている。


ガルドの喉が、かすかに鳴った。

それに気づいたのは、自分一人だけのようだ。






鍛冶房をあとにして、通りを歩きながら――ルシアンは、上機嫌だった。


自分が今つけている腰装備は、昔から使っているもの。外からの衝撃を吸収することに特化し、同時に自分の体質にも合わせた魔術刻印がなされており、同じものを作れる職人はなかなかいない。

今は三つの装備を使いまわしてはいるが、布製のため、将来的に消費も早いはず。予備は多いに越したことがない。


――だからこそ、腕がいいという鍛冶屋の話を聞いて心が躍った。実際に話してみた感じは、期待以上といったところ。三日後が楽しみだった。


「そうだ、ガルドは?」

「ああ?」

「大剣を調整に出さなくてよかったのかい?」


隣を歩く大男に、ルシアンが笑顔を向ける。

……まだ、やや、仏頂面だった。


「……コイツ調整に出したら、その間外に出らんねぇぞ」


その仏頂面が、横目を向けてきて答える。

ましてや、今カーニャはルシアンの装備を作っている最中で、頼んでもすぐに調整が終わるとも限らない。

街の外に出られないということは、依頼も、綺麗な景色探しもできないということだ。


「うん、そうだね」



だが帰ってきた言葉は、それだけだった。――だから?とでもいうような表情。

どこにも行けないんだぞ、ともう一度言いそうになって、ガルドが言葉を止める。

依頼だろうが、景色だろうが……露店巡りだろうが、のんびりしようが。

――関係ないと、言うのかと。そう聞きかけて、口を閉じる。



……わずかに、ガルドが鍛冶房のほうを振り返る。


「それとも、依頼でも見に行くかい?」


ふわりと通りに漂う、優しい声。……くい、と小さく顎を引いて、ガルドが向き直る。

その仕草に、ルシアンの笑みが深くなった気がした。


「……、ああ」


短く返して、歩を進める。まるでそれが、最初から決まっていた答えかのように。

背後には、金床の音が響く職人通り。火花がちらりと舞い、煙の匂いが風に混じる。


ガルドはそれきり黙って横を見る。ルシアンは、ご機嫌だ。足取りが軽く、髪が揺れる。

それが……、その"ご機嫌"を引き出したのが自分ではないことが、なんだか少し腹立たしい。


――けれどその肩が、ほんの少しだけ自分の方へ傾いていたことに気づいたとき……喉の奥にかかった苛立ちは、霧のように消えていた。


「……ったく……」


ぼやくがしかし、口元は、わずかに緩んでいた。






――【カーニャ鍛冶房】

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