表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星間乱舞!キャプテン・アストラの大英雄譚 銀河の黎明(ぎんがのれいめい)  作者: たむ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

180/188

第百八十三章 次の窓へ向けた調律

境界の向こうで交わされた最初の対話は、戦いではなく理解の入口だった。

だが、その入口に立つだけでも、アストラたちは大きく消耗している。


次に必要なのは勢いではない。

未知と向き合うための準備、壊れないための調律、そして自分自身を整えること。


来るべき次の窓に向けて、ノヴァ・リュミエール号は静かに動き始める。

それは、これまでのどの出撃準備とも違う種類の“戦いの前”だった。

ノヴァ・リュミエール号の艦内は、珍しく静かだった。


もちろん、完全に静まり返っているわけではない。

機関部はいつも通り低く唸り、整備ドローンは規則正しく通路を行き来し、どこかではカイが何かをひっくり返したらしい小さな音もした。

それでも、船全体を包む空気はいつもとは違っていた。


いつもの出撃前は、もっと騒がしい。

敵の情報が飛び交い、作戦が積み上がり、最後は勢いと声量でまとめに入る。

だが今は違う。

相手は“倒す対象”ではない。

壊さないために近づき、壊れないために整える。

その前提が、クルー全員の動きを少しずつ変えていた。


艦橋では、リーナが前回の接触記録を何度も再生していた。

光の通路。

開く外縁。

小型体の明滅。

そして、観測者たちの意味の波。


「……やっぱり完全な翻訳じゃないのよね」

彼女はモニターを見つめたまま呟く。


「分かるところと、分からないところがあるのか?」

アストラが背後から声をかける。


「ある」

リーナは振り返らずに答えた。

「“ようこそ”とか、“また”とか、比較的こっちの感覚に近い部分は拾える。でも、それ以外は危ないの。意味を日本語にした瞬間に、こっちが勝手に形を固定しちゃう」


「固定?」

「向こうはもっと曖昧なまま成立してる概念が多いのよ。たとえば“一”と“多”とか、“時間”と“状態”とか」

リーナはそう言って、複数の波形を重ねる。

「私たちの言葉は便利だけど、その便利さのぶんだけ乱暴でもあるの」


アストラは腕を組んで少し考えた。

「じゃあ、次に会う時は“分かったつもりにならない”のが大事ってことか」


リーナがようやく彼を見た。

そして少しだけ驚いたような顔をする。


「……そう」

「何だよ、その反応」

「今の、かなり正しいわよ」

「俺を何だと思ってるんだ」

「勢いで知らないボタンを押す人」

「否定しきれない!」


そのやり取りを、少し離れた場所でマリナが聞いていた。

彼女は新しい行動計画を整理しながら、淡々と補足する。


「実際、次の接触では“判断を急がない”ことが重要になります」

「やっぱりそうか」

アストラは頷く。

「前回は向こうがかなり合わせてくれてた。でも、今度は一段深い接触になる可能性が高い。こちらの受け取り方一つで、状況の意味が変わるかもしれません」


「要するに、早とちり厳禁ってことだな」

「ええ」

マリナは平然と言う。

「特に艦長は」


「今の一言、完全に狙っただろ」

「いいえ。事実を確認しただけです」

「すごく自然に刺してくるなあ……」


そこへ、カイが両手いっぱいに機材を抱えて艦橋へ駆け込んできた。


「できたぞー!」

「うわっ、うるさい!」

リーナが眉をひそめる。

「静かな空気を壊すな!」

「でもできたんだって!」

カイは誇らしげに端末を掲げた。

「携行型位相補助、第二世代!」


「名前だけ聞くと頼もしいけど」

アストラが警戒する。

「今回は何がどう危ないんだ?」


「危ない前提で聞くのやめてくれない!?」

カイが抗議する。

「今回は本当に真面目だって! 前回の接触班が持ってったやつを、観測者施設の内側向けに細かく調整したんだよ」


マリナがすぐに機材を受け取り、表示を確認する。

「出力の揺らぎが減ってるわね」


「でしょ?」

カイが胸を張る。

「プクル基準の安定波形をそのまま使うんじゃなくて、前回取れた“意味伝達中の位相変動”を補正値として足してみた。だから、向こうに近づいた時も少しは馴染みやすいはず」


リーナが一気に顔を上げた。

「待って、それかなり大きいわよ」

「えへへ」

「気持ち悪い笑い方やめなさい」

「褒められたから嬉しくて!」


アストラはその機材を覗き込みながら、少しだけ真面目な顔になった。

「つまり、俺が行く時はこれを持つわけか」


「そういうこと」

カイが頷く。

「もちろん万能じゃないけどな。向こうの深い場所まで行ける保証はない。でも、“いきなりきしんで終わり”になる確率は下げられると思う」


「ありがたいな……」

アストラは小さく息を吐いた。

「助かる」


その素直な礼に、カイは一瞬きょとんとした。

それから照れくさそうに頭をかく。


「お、おう」

「何でお前が照れるんだよ」

「いや、いつものノリで茶化されるかと思ったから……」

「茶化したい気持ちはある」

アストラは正直に言った。

「でも今回は本当に助かってるからな」


リーナとマリナが、ほんの少しだけ視線を交わす。

こういう時、アストラは軽いようでいて、言うべきことはちゃんと言う。

そのことを、二人ともよく知っていた。


その日の午後、アストラは珍しく一人で訓練室にいた。


戦闘訓練ではない。

射撃でも模擬操艦でもない。

床に置かれた簡易センサーの輪の中で、ただ静かに座っている。


そこへリーナが顔を出した。


「……何してるの?」

「落ち着く練習」

アストラは真顔で答えた。


リーナは数秒黙ってから、

「思ったより真面目な答えだった」

と返した。


アストラは軽く肩をすくめる。

「前回の話を聞いてたらな。向こうは意味を直接ぶつけてくるんだろ?」

「ええ」

「だったら、こっちが無駄に慌てたり、反射で変な感情を返したらまずそうだと思ってさ」


リーナは訓練室の壁にもたれた。

「間違ってないわ。実際、向こうはこっちの反応をかなり丁寧に拾ってた」


「だよな」

アストラは膝の上で手を組む。

「だから、少しでも静かに受ける練習をしようと思った。……まあ、簡単じゃないけど」


「そりゃそうでしょ」

リーナは少し笑う。

「艦長、基本的に感情が顔に出やすいし」


「ひどい評価だ」

「事実よ」

「否定しづらい……」


しばらく、二人の間に静かな時間が流れた。

艦の微かな振動だけが訓練室に満ちている。


やがてアストラが、ぽつりと言う。


「怖いんだよな」


リーナはすぐには返事をしなかった。

その一言が、軽口ではないと分かったからだ。


「敵と戦うのとは違う怖さがある」

アストラは続ける。

「向こうに悪意がないのは、むしろ分かる。だからなおさら、こっちが変に壊しそうで怖い」


リーナは静かに彼を見た。

普段のアストラなら、ここで少し笑って誤魔化す。

だが今は違った。


「分かるわ」

彼女はようやく言った。

「私も同じ。解析してる時だって、ずっとそれが怖い。間違って受け取って、向こうを別物にしてしまうんじゃないかって」


アストラは顔を上げる。

リーナは肩をすくめた。


「だから、怖がってるのは艦長だけじゃないってこと」

「……そっか」

「ええ」

「ちょっと安心した」

「そこは“ありがとう”じゃないの?」

「ありがとう」

「素直すぎると逆に調子狂うわね」


二人とも、小さく笑った。


夜番に近い時間になると、艦橋では次の窓の予測が更新されていた。

観測者側の施設は、今はまた静かに外縁を閉じている。

だが、周期の揺れは消えていない。

窓は閉じたままではない。

次の条件が少しずつ近づいてきている。


「次の安定窓、予測更新」

マリナが報告する。

「前回より少し短いわ。推定で七十四分」


「短くなったな」

アストラが言う。


「向こうが条件を絞ってるのかもしれない」

リーナが答える。

「あるいは、こちらに合わせて精度を上げてきてる」


「優しくされてるのか、試されてるのか分からないな……」

アストラが眉を寄せる。


「たぶん両方です」

マリナがさらりと言う。

「言い方!」

「でも、そうでしょう?」

「うん、たぶんそう」


カイはコンソールの上に新しい補助装置を並べながら唸っていた。

「七十四分かあ……。入って、会って、奥に進むかどうか決めるにはかなりタイトだな」


「だから、今回は最初から役割を固定する」

マリナが言う。

「艦長は接触の中心。リーナは意味解析。私は全体判断と撤退管理。カイは位相補助と環境安定」


「いつも通りっちゃいつも通りだな」

アストラが言う。


「ええ」

マリナは頷いた。

「ただし今回は、“誰が何を感じたか”も報告対象に入れます。向こうとの対話では、それ自体が情報になるので」


「感想戦までリアルタイムでやるのか……」

アストラが遠い目をする。


「頑張ってください」

リーナが容赦なく言った。


そこへ、床をころころと転がるようにしてプクルが現れた。

いつの間にかカイの工具箱の陰に潜んでいたらしい。


「ぷくる!」

「お、重要協力者のお出ましだ」

カイが持ち上げると、プクルは得意げに胸を張る。


リーナがふっと笑った。

「この子が一番安定してるの、ちょっと悔しいわね」

「生き方がブレないもんな」

アストラが言う。

「見習いたい」

「艦長がプクルを人生の師にし始めた」

「ちょっと嫌な言い方するなよ!」


笑いは小さい。

けれど、それが今のクルーには必要だった。


やがて艦橋の照明が一段落とされ、艦は再び静かな待機モードへ移る。

全員がすぐ眠れるわけではない。

だが、体と頭を休めておかなければ、次の窓に間に合わない。


アストラは最後まで艦橋に残っていた。

前方スクリーンの先に、見えないまま佇む観測者の施設がある。

閉じた外縁。

その奥にある“ほんとうの場”。

そして、自分がまだ踏み込んでいない意味の層。


「……艦長」

静かな声で呼んだのはマリナだった。

彼女は退室前に、アストラの横で立ち止まる。


「何だ?」

「一つだけ」

マリナは少しだけ言い淀んでから続けた。

「次に進む時、あなたが怖いのは悪いことではありません」


アストラは少し驚いた顔をした。

マリナがこんなふうに、感情の話を前に出してくるのは珍しい。


「むしろ、その怖さがあるからこそ、向こうを壊さずに済むのだと思います」

彼女は真っすぐ言った。

「無謀でないことは、今の相手には強さです」


しばらくして、アストラは小さく笑った。

「慰めてくれてるのか?」

「事実を確認しただけです」

「お前、その言い方好きだな」

「便利なので」


二人はほんの少しだけ笑い合う。

それからマリナは一礼して、静かに艦橋を後にした。


一人残されたアストラは、しばらくその場に立っていた。

艦窓の向こうの宇宙は、相変わらず何も語らない。

だが、もう彼には分かっている。

その沈黙の向こうに、待っている知性がいることを。

壊さずに繋ぐための窓を開き、こちらが届くのを待っている存在たちがいることを。


「……よし」

やがて彼は、誰に聞かせるでもなく呟いた。

「今度は逃げない。ちゃんと受け取る」


その決意は、勇ましいというより静かなものだった。

けれど今の彼らには、その静けさこそが必要だった。


次の窓は近い。

七十四分しか開かない扉の先で、アストラは初めて観測者たちと向き合うことになる。

それは戦闘の始まりではない。

だが、銀河の歴史にとっては、どんな勝利より大きな一歩になるのかもしれなかった。

今回は、次の接触へ向けた“整える回”として、艦内の静かな準備とアストラ本人の心の準備を中心に描きました。

戦うためではなく、壊さず受け取るために整える、という今の流れに合わせて、全体の空気も少し静かめにしています。

また、リーナやマリナとの短いやり取りを通して、アストラが一人で怖がっているのではなく、皆が同じ種類の緊張を共有していることも見えるようにしました。

次回は、いよいよアストラ自身が施設へ入り、観測者たちと初めて“直接”向き合う章に進めると自然につながります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ