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11 愛しているから

 小さい頃、お気に入りの本があった。

 素晴らしい力を持った魔術師が活躍する、子ども向けのよくある英雄譚だ。

 魔術師を目指していたものだから、昔は本の魔術師にとても強い憧れを抱いていた。

 平凡な村人だったが、努力を重ねて強い魔術師になり、最後に国を救って英雄になる物語……魔術師はなんと呼ばれていたのだったか。


 そう、確か『大賢者』と――――――。



「っ!」


 ぱっと目を開くと、知らない天井が見えた。

 ええと、兄様と戦って全力で魔術を発動したところで意識が途切れている。

 あれからどうなったんだったか……。


「マーガレット! 目が覚めたのか!」


 駆け寄ってきたのは兄様だった。

 目が覚めるまで、ずっと付き添ってくれていたのか。

 

「兄様……」

「無理に起き上がるな、まだ安静にしていろ。痛いところはないか? 今、エレナを……」


 エレナを呼ぼうとする兄様を、裾を引っ張って引き止める。


「ごめんなさい」

「マーガレット……」


 兄様は突然謝りだした私に驚いていた。

 

「無茶なことして、兄様を困らせてごめんなさい」


 目が覚めたら真っ先に謝りたかった。

 

 今回は私が悪い。

 

 魔力の制御が上手くできないのなら、それを逆手にとって最大出力で魔術を発動させれば良いのではないか、なんて無謀なことを試したのだ。

 兄様が助けてくれなければ怪我をしていたかもしれない。

 

「なんだ、落ち込んでいるのか。お前らしくないな」


 いくらでも叱ってもらうつもりだったのに、兄様はすっかり安堵したようだった。


「兄様……怒ってないの?」

「驚きはしたが、あの程度で怒ったりしない。だが、もし今後も魔術師団の厄介になるつもりなら魔導具の開発にでも携わった方がいいだろうな」


 兄様はにやっと笑う。

 私があれこれ魔導具を持ち出していたことをからかっているつもりなのだろう。

 もっと怒っていると思ったのに、兄様がこの態度なものだから肩透かしを食らったような気分だった。


「お前が何を思ってこんなことを始めたのか、大体はもう聞かせてもらった」

「え!? 誰から!?」

「それは、まあそのうち話す。……マーガレット、お前はお前らしく自由に生きればいい。誰かに認めてもらえるとか、相応しいかどうかなんてそんなこと気にするな。そのために俺は大賢者になったんだから、お前が窮屈な思いをしてどうする」


 普段の何倍も穏やかな語り口だった。

 兄様は私をなだめるように、そっと頭を撫でてくれる。

 もうそんな歳じゃないのに、嬉しいようなくすぐったいような。


「どうして、私のためにそこまで……」


 私のために大賢者になったなんて、にわかには信じられなかった。

 けれど兄様は、もっと信じられないような発言をする。

 

「お前を愛しているからだよ」


 思わずなんと返せば良いのか分からなくなった。

 それからすぐに、家族愛や兄妹愛だと気づく。

 

「愛してって、妹としてだよね……」

「妹としてじゃない。一人の人としてお前を愛している。ずっと昔から」


 そう語る兄様の視線には熱がこもっていて、見たこともないような表情だった。

 兄様の言う愛は家族愛ではなく、恋愛的な意味でのものだった。


「……えっと、兄様って私のこと好きだったんですか?」

「何度もそう言っているが?」


 自信たっぷりに微笑んでいる兄様を見て、頬がかっと熱くなる。


 まさか恋愛的な意味だったなんて、私が気づくはずがないだろう。


 こうなってくると、これまで全ての兄様の発言に別の意味が込められていたのではないかと疑いたくなってきた。


「気づいた時にはお前はもう、俺の手から遠く離れていた。強くなったな、マーガレット」


 私は初恋もしたことがない。

 好きだと言われて、なんて返せば良いのかさっぱり分からないし、兄様は何か大きな勘違いをしているのではないかとさえ思ってしまう。

 

 病気の私を哀れむ気持ちが恋心と混同してこんなことになったのだ。

 

 いや、きっとそうに違いない。

 

 そうでなければ、世界で一番素敵な兄様がなんの魅力も無い私に恋をするなんてありえない。


「じゃあ兄様がずっと私の婚活を邪魔してたのは」

「ずっと大切に愛してきたつもりなのに、他所のわけのわからん男のもとになんかやれないからな。俺はいつも、お前が知らない男に恋をしてしまうのではないかと不安だったよ」

「う、嘘だあ」

「嘘じゃない。全く、お前はかわいいな」


 すっかり吹っ切れてしまったのか、兄様は私に愛おしむような視線をたっぷりと注いでくる。


「でも、昔は兄様って私のこと嫌ってたはずじゃ……」

「前も聞いたが、それは何かの勘違いじゃないか? 俺がお前を嫌うものか」

「そんな、だって兄様は『会いたくない』って……ほら、四年ぐらい前のことだよ」


 私がそう言うと、しばらく兄様は考え込んでしまう。

 本当に心当たりがないのだろうか。

 しかし、私の思い込みではないことは確かだ。たとえ兄様がわすれたとしても私が忘れるはずがない。


「四年……あっ」


 なにやら思い出したようだが、兄様は頭を抱えて深いため息をついてしまった。


「それはだな、よく聞けマーガレット。お前が嫌いだから会いたくなかったんじゃなくて、俺の姿を見られたくなかったんだ」

「どういうこと?」


 兄様はよほど言いたくないのか、完全に目線が違う方向を向いてしまっている。

 

「実験に失敗して髪が真っ白になったから、ですよね」


 私の疑問に答えたのは、兄様ではなくオリヴァー様だった。


「師匠! それは黙っていてもらう約束のはずだ!」

 

 いつから聞いていたのか、水差しをベッドサイドに起きながら笑っている。

 

「そうでしたっけ。ああそうそう。おまけにずっと伸ばしていた長髪をざっくり切るはめにもなって、しばらく鏡の前で不機嫌な顔ばかりしてたのを覚えてますよ」


 私は差し出されたグラスを受けとり水を一口飲んでから、落ち着いて冷静になれるように心を鎮める。

 

 つまり、会いたくないというのは白髪になった自分を見られたくないという意味であったと。

 

「そんなことで……私は何年も……?」


 唖然としてしまう。

 私がずっと気にしてきたことはなんだったと言うのだ。

 たかが外見が変わったぐらいで、避けられていると思い込んでいたなんて。

 

「大事なことだろ。そもそも、黒髪がいいって言ったのはお前じゃないか」

「え? 私そんなこと言ってませんよ。そもそも兄様は昔から黒髪だったじゃないですか」


 おかしな事を言われたと首を傾げる。

 

「そうじゃなくて、お前が好きだった本だよ。大賢者のあれだよ、あれ」

「大賢者の……」


 ついさっきも似たようなことを思い浮かべていた気がする。

 そうだ、あれは幼い頃に私が愛読していた英雄物語だ。

 この国で一番最初に誕生した大賢者が救世主となって活躍するストーリーで、兄様とも一緒に読んで楽しんでいたはず。

 でも私が一番気に入っていた理由は、物語が面白いからではなかった。


「黒髪の大賢者様!」


 物語に登場する英雄が、兄様に似ていたからだ。


 世界で一番強くてかっこいい大賢者様として描かれていた英雄に憧れていたのではない。

 

 今も昔も、兄様に憧れていたのだ。

 

 今となっては、世界一の大賢者様は他でもない兄様であるのだが。


「仲直りは出来たようですね。しばらく人払いをしてあげますから、もう少し休んでいくといいでしょう。それでは」


 オリヴァー様は本当にいつから聞いていたのだろう。

 あの『愛している』が聞かれていたとすると、恥ずかしくて今すぐ帰りたくなってきた。


「兄様は……本気なの?」

「ああ」

「お父様やお母様は知ってるの?」

「いや。だが、どう考えても二人に反対されることはないだろうな」


 マーガレットは結婚しなくてよい、という兄様の提案にのほほんと同意していた両親のことだ。

 反対されるどころか喜ばれる可能性の方が高そうだ。

 この国には兄妹での結婚を禁じる法律はない。

 

 さらに、私と兄様は血縁ではない。遠縁の親戚ではあるが、お父様の弟の従姉妹の養子の娘なのでほぼ他人である。

 引き取られたきっかけも実親とお父様が趣味での親交があったためという偶然のものであり、だからこそ余計に自立して伯爵家に迷惑をかけたくないという思いに駆られてしまったのだ。


 自立した姿を見せて、伯爵家の皆に恩返しをする。

 

 その思いだけで始めた婚活から回り回って、最終的に兄様のもとへ来てしまった。


 以前、兄様のご友人であるカイル様に兄様から離れないことを勧められたのを思い出す。

 きっとあの方は兄様の思いを見透かしていたのかもしれない。


「兄様、私はまだ好きとか恋とかよく分からない。だから、今すぐ兄様と結婚しようとは思えなくて……」


 私がそう言えば、兄様はたまらないと言った様子で吹き出す。


「おいおい、あんなに結婚したがってたのに俺相手だと長期戦にならなきゃいけないのか?」

「もう!」


 からかわれて怒れば、やっといつもの調子が戻ってきたような気がした。

 

「いいんだ。これから好きになってもらえば問題ない。俺がどれだけマーガレットを想っているか、嫌というほど教えてやろう」

「兄様ったら」


 やっぱり兄様は、大賢者様らしくちょっと傲慢で尊大なぐらいの方が兄様らしいかも。


「帰ろうか。俺たちの家に」

「はい!」


 兄様の手を取ってベッドから降りる。

 やっぱり私は、ベッドの上より自分の足で歩く方が好きだった。

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