第百四十五章 調整役の代償
最初の調整任務は、銃声ひとつ上がることなく終わった。
それは確かに成功だった――だが同時に、ノヴァ・リュミエール号が
「都合のいい存在」として見られ始めた瞬間でもあった。
調整役とは、誰かの味方にならない代わりに、
誰からも完全には信頼されない立場。
その代償は、静かに、しかし確実に現れ始める。
◆増え続ける依頼
艦橋のメインモニターに、次々と通知が表示されていく。
「えっと……これ全部、俺たち宛て?」
カイが指差す先には、未処理案件がずらりと並んでいた。
「物流調停、資源配分の再交渉、星系境界線の再定義……」
リーナが淡々と読み上げる。
「優先度Aだけで二十件を超えてる」
「ぎゃあ……」
カイが椅子に沈み込む。
「俺たち、いつの間にか“銀河の便利屋”になってない?」
マリナは腕を組んだまま、静かに答えた。
「期待されている、ということでもあるわ。
でも同時に――責任も集中する」
アストラは何も言わず、表示された案件の一覧を見つめていた。
◆不満の声
通信が入る。
発信元は、先日のデルタ・リング交易ステーション。
『我々は合意を守っている。
だが、コロニー側が“あなた方がついている”と誤解している節がある』
続いて、別回線。
今度は開拓コロニー側からだ。
『交易側は、警察と近い立場を利用して優位に立とうとしている。
あなた方は本当に中立なのか?』
「……板挟みだな」
カイが顔をしかめる。
リーナが小さく息を吐く。
「調整役は、成功した瞬間から不満の受け皿になる」
マリナはアストラを見る。
「どうする? このまま関与を深めれば、
どこかで“敵”を作ることになる」
◆揺れる判断
しばしの沈黙。
プクルがコンソールに前足を置き、
「ぷくる……(みんな、つかれてる)」
と小さく鳴いた。
その声に、アストラはふっと笑った。
「そうだな。
正直、思ってた以上にしんどい役目だ」
カイが驚いた顔で見る。
「え、キャプテン弱音?」
「弱音だよ」
アストラははっきり言った。
「戦う方が、よっぽど単純だった」
だが次の瞬間、彼の目はまっすぐ前を向く。
「それでも――
撃たなくていい未来を作れるなら、
この役目には意味がある」
◆代償の正体
リーナが新たな分析結果を表示する。
「懸念点が一つある。
影の艦隊崩壊後、武装勢力が“空白地帯”に集まり始めている」
「つまり?」
「調整が進む宙域を、
“邪魔だ”と考える連中が出てくる」
マリナが静かにうなずく。
「秩序が再編される時、
必ず“混乱を利益にする者”が現れる」
カイが拳を握る。
「……俺たち、狙われる?」
アストラは迷わず答えた。
「ああ。
調整役の代償は――
恨まれることだ」
◆それでも進む
艦外に広がる星々は、相変わらず美しい。
だがその裏で、銀河は確実に軋み始めている。
アストラは操縦席に座り直し、
新たな任務座標を入力した。
「次は、境界宙域ベータ・クラスタ。
小競り合いが起きる前に、止める」
「了解」マリナが応じる。
「データ更新完了」リーナが続く。
「……ピザ、帰ったら食べような」カイがぼそり。
「ぷくる!(やくそく!)」
ノヴァ・リュミエール号は、
再び光の航跡を描きながら、
再編される銀河のただ中へと進んでいった。
調整役という立場は、感謝よりも不満を集めやすい。
だがそれでも、誰かが担わなければ
銀河は再び暴力へと傾いていく。
ノヴァ・リュミエール号は、その重さを受け入れ、進むことを選んだ。




