第百四十六章 境界宙域の火種
再編されつつある銀河の縁。
そこでは秩序も法律も、まだ定着していなかった。
境界宙域――それは、線を引いた瞬間から争いが生まれる場所。
ノヴァ・リュミエール号に届いた次なる任務は、
“まだ燃え上がっていない火種”を見つけ、消すことだった。
◆ベータ・クラスタ
境界宙域ベータ・クラスタは、大小の小惑星帯と資源星が入り組んだ複雑な宙域だった。
正式な領有登録は未確定。
その曖昧さが、野心と不安を呼び寄せている。
「ここか……」
アストラは星図を見つめる。
「見た目は静かだけど、信号は多い」
リーナが解析結果を投影する。
「非公式武装船、三勢力。
いずれも“自衛”を名目に配置を進めている」
「つまり、全員が“先に撃った方が悪者になる”って分かってて、
でも引けない状態だな」
カイが苦い顔をする。
マリナが頷いた。
「典型的な火種ね。
誰かが少しでもバランスを崩せば、一気に燃え上がる」
プクルがコンソールの端で鳴く。
「ぷくる……(こわいにおいする)」
◆最初の誤解
ノヴァ・リュミエール号が中立コードを発信した直後、
一隻の武装船から強制通信が入った。
『こちらはオルテガ採掘連盟。
この宙域への立ち入り理由を説明せよ』
アストラが応答する。
「銀河警察・調整任務だ。
交戦目的ではない」
一瞬の沈黙。
だが次に返ってきた声は硬かった。
『……最近、“調整”を名乗る船が、
結果的に他勢力を利する例が多い』
「疑われてるわね」マリナが小声で言う。
別回線が割り込む。
『こちらフリーランサー同盟。
その船、オルテガの味方か?』
「もう始まってる……」
カイが頭を抱える。
◆火種の正体
リーナが静かに言った。
「原因は、資源星ベータ・7。
希少燃料鉱床が確認された直後から、
各勢力が“既成事実”を作ろうとしている」
「つまり、誰かが最初に旗を立てたら終わりだ」
アストラが理解する。
マリナが腕を組む。
「止めるには、“誰のものでもない”状態を
公式に固定する必要がある」
「そんなの、みんな納得するか?」
カイが眉をひそめる。
「しないわ」
マリナは即答した。
「でも、納得しないままでも“撃てない状況”は作れる」
◆踏み込む
アストラは決断した。
「ベータ・7へ向かう。
全勢力に、同時に見せる」
「え、正面突破?」
「火種は隠すと爆発する。
なら、全員の目の前に出す」
ノヴァ・リュミエール号は、
三勢力が睨み合う中間宙域を堂々と進んだ。
「度胸あるな……」
どこかの船から、そんな通信が漏れる。
◆宣言
ベータ・7の軌道上で、アストラは全回線を開いた。
「この宙域は、現在どの勢力にも属していない。
そして、ここで撃てば――
再編期の銀河全体を敵に回すことになる」
静寂。
続けてリーナがデータを提示する。
「銀河警察・中央再編局により、
この資源星は暫定的に“共同管理保留区域”に指定される予定」
「……予定?」
どこかから疑念の声。
マリナが静かに答えた。
「ええ。
だからこそ、今ここで争わなかった勢力は、
正式管理権の協議に参加できる」
それは“譲歩”ではなく、“未来への席”だった。
◆引き金は引かれなかった
長い沈黙の後、
オルテガ採掘連盟の通信が入る。
『……我々は、一時撤退する』
続いて、別勢力も距離を取り始めた。
「……止まった?」
カイが息を吐く。
プクルが小さく跳ねる。
「ぷくる!(ケンカしなかった!)」
◆残る緊張
だが、全てが解決したわけではない。
撤退する船影の中に、
最後まで通信を切らない一隻があった。
リーナが警告する。
「未登録船。
意図的に沈黙を保っている」
アストラは静かに言った。
「……あれが、火種を“燃やしたい側”だ」
ノヴァ・リュミエール号は、
その船影を視界の端に捉えたまま、
次の局面に備えて進路を調整する。
境界宙域の火種は、ひとまず燃え上がることを免れた。
だが、再編期の銀河には
“混乱そのものを望む者たち”が確かに存在する。
調整役の前に現れ始めた、
新たな敵の輪郭。




