第百四十八章 疑惑の追跡線
疑念は刃よりも鋭く、
一度向けられれば、真実さえ切り裂く。
調整役としての信頼を奪われたノヴァ・リュミエール号は、
撃たず、弁明も届かぬまま、
“火をつける者”の影を追う。
この追跡は、敵を捕まえるためだけのものではない。
――信頼を取り戻すための戦いでもあった。
◆疑惑の網
未登録船は不安定宙域へと逃げ込んだ。
そこは重力井戸が点在し、通信が乱反射する危険地帯。
「通信、まだざわついてる……」
マリナが回線のノイズを抑えながら報告する。
『調整役を拘束すべきだ』
『彼らが裏で糸を引いている』
怒号と憶測が渦を巻く。
カイは歯噛みした。
「くそっ、追ってる最中なのに、後ろから撃たれそうだ……」
リーナは淡々と指を走らせる。
「未登録船は、疑惑が最大化するタイミングを選んで減速と加速を繰り返している。
追跡線を“長引かせる”のが目的」
アストラは短くうなずいた。
「疑いが熟成するまで、時間を稼ぐつもりか」
プクルが警戒音を立てる。
「ぷくる……(いやなかんじ、ずっとする)」
◆罠の回廊
宙域の先に、複雑な小惑星の回廊が現れた。
未登録船は、その中へ滑り込む。
「ここに入れば、こちらの大型船は不利だ」
マリナが言う。
「でも、相手はそれを知ってる」
アストラは操縦席で姿勢を正す。
「入るぞ。距離を詰める」
「了解……!」
カイが操縦桿を握り、機体を回廊へと導く。
岩塊が迫り、警告音が連続する。
「左右、狭い! 上も下もダメだ!」
「相手、減速。誘ってる」
リーナの声が冷える。
その瞬間、
未登録船の背後から微小ドローンが散布された。
「罠だ!」
マリナが叫ぶ。
ドローンは爆発しない。
代わりに、改ざんされたデータを周囲へ放射した。
「……私たちの“航行ログ”を偽装して拡散してる」
リーナが歯を食いしばる。
「追跡線そのものを、罪の証拠に変えるつもり」
◆切れない追跡
「撃つか?」
カイが一瞬だけ振り向く。
アストラは首を横に振った。
「撃てば、相手の思惑通りだ」
「じゃあ、どうやって止める!」
アストラは前方を見据えた。
「“見せる”。
真実は、追跡線の中にある」
リーナが頷く。
「未登録船の航跡に、独特の位相ズレがある。
それを全宙域に同時配信すれば、
“撃っていない証拠”と“撃った者の癖”が分かる」
「時間は?」
「三十秒。
その間、距離を保って」
「任せろ!」
カイがスロットルを微調整し、
岩塊の隙間を縫う。
プクルが小さく鳴いた。
「ぷくる……(がんばって)」
◆反転
三十秒。
回廊を抜けた瞬間、
リーナの指が最後のキーを叩いた。
「――送信完了」
全回線に、
二本の追跡線が重ねて表示される。
一つは、ノヴァ・リュミエール号の“実航跡”。
もう一つは、未登録船が拡散した“偽装航跡”。
差分は明白だった。
発射点の位相。
減速の癖。
ドローン散布のタイミング。
『……一致しない』
『撃っているのは……未登録船だ』
疑念の声が、反転する。
「来た……」
マリナが息を吐く。
◆追い詰められる影
未登録船は急加速し、
最後の逃走を試みる。
「もう隠せないと分かったな」
アストラは冷静に言う。
「だが、ここで終わりだ」
カイが操縦桿を引き、
ノヴァ・リュミエール号は進路を塞ぐ。
武装は使わない。
代わりに、通信を開いた。
「逃げ場はない。
これ以上、火をつけるな」
沈黙。
やがて、歪んだ声が返る。
『……火は、勝手に燃える。
俺たちは、空気を送るだけだ』
「違う」
アストラは即答した。
「空気を送るのも、責任だ」
◆確保
警察の高速拘束艇が、
遅れて宙域へ到着する。
「未登録船、確保」
短い報告。
追跡線は、ここで終わった。
◆静かな回復
疑念の回線が静まり、
代わりに、謝罪と訂正が流れ始める。
「……全部、戻るわけじゃない」
マリナが現実的に言う。
「それでもいい」
アストラは前を向く。
「真実は、届いた」
プクルが大きく鳴いた。
「ぷくる!(やった!)」
疑惑は、時間とともに育つ。
だが真実は、積み重ねでしか示せない。
ノヴァ・リュミエール号は撃たず、
追跡線の中に答えを残した。
信頼は、完全には戻らない。
それでも――
火をつける者たちのやり方は、
確かに一つ、潰れた。




