↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルシアンの物見遊山【つづきはIIへ】  作者: フジイさんち
夜明けの回廊

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
107/145

【その日もいつもの日】


ふたりが街へ戻るころには、すっかり日が昇っていた。


黎明の気配はもうなく、ベルミードは生きる人々の喧騒に満ちている。

目を覚ました街の活気は、夜を通して活動していたふたりには少々眩しすぎた。


ひとまず一度仮眠をとることとし、宿屋の各自の部屋へ戻る。


「あとで夕飯を食べて、ギルドに行こうね」


自室へと引っ込む直前に、ルシアンは眠たげな顔で、そうガルドに笑った。

ああ、と短く返し、ガルドも自室の扉を開ける。――扉の向こうは、いつもの静けさ。



革のブーツを乱暴に脱いで、外套も、大剣も、ひとまず脱ぎ捨て隅に押しやる。

ポケットに手を突っ込めば、角の潰れた箱が指先に触れた。それを、取り出す。


表情は変わらず、けれども窓際の椅子にドカリと腰を下ろす。

煙草を一本口にくわえて、火種を――……、


(…………今日……、いや、……いいか、どうでも……)


火種を、灯す。ジリ、と煙草の先に赤く火が灯って、紫煙がたゆたった。

どこか残響のように、黎明の気配がまだ、胸の奥に残っている。


――"今日もまた、誰かが朝を迎えられますように"。


あの祈りが、確かに世界に届いたことを思い出す。

予期せず、自分にも突き刺さってしまったことも、思い出す。……鼻で笑った。



やがてその小さな火をもみ消し、ガルドはため息のように短く息を吐いた。

放り投げていた剣を壁に立てかける。外套も椅子に掛けなおす。

穏やかな"祈り"を、少しだけ胸の奥にしまい込んで。


ベッドに倒れ込んだ身体は、静かに深い眠りへと沈んでいった。




――夜。


仮眠をとったふたりはいったん街へ繰り出し、遅めの夕食をとっていた。

魚と香味野菜の乗った皿から、少量の食事を取り分けたルシアンが、残りを皿ごとガルドのほうへ押しやる。


「ギルド、遅くなってしまうかな」


押し付けられた皿を当然のように受け取りつつ、ガルドが片眉を上げた。

壁の時計を見れば、夜の八つ時を過ぎたあたり。


「……人は減るが、あそこは夜中でも閉まるわけじゃねぇ。ギルド酒場で酒飲んでる連中もいる」

「そうなんだ」


目を丸くして、ルシアンが皿の魚を口に運んだ。

――こうして色々わかっているようでいて、疎いことにはしっかりと疎い。知識の偏りが"興味"に特化しているのだ。まぁ、"らしい"なとも、思う。


「……宿戻っててもいいぞ。報告して、素材売ってくるだけだ。……お前が行ったらまた"目立つ"」

「ええ?君だって目立つじゃない……私もついていって睨んであげるよ」


香味野菜を端に寄せ、魚を大ぶりに切り分けて口へ運ぶ寸前、……聞こえた提案に、ガルドは思わず正面の男を見据えた。

は?といったその視線が向かう先では、銀の瞳がわずかに細められている。にこやかでいて、どこかいたずらな色が混じる微笑。


「……はっ、おっかねぇ」


がぶりと魚を口にして、ガルドはフォークを皿に置いた。ルシアンの傍らには果実酒の杯があって、半分ほど減っている。酔いはほのかに回っている。……"おふざけ"だ。


「んじゃ、"睨んで"もらうとするか」

「ふふ」


とぼけたように吐き捨て、ガルドも酒の杯を傾けた。






夜間勤務で少々人の減ったギルド――カウンターに腰を据えていた受付嬢は、夜風を伴って現れたその麗しい男に……少しぎょっとした。

ギルドホールに併設の、食堂兼酒場。依頼を終えてそこで酒盛りをしていた冒険者たちも、わずかにざわつく。

淡い外套、少々ラフな街着。機嫌のよさそうな顔、わずかに朱が差した頬……。


――"無哭(むこく)"の相方が、ほろ酔いだ……。


酒場のほうが、どよっとする。


(そ、そういう……"そういう感じ"なのか……?)

(こないだ見たときは、もっとこう、端然としていたはず……)

(つか"ほろ酔いでギルドに行くな"とか、……無哭は怒んねぇのか……?)

(いや……やっぱ、無哭よりも魔術師のほうに決定権が……)


……冒険者たちの間で、そんな勝手な憶測が飛ぶ。

だが凝視すれば、赤い瞳に刺されかねない。……命の危険を感じ、直視は避けることにしたようだった。


一方ルシアンは柔和な笑みをたたえ、依頼書二枚と、納品物の魔力鉱石十個、ゴロツメ三体の討伐証明部位を、丁寧にカウンターへ置いた。


「こんばんは。依頼の報告をお願いします」

「っ、はい、承ります!」


びくりと返事をしつつ、受付嬢がぎこちなくそちらを処理していく。

ルシアンの背後では、結局はガルドが、周囲の不躾な視線に一瞥をくれていた。肩越しにそれを見たルシアンが、緩く目を細める。


「ガルド、売却分の素材、頼んでいいかい」

「……ああ」


声の方へ向き直ったガルドは、肩をいからせることもなく、静かに踵を返した。

ギルドホールの、左手の壁際。複数の窓がある素材買取カウンターは、今はひとつだけ解放されている。窓の奥、事務机から様子を見ていた査定人が、半ば慌てて窓口へ応対に出てきた。

ガルドは特に眉ひとつ動かすこともなく、魔獣の外殻が入った袋をカウンター上に置く。職員は、その"無造作さ"にさえ緊張の色を浮かべていた。


「……ゴロツメ、三体分」

「は、はい、お預かりいたします……!」


やや早口でそう言って、職員が素材を奥の秤へと運ぶ。その背を見送りながら、ガルドは短く鼻を鳴らした。


振り返れば、ルシアンは相変わらず穏やかに受付嬢と話している。少し酔った気配はあるが、言葉遣いも振る舞いも乱れはない。

それが、逆に冒険者たちを妙な緊張感で包んでいた。


「……やっぱ、見られてんじゃねぇか」


小さな文句と舌打ちは、誰にも届かずに口元で消えた。




「では、報告書にサインをお願いします」


提出された報告書の確認を済ませ、受付嬢が丁寧に書類の下部を指し示した。わずかに頷いて、ルシアンがカウンターに屈みこみ、細い筆致(ひっち)でサインをしていく。


伏せられたまつ毛、ペンを握る指先、そして書かれる文字までも、どこか洗練されたものを感じる。

凝視してはいけないと思いつつも……受付嬢の眼差しは落ち着かない。――女の自分より肌が綺麗なんじゃないかしら、と見つめてしまったあたりで、その銀の瞳がほんの一瞬だけ、ちろり、と受付嬢を見やった。


止まりかける心臓。でももう逸らせない視線。

だが次の瞬間には、もう柔和な笑みが浮かんでいる。


「サインできました」

「あッ、ありがとうございます……、……あの、ルシアンさんってすごく、あの……」

「?……はい」

「すごく……いい匂いがします……」


発言をしてから、とんでもなく無作法だったことに気が付き、受付嬢が慌てて口を抑えた。


無哭の睨みが飛んでくる。受付嬢の心臓が……別の意味で止まりそうになる。

しかしルシアンは、何ひとつ動じることなく、いつもの笑みを浮かべていた。


「おや……、ふふ、ありがとうございます。香油ですかね。――どうも、これが気に入りで」


何ひとつ主語を言わず、ルシアン――にこり、である。


は……と受付嬢が固まる。しん……と酒場が鎮まる。

そろり、とガルドが目線を逸らす。


そんなギルドホールの硬直を置き去りに、ルシアンはなおも機嫌よさげに、買取カウンターの方へ足を運んだ。

覗き込むような眼差しが、ガルドを見上げる。


「お待たせガルド。査定結果は明日になりそうかな?」

「……、……てめぇ……」


ガルドも小さく呟いて返すものの……それ以上を言えば色々と……自分で説明してしまうことになりかねなかった。もはや何も言わず、いや何も言えずに、買取カウンターのほうに向き直る。奥の秤で素材を検分していた査定人が、かすかに肩を跳ねさせた。


「おい、査定急がねぇ。……また来る」

「あっはい、お待たせしてすみません!」


チッ、と響いた舌打ちは、査定人の肩をまたびくつかせたが、彼に向けられたものではなかった。



ふたりそろって、歩き出す。

ギルドホールを抜けて、大扉へ。夜の通りへ出れば、街は少しずつ明かりを落としていくところ。


「明日には、査定終わってるかな?」

「……量も多くねぇ、ありゃ夜で人出が少なかっただけだ」

「なるほど……」


――いや"そこ"じゃねぇだろが……とガルドが隣を見下ろしたが……。


銀の瞳は、……何もなかったように、隣で笑っていた。






――【その日もいつもの日】

《旅の記録》

・場所名(通称):黎明讃座(夜明けの回廊)

・最寄り街:ベルミード

・景観種別:静/謎

・特徴メモ:林の奥、風の抜ける隙間に隠れるように存在する小規模神殿遺構。外周から内側へ回り込む回廊構造。等間隔に並ぶ石像は侵入を認識するが、敵意は示さない。最奥に黎明の書板が据えられている。

・時期・時間帯:晩夏・夜明け前〜黎明

・再訪:可

・個人的メモ:

「夜明けは、いつも誰かの祈りの上に訪れるのかもしれない。」



――ルシアンの手帳より

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。