【物見遊山の、その先のこと】
――《魔力反応のある鉱石の採取依頼》
【依頼内容】
北の丘周辺に点在する露頭から、魔力反応を示す鉱石を採取し、指定数を納品してください。
※簡易鑑定道具の貸し出しあり
【採取数】
魔力鉱石 十個
【報酬】
銀貨二十枚
【注意事項】
稀に小型の魔獣が巣をつくっている場合があります。安全を最優先に、行動してください。
――《夜間の畑荒らし魔獣調査》
【依頼内容】
北の村周辺にて、夜間に畑を荒らす小型魔獣が出没しています。
被害甚大を防ぐために、正体の特定と撃退、または対策案の提案をお願いします。
【対象】
夜行性小型魔獣
【報酬】
銀貨三十枚
【注意事項】
魔獣は単独行動と思われますが、繁殖期には複数確認される場合があります。目撃情報によれば、体長一メートル程度で素早い動きが特徴です。
「鉱石の採取はすぐに終わりそうだね。こっちは……畑を狙う魔獣ということは、草食獣だろうか?」
夕食の香草焼きを切り分けながら、ルシアンは依頼書から目を上げた。
夜、街の食堂はとても賑わっていて、旅人や商人、冒険者も多い。テーブルの間を縫うように、店員が笑顔で接客をしている。
そしてこの空間を楽しむ誰もが、この中性的な男を視界の端に捉えていた。
「……かもな。素早ぇってことは警戒心が強ぇってこった」
ルシアンの向かいで、ガルドも肉の皿を引き寄せ、骨を外すようにナイフを動かす。
その手つきは荒々しさとは裏腹に、妙に丁寧だった。
「昼に街出て、鉱石採取、夜の小型魔獣、そんでから夜明けの回廊……それでいいだろ」
「うん、わかった……あ、そうだ」
ふと、何かを思い出すような口ぶりに、ガルドの視線がルシアンへと流れた。
「夜明けの回廊が終わったら、ちょっと鍛冶屋さんに行ってくるよ」
「……は?」
――カチャ、と……ガルドの手元が止まった。
「ベルミードの鍛冶屋は、腕がいいんだって」
にこりと細められた銀の瞳に、思わず眉を吊り上げる。"行ってくる"というのは、"ついてこなくてもいい"ということだろうか。
……しかし、ガルド自身、鍛冶屋にあまりいい思い出はない。あのドワーフの一撃を食らったのは、ここではない別の街だった、が……。
「……なん、……」
何の用事があって行くんだ、と聞きそうになり、いや用事があるから行くんだろう、と自分の中で結論が出てしまう。
……ひとまず、とりあえず、頷く。どうかした?という顔で、ルシアンがガルドの様子を窺っている。……短く、息を吐いた。
「……セレスんときみたいに、ぶっ叩かれねぇだろうな」
「ああ、ふふ、あの時は私も油断してたから」
「……油断、ね」
肉のひと切れを口に運びながら、ガルドがわざとぶっきらぼうに言い捨てる。
フォークを置く音が小さく響いた。
「俺も行く。……一人で行くな」
そうぼやく声には、わずかな苦味と自嘲が滲んでいた。
あの時の、裏路地での膝上の重みと震えを――あの温度を、忘れろというほうが無理な話だ。
「……ついてくだけだ。余計な口は出さねぇ」
「…………」
何事かを返そうとルシアンの唇が開いたが、――笑みとともに閉じられた。
目の前の護衛はそれきり、何も言わない。鍛冶屋なんかに何の用があるのか、俺は必要ないのか、それとも来てほしくないのか。……思うことは、いろいろあるだろうに、だ。
「…………」
銀の眼差しが店内へ向く。店の中は、暖かみのある灯りに照らされていた。
商人が、仲間と明日の仕入れについて話している。
住民は、このあと風呂へ行こう、と笑い合っている。
友人同士が、けらけらと杯を交わし合っている。
老夫婦は、何やら思い出し笑いを、していた。
――これも、見る価値のある、景色だ。
「ねぇ、ガルド。聞き流してくれていいんだけれど」
「……ああ」
返事は低く、短かった。何も変わりない、いつもの温度。
ルシアンの瞳が、ゆるりとガルドに向く。
「……私はね、たくさんのものが見たい。物見遊山といってしまえばそれまでだけれど。中には……、恐ろしい景色も、あるかもしれない。――でも、」
一呼吸おいて、首がわずかに傾げられた。
髪が揺れ、目元にかかる。隙間から、銀の瞳がガルドを見据える。
「……美しく光る森があるかもしれない。百年に一度咲く花を見られるかもしれない。……とうに打ち捨てられた遺跡の、過去の栄華を感じられるかもしれない」
「…………」
「私はそういったものを、溢れるほど見たい。そして歳をとってどこにも行けなくなった時、それらを思い出して何度も夢に浸かるんだよ」
――それは、ルシアンが旅をする理由そのものであった。
英雄になるつもりもない。偉大な野望もない。ただ、そう在りたいと願う。
「……道楽だと、思うかい」
「…………別に……そういう奴だろ、お前は」
ふ、とわずかに口角を緩めて、けれど静かに置くようなガルドの言葉に、ルシアンも小さく笑みを返す。
そうして、どこか納得したように、ほんのかすかに頷いた。
「……恐らくその思い出たちの中には、君の姿もあるんだろうね、ガルド」
静かに、ぽつりと、そう締めくくったルシアンの言葉には、一点の曇りもなかった。
ガルドは黙ったまま、手にしていた杯をわずかに揺らした。……というよりは、無意識に指がびくついた。
濃い紅の液面がわずかに波立ち、沈黙を照らすように灯の反射が揺れる。酒の味は、もう思い出せない。
「…………そりゃあ、……また……」
低く掠れた声が、ようやく返る。
だが、その声に込められた感情は――あまりに多すぎて、言葉にするには足りなかった。
ただの"旅の目的"だ。聞き流していいとすら言われた言葉。
それが、下手をすれば、名前や素性を教えられるよりも、よっぽど、……重くて、……この身を……制度よりも、金よりも、損得よりも、頼りないのに、縫い止めるような……。
「…………」
思考がこんがらがって、ガルドはひとつも言葉が出てこなかった。
元より頭を使うのは向いてない。考えれば考えるほど、わけがわからなくなっていく。わけがわからないことだけがわかっている。……まぁ、いつものことだ。
重く、ひとつ、ため息をつく。ほぼ、考えることを諦めたため息だった。
「……言ったろ。"好き勝手しろ"」
「うん、ありがとう」
杯を置き、椅子の背に体を預けながら、ガルドは肩をやや落として正面の淡紫を見据えた。
いつか、年食ってどこにも行けなくなっても……その目がどんな景色を思い出すにしても。
――その景色の中に、確かに俺がいたと。そう笑うのならば。
「……ついてく」
その"ぼそり"に、再びルシアンの頬が緩んだ。食堂の穏やかな灯りに、その笑顔はひどく馴染んで。
「じゃあ、鍛冶屋も、よろしくね」
「……ああ、無駄遣いすんなよ」
「ふふ、うん」
ならば"余計な口"も、景色の彩りになるかもしれなかった。
――【物見遊山の、その先のこと】




