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星間乱舞!キャプテン・アストラの大英雄譚 銀河の黎明(ぎんがのれいめい)  作者: たむ


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第百八十一章 群れなす知性とひとつではない声

境界の向こうで待っていたのは、たった一人の観測者ではなかった。

施設の中心部に現れたのは、複数の輪郭を持ちながら、どこかひとつにも見える不思議な存在たち。


それは個人なのか、群れなのか。

それとも、こちらの理解ではまだ分けられない“場そのもの”なのか。


アストラたちはついに、言葉ではない対話の核心へ足を踏み入れる。

だが、理解に近づくほど、相手の在り方はますます遠くなっていくのだった。

施設内部の静けさは、艦橋にいた時とはまるで質が違っていた。


音がないわけではない。

空間そのものが、かすかに共鳴している。

遠い波のような、光が触れ合うような、説明しにくい震えが床とも壁ともつかない曲面を伝い、三人の感覚の端をずっと撫で続けていた。


その中心で、最初の観測者は変わらず立っている。

人に似た輪郭。

けれど、完全には人ではない。

そこにいると分かるのに、形はゆるやかに揺れている。

こちらの理解に合わせて近づこうとしているようにも、逆に、こちらが無理やり人の形へ寄せて見ているだけのようにも思えた。


そしてその背後には、新たな揺らぎがいくつも灯っていた。


一つ、二つ、三つ。

いや、それ以上だ。

数えようとすればするほど、輪郭が重なって正確な数が分からなくなる。

離れているように見えたものが次の瞬間にはひとまとまりの光に見え、ひとつに見えたものが、また複数へほどけていく。


「……最悪だわ」

リーナが低くつぶやいた。

「数が読めない」


「敵の数が読めないって意味なら嫌だけど」

カイがごくりと唾を飲み込む。

「今のこれは、そういう嫌さじゃないな」


マリナは一歩も引かず、中央の最初の存在を見据えていた。

「向こうはまだ動いていない。こちらの反応を見ている可能性が高いわ」


通信機の向こうで、アストラの息を整える音が聞こえる。

『状況は把握した。無理に近づくな。まずは観察しろ』


「了解」

マリナが短く返す。


だがその直後、再び“意味”が来た。


音ではない。

言葉でもない。

なのに、頭の内側へ直接落ちてくるような明確さがある。


――おそれる。

――わかる。


三人が同時に息を呑む。


「今の……!」

カイが目を見開く。

「来たわね」

リーナは額に手を当てながら、必死に感覚を追っていた。

「前より少し輪郭がある。向こう、こっちの認識の型を真似し始めてる」


「“恐れていることを理解している”……そんな感じか?」

マリナが慎重に言葉へ置き換える。


「たぶん」

リーナがうなずく。

「完全には一致しない。でも近い」


背後の揺らぎたちが、ゆっくりと形を変える。

離れていた輪郭が、少しだけ中央の存在へ寄る。

寄って、重なって、また離れる。

その動きには威圧感はない。

けれど、“個体”として見るにはあまりにも境界が曖昧だった。


「なあ」

カイが小声で言う。

「もしかして、あいつらって一人ずつじゃないのか?」


リーナが視線を向ける。

「どういうこと?」


「だってさ」

カイは困ったように頭をかいた。

「増えたように見えるけど、減ったようにも見えるだろ? 普通の生き物の集まりなら、もっと“別々”な感じがあるはずなんだよ。なのに、あれは分かれてるのに分かれてない」


マリナが目を細めた。

「群体、あるいは共有意識体……」


「いや、もっと曖昧かもしれないわ」

リーナがすぐに続ける。

「“一”と“多”の区別自体が、向こうには薄い可能性がある」


通信の向こうでアストラがうめいた。

『頼むからこれ以上ややこしくしないでほしいんだけどな……』


「私たちだってそうしてほしいわよ」

リーナが思わず返す。


すると、中央の存在がわずかに光を強めた。

その瞬間、また意味が落ちてくる。


――ひとつ。

――ひとつでない。

――あなたたちのように。

――あなたたちとちがう。


「……っ」

リーナが大きく息を吸う。

カイはこめかみを押さえた。

マリナは静かに目を見開く。


「今のは、かなりはっきりしてた」

マリナが言う。

「向こう、自分たちの在り方を説明しようとしてる」


「でも全然分からない説明なのよ!」

リーナが叫びかける。

「“ひとつで、ひとつでない”って何よ……!」


「そのままなんじゃない?」

カイがぽつりと言った。


二人が彼を見る。


「たとえば僕らだってさ」

カイは少し言いにくそうに続けた。

「ノヴァ・リュミエール号のクルーって意味ではひとつのチームだろ? でも一人一人は別だ。向こうはその差がもっと曖昧なんじゃないか」


リーナがはっとしたように中央の存在を見た。

「“あなたたちのように、違う”……そういうこと?」


「似た概念を使って、でも同じじゃないって言ってるのかもしれないわね」

マリナも低く言った。

「完全な個でもなく、完全な全体でもない……共有と分離が連続しているような存在」


『聞いてるだけで頭がこんがらがるな』

アストラの声が入る。

『でも、説明しようとしてるなら前進だ。敵意は?』


リーナは少しだけ目を閉じ、さっきから流れ込んでくる意味の感触を探る。

鋭さはない。

押しつけもない。

むしろ、不器用なほど慎重だった。

こちらが壊れないように、理解できる最小限へ削って渡しているような感覚がある。


「……ないわ」

彼女は静かに答えた。

「少なくとも、今は。向こう、すごく慎重に合わせてきてる」


「じゃあ、こっちも返すべきね」

マリナが言った。

「同じように、最小限で」


「どう返す?」

カイが聞く。


マリナは少しだけ考えた。

そして中央の存在を見据えたまま、言葉ではなく“意味”を整えるように息を吐く。


「分からない」

彼女は静かに言った。

「でも、知ろうとしている」


その瞬間、施設内部の共鳴がわずかに変わった。

床とも壁ともつかない面を流れていた微かな光が、一斉にゆるやかな波を描く。

中央の存在だけでなく、背後の揺らぎたちもまた、呼応するように明滅した。


「通じた……?」

カイが半信半疑でつぶやく。


リーナはすぐに首を振らなかった。

数秒遅れて、確かめるように言う。


「少なくとも、反応はした」


次に流れ込んできた意味は、前より複雑だった。


――わかろうとする。

――よい。

――しかし、あなたたちは分かれている。

――だから、痛む。


「痛む?」

カイが顔をしかめる。

「何が?」


その問いに答えるように、今度は意味だけでなく感覚が来た。


きしむ。

ずれる。

合わないものを近づけた時の、静かな摩耗。

骨でも肉でもないのに、確かに“痛み”としか呼びようのない不快なずれ。


「うっ……!」

リーナが一歩よろめいた。

「リーナ!」

カイが支える。


マリナも眉を寄せたが、踏みとどまった。

「これが……向こうの言う“痛み”」


通信の向こうでアストラの声が強くなる。

『無理なら引け。今すぐ戻ってもいい』


「待って」

リーナは息を整えながら首を振った。

「攻撃じゃない。たぶんこれ……説明よ」


「説明?」

アストラが聞き返す。


「ええ」

リーナは額を押さえたまま言った。

「私たちと向こうが接触すると、境界がきしむ。その感覚を渡してきてる。たぶん、“どうして窓が必要か”を見せてるのよ」


マリナが小さくうなずく。

「条件なしでは、互いの存在が摩耗する。だから向こうは、場所も時間も揃えた」


「……なるほどな」

アストラの声が低く落ちる。

『歓迎してても、簡単には交われないってことか』


中央の存在がまた一度、淡く揺らいだ。

背後の揺らぎたちもまた同じように波打つ。


――ちかづけば、こわれる。

――だから、まどをつくった。

――あなたたちは、まだ、ほどけやすい。


カイが顔を上げた。

「ほどけやすいって何だよ……」


「個として強く分かれてる、って意味じゃない?」

リーナが答える。

「向こうから見れば、私たちは一人一人が独立しすぎてる。だから接触のずれに弱い」


「それに比べて向こうは、分かれても戻れるのかもしれませんね」

マリナが静かに言った。


その発想に、三人とも一瞬言葉を失う。


分かれても戻れる。

ひとつで、ひとつでない。

個であり、場であり、群れでもある。


それはもはや“生き物”というより、“在り方そのものが違う知性”だった。


「……ねえ」

リーナが恐る恐る口を開く。

「あなたたちは、何?」


問いは声になった。

だが、同時に意味としても発したつもりだった。

完全に伝わる保証はない。

それでも、聞かずにはいられなかった。


しばらく、施設内部は静まり返った。

共鳴だけがかすかに流れている。


やがて、中央の存在がゆっくりと近づいた。

敵意はない。

だが距離が縮まるだけで、空気の質が変わる。

光の中に、別の法則が混ざる。


カイがごくりと唾を飲み、リーナは無意識に背筋を伸ばす。

マリナは動かない。


そしてまた、意味が来る。


――わたしたちは、みる。

――つなぐ。

――ほどけるものを、こわさずに渡す。

――あなたたちは、まだ名を先に求める。


「名を先に求める……」

リーナが小さく反芻する。


「名前を聞いたこと自体が、こっちらしいってことか」

カイが言った。

「まず分類したがる、みたいな」


「ありえるわね」

マリナがうなずく。

「向こうは名称より機能や関係で自己を定義しているのかもしれない」


『要するに、名前を聞いてもすぐ答えられる相手じゃないってことか』

アストラが言う。

『文化の前提から違うな、それは』


「でも、少し分かった」

リーナが言った。

「向こうは“観測者”というより、媒介者に近い。見てるだけじゃない。壊さずに繋ぐための存在……たぶん」


すると、背後の揺らぎたちがまたゆっくり形を変えた。

さっきまで複数に見えていたものが、今度は大きなひとつの波のように重なり合い、その中心に淡い線が浮かび上がる。


線は、施設のさらに奥へ伸びていた。


「また道……」

カイが呟く。


「いや、今度は違う」

リーナが目を凝らす。

「外へ誘導してるんじゃない。施設の内側……もっと奥を示してる」


マリナの声が一段低くなる。

「まだ先があるのね」


中央の存在から、最後にひとつの意味が渡された。


――ここは、まえぶれ。

――ほんとうの場は、さらに奥。

――しかし、今はまだ深い。

――あなたたちは、ひとりでは越えられない。


「ひとりでは越えられない?」

カイが聞き返す。

「どういう意味だ?」


リーナは眉を寄せた。

「個人じゃ無理ってこと? それとも、私たち三人だけじゃ足りないってこと?」


マリナは少し考え、通信へ言った。

「艦長。この施設は本体ではなく、前段階の接触層である可能性があります」


『聞こえてる』

アストラの声も真剣だった。

『向こうは何て?』


「ここは“まえぶれ”」

マリナが答える。

「本当の場はさらに奥。ただし、今の私たちでは深すぎると」


通信の向こうで短い沈黙。

やがてアストラが、ゆっくりと息を吐く。


『……歓迎はする。でも核心まではまだ通さない、ってことか』


「たぶんそう」

リーナが言った。

「拒絶じゃない。むしろ保護に近いわ」


「何か、少し腹立つけど親切だな……」

カイが複雑そうな顔をする。

「でもまあ、無理に進んで壊れるよりはいいか」


中央の存在は、なおも静かに立っていた。

その背後の揺らぎたちもまた、今は落ち着いている。

最初に感じた圧倒的な“数”は薄れ、代わりにひとつの場としてのまとまりが強くなっていた。


リーナは小さく息を吐き、改めて問いを組み立てる。

今度は名前ではない。

関係を聞く。


「……また来てもいい?」


とても単純な問いだった。

だが、それは今の自分たちにできる最も誠実な確認でもあった。


施設内部に静かな波が走る。

次の意味は、これまでで一番穏やかだった。


――まどをひらく。

――あなたたちが、こわれぬように。

――わたしたちも、こわれぬように。

――また。


その“また”は、ひどくはっきりしていた。


カイが、ほっとしたように肩の力を抜く。

リーナも張りつめていた表情を少しだけ緩めた。

マリナは一度だけ、深く頷く。


『そっちの表情でだいたい分かった』

通信の向こうでアストラが言った。

『どうやら、完全な門前払いではなかったみたいだな』


「ええ」

リーナが答える。

「むしろ次を前提にしてる」


「ただし、今はここまでです」

マリナが補足する。

「これ以上は、こちらの条件が足りない」


『了解。なら引こう』

アストラの判断は早かった。

『収穫は十分すぎる。全員、帰還優先だ』


三人は中央の存在を見た。

別れの作法があるのかは分からない。

けれど何もせず背を向けるのも違う気がした。


マリナが一歩前へ出る。

「今日は、ここまでにします」


リーナが続ける。

「理解はまだ足りない。でも、受け取ったわ」


カイは少し迷ってから、素直に言った。

「また来る」


中央の存在は、ゆっくりと光を和らげた。

背後の揺らぎたちもまた、静かにほどけていく。


意味がひとつ、最後に届く。


――しっている。


それは、約束への返答のようにも、

最初からそれを見越していたという静かな自明のようにも感じられた。


三人はゆっくりと後退し、開いた外縁の通路へ戻っていく。

施設の内部は彼らを引き留めなかった。

ただ、背後でかすかな共鳴だけが長く残っていた。


通路へ出た瞬間、ようやく三人は同時に大きく息を吐いた。

緊張が遅れて全身へ押し寄せてくる。


「……疲れた」

リーナが本音を漏らす。

「頭が変な意味で熱い」

「分かる」

カイがうなずく。

「殴り合ったわけでもないのに、めちゃくちゃ消耗した」


「対話にも体力は必要ということね」

マリナが言う。

だがその声にも、わずかな疲労は混じっていた。


ノヴァ・リュミエール号はすぐそこにある。

見慣れた船体が、今は異様なほど頼もしく見えた。


通信の向こうでアストラが言う。

『よくやった。戻ったら、何があったか最初から最後まで全部聞かせろ』


「長くなるわよ」

リーナが言う。


『覚悟してる』

アストラは即答した。

『というか、たぶん俺も聞かないと寝られない』


カイが少し笑う。

「それは分かる」


三人が母艦へ戻るあいだ、施設外縁の開口部は静かに閉じていった。

花弁のように重なり、やがて再び滑らかな輪郭へ戻る。

小型体もまた、何も告げずに施設側へと帰っていく。


けれど、それは拒絶ではなかった。

また来るために閉じる扉だと、今の三人には分かっていた。


境界の向こうにいたのは、単なる敵でも、単純な味方でもない。

群れなす知性であり、ひとつではない声であり、壊さずに繋ぐことを選ぶ存在たち。

そして彼らは、まだアストラたちに見せていない“ほんとうの場”を奥に残していた。


ノヴァ・リュミエール号のハッチが開く。

帰還した三人を迎える光が、その時だけ妙に懐かしく感じられた。


まだ何も終わっていない。

むしろ、本当の対話はこれからなのだ。

今回は、施設内部で観測者たちの在り方に少しだけ触れる回にしました。

個体と群体の中間のような存在であり、ただ観測するのではなく「壊さずに繋ぐ」ことを役割としているらしい、というところまで見せています。

また、今回の接触で終わりではなく、ここはあくまで“まえぶれ”であり、本当の場はさらに奥にあると示しました。

次回は、帰還後の情報整理と、アストラ自身がこの接触にどう向き合うかを描くと自然につながると思います。

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