第百四十九章 調整役は英雄になれない
真実は示された。
火をつけた者は捕らえられ、疑惑は反転した。
だが銀河は、拍手喝采で迎えてはくれない。
調整役とは、誰かを救っても、
物語の中心には立たない存在だからだ。
それでもノヴァ・リュミエール号は進む。
英雄になれなくても、必要とされる限り。
◆静かな勝利
未登録船の確保報告が正式に流れた後も、
艦橋はどこか落ち着かない空気に包まれていた。
「……祝賀通信、来ないな」
カイが椅子にもたれ、天井を見上げる。
「当然よ」
マリナは淡々と答える。
「多くの勢力は、
“自分たちが疑ったこと”を忘れたいだけ」
リーナが端末を閉じる。
「訂正は流れた。
でも、最初の疑念の方が、
人の記憶には残りやすい」
プクルが控えめに鳴く。
「ぷくる……(ごほうび、ないの?)」
アストラは小さく笑った。
「残念ながら、ないな」
◆英雄不在
銀河ニュースには、
「ベータ・クラスタの衝突回避」という短い見出しが流れる。
だが、名前はどこにも出ない。
「……俺たち、完全に背景だな」
カイがぼやく。
「それでいい」
アストラは即答した。
「英雄が必要な時点で、
たいていはもう遅い」
マリナが少し意外そうな顔をする。
「どういう意味?」
「英雄は、
火が燃え上がった後に呼ばれる。
俺たちは、
火がつく前に動く役目だ」
リーナが静かにうなずく。
「統計的にも、
最も評価されない仕事ね」
◆責任の残り香
通信が一件、届く。
差出人は、ベータ・クラスタで最初に疑念を向けてきた勢力だった。
『……あの時は、疑ってすまなかった』
短い文。
謝罪とも、言い訳ともつかない。
「これだけか」
カイが肩をすくめる。
「十分よ」
マリナは言う。
「謝らないままの相手も、山ほどいる」
アストラは通信を閉じ、
操縦席の前に立った。
「俺たちが欲しいのは、
感謝じゃない」
「え?」
カイが首をかしげる。
「“次は疑わずに話を聞く”
その可能性が一つ残れば、それでいい」
◆小さなドタバタ
張り詰めた空気を破るように、
艦内から警告音が鳴る。
「え、今度は何だ!?」
カイが飛び起きる。
リーナが確認する。
「……食料区画。
ピザ生地、また発酵しすぎてる」
「またかよ!」
カイが叫ぶ。
プクルが元気に鳴いた。
「ぷくる!(たべごろ!)」
マリナがため息をつく。
「緊張が解けた証拠ね……」
アストラは苦笑した。
「よし、今日は作戦会議じゃなくて、
ピザ会議にしよう」
◆それでも進む
食堂で即席ピザを囲みながら、
クルーたちは久しぶりに肩の力を抜いた。
「なあ、キャプテン」
カイがふと聞く。
「この先も、
こんな役回りばっかりだぞ」
アストラは一瞬考え、
それから答えた。
「そうだな。
たぶん、最後まで」
「後悔しない?」
「しない」
アストラは即答する。
「英雄になれなくても、
銀河が少しだけ静かになるなら、
それで十分だ」
プクルが満足そうに鳴いた。
「ぷくる!(かっこいい!)」
◆次の火種
その時、
新たな任務通知が静かに表示された。
《未調整宙域:ガンマ・スパイン》
《宗教勢力と企業圏の対立兆候あり》
「……もう来た」
マリナが画面を見る。
「休ませてくれよ……」
カイが机に突っ伏す。
アストラは立ち上がり、
操縦席に戻った。
「行こう。
英雄じゃなくていい。
調整役として」
ノヴァ・リュミエール号は、
再び静かにエンジンを鳴らし、
次なる火種へと向かっていった。
調整役は、称えられない。
誤解され、疑われ、
時には嫌われる。
それでも、
誰かがその役を引き受けなければ、
銀河は再び燃え上がる。
ノヴァ・リュミエール号は、
英雄にならないことを選び続ける。




