第百四十七章 火をつける者たち
火種は消えたように見えた。
だが、それは“燃える準備が整った”だけだったのかもしれない。
秩序が再編される時代には、
必ずその隙間を狙う者たちが現れる。
彼らは旗を掲げず、名乗らず、
ただ静かに――火をつける。
◆沈黙する船
ベータ・クラスタ宙域。
他勢力が撤退していく中、
一隻だけ、動かない船があった。
「まだいるな……」
アストラは視線を外さない。
船体は中型。
武装は控えめだが、放射される信号は極端に少ない。
識別コードは未登録。
「通信、完全沈黙」
リーナが低く告げる。
「意図的に“存在を曖昧にしている”」
カイが眉をひそめる。
「こういうの、一番嫌なやつだろ……」
プクルが警戒するように鳴く。
「ぷくる……(ちかづいちゃだめなやつ)」
◆最初の火花
その瞬間。
宙域の端で、微弱な爆発反応が検知された。
「え?」
マリナがモニターを見る。
「ベータ・7の外縁……無人採掘ドローンが破壊されてる」
リーナが即座に分析する。
「破壊パターン、武装勢力のどれにも一致しない。
精度が高すぎる」
「……誰かが撃った」
アストラの声が低くなる。
「しかも、“誰が撃ったか分からないように”」
次の瞬間、
複数の勢力から同時に通信が飛び込んできた。
『誰が撃った!?』
『そっちの仕業だろう!』
「……来たな」
マリナが歯を食いしばる。
◆火をつける者
沈黙していた未登録船が、
わずかに姿勢を変えた。
「今の爆発、
あの船からの射線と一致する」
リーナが即断する。
「じゃあ、あいつが――」
カイが言いかけた、その時。
未登録船から、
全宙域に向けて短い通信が放たれた。
『調整役が撃った』
一瞬、時が止まる。
「……は?」
カイが固まる。
続けて、偽装されたデータが拡散される。
ノヴァ・リュミエール号の識別コード。
改ざんされた発射ログ。
「やられた……!」
マリナが叫ぶ。
リーナの指が飛ぶ。
「完全なフレームアップ。
このままじゃ、全勢力が私たちを“引き金を引いた側”だと認識する!」
◆疑念の連鎖
通信回線が怒号で埋まる。
『調整役が裏切った!』
『最初から信用するべきじゃなかった!』
「落ち着いてくれ!
俺たちは撃っていない!」
アストラが必死に呼びかける。
だが疑念は、
一度生まれると止まらない。
「……これが“火をつける者たち”のやり方ね」
マリナが唇を噛む。
「自分では表に立たず、
周囲に撃たせる」
プクルが震えながら鳴く。
「ぷくる……(みんな、こわいほうにいってる)」
◆選択
「キャプテン」
リーナが静かに言う。
「このままだと、
私たちは正当防衛すら許されない立場になる」
「……分かってる」
アストラは短く答えた。
カイが拳を握る。
「じゃあどうする?
撃ち返したら、
完全に“戦争の引き金”だぞ」
アストラは一瞬だけ目を閉じ、
そして開いた。
「撃たない」
全員が息を呑む。
「撃たない代わりに、
“真犯人”を全員の前に引きずり出す」
◆追跡
ノヴァ・リュミエール号は、
未登録船に向けて進路を取る。
「相手、逃げ始めた!」
マリナが報告する。
「追うぞ。
ただし武装は使うな」
アストラの声は揺るがない。
「正気かよ……」
カイは呟きながらも操縦桿を握る。
リーナが解析を続ける。
「相手の通信、
“混乱度”を計測してる……
この船、紛争が起きるほど利益が出る構造になってる」
「つまり――」
マリナが言葉を継ぐ。
「戦争屋、ね」
◆逃げる影
未登録船は、
ベータ・クラスタのさらに外縁へと逃走する。
「この先は……」
カイが警告する。
「航行不安定宙域だぞ!」
アストラは即答した。
「だからこそ逃げ込む。
だが、追えるのは今しかない」
プクルが決意したように鳴く。
「ぷくる!(にげたらだめ!)」
ノヴァ・リュミエール号は、
疑念と敵意が渦巻く宙域を背に、
火をつけた者の影を追って加速した。
火をつける者たちは、
自らは撃たず、
他者に撃たせる。
調整役は、その最も厄介な標的となった。
だがアストラたちは、
引き金を引かない道を選ぶ。
それが、
銀河を“再び壊さない”ための選択だと信じて。




