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星間乱舞!キャプテン・アストラの大英雄譚 銀河の黎明(ぎんがのれいめい)  作者: たむ


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第百八十二章 帰還する言葉と艦長の決意

境界の向こうで交わされたのは、言葉ではなく意味そのもののやり取りだった。

そしてそこで出会ったのは、ひとつであり、ひとつではない知性の群れ。


彼らはアストラたちを拒まなかった。

だが同時に、まだ“奥”へ進むには足りないとも告げた。


ノヴァ・リュミエール号は再びこちら側へ戻る。

持ち帰ったのは記録だけではない。

それぞれの中に残った揺らぎと、次に進むための新しい問いだった。

ノヴァ・リュミエール号のハッチが閉じた瞬間、三人はそろって深く息を吐いた。


外の静けさとは違う、艦内の空気。

わずかに機械油の匂いが混じり、微かな振動が足元から伝わってくる。

それだけで、ひどく現実に戻ってきた気がした。


「……帰ってきた」

カイがぽつりとつぶやく。


「見れば分かるわよ」

リーナが言い返す。

けれどその声には、いつもの鋭さよりも疲労が混じっていた。


マリナは短く息を整えると、すぐに通信機へ言った。

「接触班、全員帰還しました。身体異常の自覚症状は軽度の疲労のみ。これより艦橋へ戻ります」


『了解』

アストラの声は、平静を保とうとしているのが分かる調子だった。

『……急がなくていい。歩けるなら、そのまま来い』


三人は顔を見合わせる。

そしてほとんど同時に、小さく笑った。


「急がなくていい、だって」

リーナが言う。

「相当心配してたわね」

「まあ、あの艦長だしな」

カイが肩をすくめる。

「でも、ちょっと安心した」


艦橋へ戻ると、アストラは席を立ったまま三人を待っていた。

普段なら「遅かったな」とか「何か持って帰ってきたか」とか、軽口の一つでも飛ばすところだ。

だが今回は、そんな言葉は出てこない。


まず彼は三人の顔を見た。

誰も欠けていない。

歩いて戻ってきている。

それを確認してから、ようやく肩の力を抜いた。


「……おかえり」

その一言は、思っていたよりずっと静かだった。


「ただいま戻りました」

マリナが答える。


「生きてるわよ」

リーナが言う。


「ちゃんと三人そろってる!」

カイが胸を張った。


アストラは一拍置いてから、深く息を吐いた。

「よし。じゃあまず十秒だけ安心する」

「短いわね」

「十秒過ぎたら報告地獄に入るからな」

「自覚はあるのね……」


ほんの少しだけ、いつもの空気が戻る。

それが逆に、全員の緊張をほどいていった。


艦橋の中央モニターに、接触班が持ち帰った記録が次々と展開される。

光の通路、施設外縁の開口部、内部の円形空間、そして最初の観測者。

さらにその背後で揺らいだ複数の輪郭まで、可能な限りのデータが記録されていた。


アストラは、しばらく何も言わずにそれを見ていた。

自分が行かなかった場所。

けれど、自分の仲間が確かに立った場所だ。


「……で」

ようやく彼は口を開く。

「最初から順番に聞かせろ。今度は、俺にも分かるように」


「それが一番難しいのよ」

リーナが本音を漏らす。


「だろうな」

アストラは苦笑した。

「でも、分からないままにはしない。向こうもたぶん、そういう相手なんだろ?」


その言葉に、マリナが小さく頷いた。


「ええ。少なくとも、理解しようとすること自体は受け入れていました」

「ただし、簡単には交われない」

リーナが続ける。

「境界が必要な理由も、実際に感覚で示されたわ」

「きしむ感じ、な」

カイが自分のこめかみを軽く押さえた。

「痛いっていうより、噛み合わないものを無理に寄せた時の嫌なズレ」


アストラの表情が少し引き締まる。

「やっぱり、窓と条件は飾りじゃなかったか」


「ええ」

リーナは頷いた。

「向こうは親切というより、壊さないために慎重なのよ。こっちが壊れないためにも、向こうが壊れないためにも」


「壊れないために繋ぐ、か……」

アストラは低く反芻した。

「それで、あいつらは結局何なんだ?」


艦橋が少し静まる。


その問いに、誰もすぐには完全な形では答えられなかった。


最初に口を開いたのはマリナだった。

「単純な個体ではありません」

彼女は記録された輪郭の重なりを表示する。

「一体に見える瞬間もある。複数に見える瞬間もある。群体という表現も近いけれど、それだけでは足りません」


「一人でもあり、複数でもある」

リーナが補足した。

「しかも、その境界が固定されてない。私たちみたいに“ここからここまでが個人”って明確じゃないの」


「チームみたいなものだけど、もっと深い感じだな」

カイが言う。

「分かれても戻れるし、戻ってても分かれてる、みたいな」


アストラは難しい顔のまま聞いていたが、やがて少しだけ笑った。

「……何となく、うちの船に似てるな」

「どこがよ」

リーナが即座に突っ込む。


「いや、ほら」

アストラは指を折る。

「俺たちも普段はバラバラだろ。勝手なこと言うし、変な装置は爆発するし、計画は毎回どこかで崩れるし」

「最後のはだいたいカイのせいです」

マリナが冷静に言う。

「えっ、そこだけ名指し?」

「でも、いざとなったら一つの船として動ける」

アストラは続けた。

「向こうは、その“つながり方”がもっと根本的なんじゃないかって思っただけだ」


その言葉に、リーナは少しだけ目を細めた。

「……案外、いい線かもしれない」

「ほんとか?」

「ええ。少なくとも、“個”と“全体”の間を連続したものとして捉えてる感じは近いわ」


カイがにやっとする。

「艦長、今日はたまに冴えてるな」

「たまにって何だ」

「普段は悲鳴担当だから」

「否定しにくいのが腹立つ!」


少しだけ笑いが起きる。

その笑いが、重かった報告の空気をわずかに和らげた。


だが、次に出た話題はまた艦橋の空気を引き締めた。


「それで」

アストラが言う。

「“まえぶれ”ってのは何だ」


中央モニターに、施設内部で受け取った意味の整理結果が映し出される。

リーナがその一部を指し示した。


「私たちが入ったあの場所自体が、たぶん本体じゃない」

「前室みたいなものか?」

「そう。あるいは接触を調整するための層」

リーナは答える。

「向こうは、あそこを“まえぶれ”だと示した。つまり、本当の場はさらに奥にある」


「でも今の私たちじゃ深すぎる」

マリナが引き取る。

「そのまま進めば、接触条件の維持ができず、双方に損傷が出る可能性が高い。だから今回は、そこまでで止められた」


「止められた、か」

アストラはその言葉を繰り返した。

「拒絶じゃなくて、制限されたんだな」


「ええ」

リーナが言う。

「むしろ保護に近いわ」


カイが腕を組む。

「何か悔しいけど、向こうの方がちゃんとブレーキ踏んでるんだよな」

「こっちは勢いで突っ込む側だからね……」

アストラが遠い目をした。


「誰のことかしら」

リーナが冷ややかに言う。

「だいたい全員だろ」

「否定できませんね」

マリナまで頷いた。


しばらくして、報告はより実務的な段階へ移った。


接触時の位相安定率。

通路上の環境変化。

施設内部での意味伝達の発生条件。

観測者側の反応速度。

“小型体”と本体らしき場との役割分担。


艦橋の空気は、いつものドタバタとは違う種類の熱を帯びていく。

ただ興奮しているだけではない。

次に進むために何が必要かを、全員が本気で考えていた。


「整理すると」

マリナが全体図を出す。

「次の接触で必要なのは三つです」


「また三つか」

アストラが言う。

「分かりやすくて助かるだろ?」

「うん、助かる」


マリナは続ける。

「一つ。接触班の位相耐性を上げること。二つ。意味伝達に対する補助手段を用意すること。三つ――」


「艦長自身が向こうと会うこと」

リーナが言った。


アストラが固まる。

「……はい?」


「当然でしょ」

リーナは真顔だ。

「今回の接触は成立した。でも、向こうが“また”を前提にしてるなら、次は艦長抜きでは不自然よ。こっちの中心判断者が会ってないんだから」


「それはそうかもしれないけど!」

アストラが声を上げる。

「何でそんな、今すぐ確定した未来みたいに言うんだよ!」


「今すぐじゃないです」

マリナが冷静に補足する。

「ただ、避けては通れないでしょう」


カイが頷く。

「うん。たぶん向こう、誰が決めてるかも見てると思う」


「見てる、か……」

アストラは椅子にもたれ、天井を仰いだ。

「嫌な言い方だけど、ありそうなんだよなあ……」


プクルがその足元まで来て、

「ぷくる」

と一声鳴いた。


アストラは思わず足元を見る。

小さな生き物は、いつものように変わらない顔でそこにいた。


「……何だよ」

「ぷくる」

「励ましてるのか、それ」

「たぶんそうね」

リーナが言う。

「重要協力者なりに」


少しだけ笑いが起こる。

そのあと、アストラはゆっくりと姿勢を戻した。


前方スクリーンには、さきほどまで接触班が見ていた施設外縁の記録映像が静かに流れている。

開く扉。

待つ来訪者。

そして、意味だけで届いた“また”。


彼はしばらく黙ってそれを見ていた。

考えているのは、危険のことだけではない。

向こうは敵ではなかった。

だが、だからこそ難しい。

撃つべき相手なら、覚悟は単純だ。

理解しようとする相手には、別の覚悟が要る。


「……行くしかないんだろうな」

やがてアストラは、誰にともなく言った。


艦橋が静まる。


「次は、俺も行く」

彼ははっきり続けた。

「向こうが何を繋ごうとしてるのか、本当の意味で知るなら、艦長がずっと外にいるわけにはいかない」


リーナは何も言わずに頷いた。

マリナもまた、静かに同意を示す。

カイだけが少し嬉しそうに笑った。


「そう言うと思った」

「言わされてる気もするけどな」

アストラは苦笑する。

「でもまあ、俺だけ知らないまま次の判断はできない」


「それでいいと思う」

リーナが珍しく柔らかい声で言った。

「怖いけどね」


「怖いさ」

アストラは即答した。

「めちゃくちゃ怖い。正直、今すぐ逃げられるならちょっと逃げたい」


「艦長」

マリナが呼ぶ。


「分かってるよ」

アストラは小さく笑った。

「でも、逃げない。そこは別だ」


その一言で、艦橋の空気がひとつにまとまる。

いつものような勢いではない。

もっと静かな、けれど確かなまとまり方だった。


ノヴァ・リュミエール号は、まだ《ハーフライト・ライン》の安全圏に停泊している。

急いで飛び出すわけではない。

次の窓を読み、次の条件を整え、今度は一段深い接触へ備えなければならない。


けれど、もう全員が理解していた。

次の航海はただの再訪では終わらない。

扉の奥へ進むための、本当の意味での“来訪”になるのだと。


アストラは最後に、記録映像の中の開いた通路を見つめた。

あの向こうにある“ほんとうの場”。

壊さずに繋ぐ知性たちの中心。

そして、自分たちの銀河の常識ではまだ測れない何か。


「……待ってろよ」

彼は小さくつぶやく。

「今度は、ちゃんと会いに行く」


その声は誰にも向けたものではなかった。

けれど、艦橋にいた全員がそれを聞いていた。


銀河の果てで始まった対話は、ようやく次の段階へ進もうとしている。

境界の向こうにあるのは脅威だけではない。

理解するには勇気が要る未知なのだ。


ノヴァ・リュミエール号の新たな決意は、静かな光の中で確かに形を持ち始めていた。

今回は、接触班の帰還報告と、持ち帰った情報をアストラたち全員で咀嚼する回にしました。

観測者たちの在り方や、施設が“まえぶれ”にすぎないことを整理しつつ、次は艦長自身が行く必要がある、という流れをはっきり置いています。

大きな戦闘はない回ですが、その代わりに「理解しようとすることの重さ」と「次に進む覚悟」を描く章になっています。

次回は、次の窓へ向けた準備と、アストラ自身が接触に備えて何を整えるのかを描くと自然につながります。

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