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悪人面の魔王でも友達になってくれますか?  作者: 梅三六角
最終章 魔王が生き続ける意義
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クリアされることのないクエスト

 滝壺の下。


 俺はミレイユの体を抱え、やっとの思いで岸に這い上がった。何故俺の元にミレイユがいるのか、俺もよく覚えていない。滝壺から落ちるとき、俺は短い間だが、意識を失っていたようだ。そして、同時にリヴァイアサンが滝壺から落ちるところも、確かにこの目で見た。


 やはり、あのリヴァイアサンはミレイユだったのだろうか。そんなことはもはや確かめようもないが。だが、もし仮にさっき見たのが夢ではなかったとすれば、ミレイユに言っておきたいことがあった。


「これで良かったのだろう、ミレイユ。私はこうしてまた戻ってきた。

 私のことを心配してくれる人のことを、私なりに考えた。その答えだ。」


 ミレイユは、まるで眠っているのではないかと思うぐらいに、安らかな顔に見えた。


「クレアと約束したとおり、私は生きる。何と言っても、私は魔王だからな。

 くよくよしている暇なんてない。」


 そこまで話して、俺は言葉に詰まった。何を話したところで、ミレイユから返事が返ってくること等、もうないのだ。


(何をやっているんだ、俺は。今ここでこんなことを話して何になると言うんだ?)


 それでも、一度込み上げてきたものは、もう止めようもなかった。


「お前は、金と自分以外は信じられないのだろう?なのに、何故私のことを助けたりした?

 曲がりなりにも、私のことを信じてくれたというのか?本当だったら、礼を言うべきところだということは分かっている。」


 俺は気が付くと、涙を流していた。最初は瞳に溜まる程度のものだったが、段々と目から溢れ出てくる。


「だが、こんなことになるぐらいなら、私のことを信じて欲しくはなかった。今更だが、私はお前のことを大事に思っていたことに気付いた。失いたくないと思っていた。

 だから、私のことを信じてあんなことをやって欲しくはなかった。そうすれば……今頃は……」


 俺は想像した。ミレイユが無理をしてでも俺を助けなければ、きっと俺が死んでいた。


「やっぱり馬鹿だな、私は。お前が死んだのは、全部私のせいじゃないか。

 ごめんな、頼りない魔王で。」


 目を閉じ、俯く俺の目元に柔らかい感触が伝わって来たのは、その時だった。


「……死にませんよ……だって……」


 もう一度聞きたいと思っていたその声に、俺は瞼をゆっくりと上げると、ミレイユが俺の目元の涙を指で拭っていた。


「まだ……報酬を頂いていませんし……それに……」


 ミレイユは弱々しくも、俺に笑顔を見せた。


「こんなに……甘えん坊な魔王様を残して、死ねませんから。」


 俺は胸がいっぱいになった。


「……馬鹿野郎。」


 そう返すのがやっとだった。


■■■


 魔王城に戻った後、俺はマチルダに今回のことを報告していた。


「なんと、先代の魔王であるルドルフ様に会われたと!?しかも勝利してしまわれたか。」


 マチルダは信じられないと言った感じだった。


「かなりぎりぎりだったがな。」

「それに、まさかあなた自身が、先代の魔王様と同一の魂であったとは。いやはや、世の中不思議なものです。」

「マチルダは知っていたのではなかったのか?」

「いえいえ、私はあくまでも、魔王として適性がある魂を選んだだけです。選ばれたあなたが魔王の魂であったことは、全くの偶然なのですよ。」


 偶然にも魔王の体に魔王の魂が戻ってくるとは、世界は広いようで狭いものだ。それより、聞いておきたいことがあった。


「お前は、これからどうするんだ?いろいろ複雑な事情が重なってしまったが、これからも私に仕えてくれるのか?」

「当然です。魂がどうであろうと、魔王様にお仕えするのが私の役目ですからな。」


 そこまでマチルダが話したところで部屋にクレアが入ってきた。


「クレア?体はもう大丈夫なのか?」

「うん。元々大した怪我じゃなかったから。」

「すまないな。あの時は吹き飛ばしたりして。それ以外に対処法が思いつかなかった。」

「別に気にしてないよ。魔王様だって、私を助けるためにやってくれたんでしょう?むしろ、お礼を言わないといけないよ。」

「そ、そうか。」

「私、信じてたよ。魔王様ならきっと勝てるって。」

「それはクレア達の助けがあってこそだ。」

「そうかもしれないけど、最後に勝てたのは魔王様の力だよ。私あの時すごく心配してたんだよ?

 気が付いたら魔王様の姿が見えないし、ロアに聞いたらルドルフと決着を付けるために流される岩盤に残ったって聞いたから。

 でも、魔王様はちゃんと勝ったし、それに私と約束した通り、生きて帰ってきてくれた。それで十分嬉しいよ。」

「ま、まあな。」


 実は死んでもいいと思いかけたとは、口が裂けても言えなかった。こちらの考えが伝わったのかは分からないが、クレアは俺の方に寄るとぎゅっと抱き付いてきた。


「クレア!?」

「これはおまじない。また今度同じことがあった時に、私との約束を忘れないように。」


 クレアは俺を見上げてにっこりと微笑んだ。


「ああ、確かに覚えた。決して忘れはしないさ。」


 俺はゆっくりとクレアの髪を撫でる。


「うん。」


 クレアは満足そうに頷いた後、俺から離れた。


「ところで魔王様。どうして掃除用具なんか用意してるの?」


 俺の傍に置いてあったバケツやはたきを見てクレアが不思議そうに問う。


「ミレイユはしばらく療養中だからな。その間の城の仕事は私がやっているのだ。」

「そういえば、ミレイユがここで働く前は魔王様がお掃除してたね。私も手伝うよ。」

「良いのか?」

「こう見えても、私ミレイユの仕事をよく手伝ってたんだよ?」

「それは頼りになるな。お願いできるか?」

「仰せのままに。」


 クレアは掃除用具を揃えて意気揚々と部屋から出ていった。俺も部屋を出て、ミレイユの部屋へと向かった。


■■■


 ミレイユの部屋の前で俺はノックをする。


「どうぞ。」


 ミレイユから許可があったので俺は静かに扉を開けて部屋に入る。


「悪いな。少し騒々しいが、気にしないで寝ていてくれ。」


 寝間着姿でベッドで横になっているミレイユに俺は言った。


「ルイ様自らが家事をなさっているのですか?」

「ミレイユが来るまでは私の仕事だったさ。」

「本当に変わった魔王様ですね。」

「自分でもそう思っている。」


 俺は棚の上の埃をはたきで落とす。ミレイユは眠るでもなく、俺の方を見ていた。そこで、気になっていたことを聞いてみることにした。


「それにしても、よく無事だったな。重傷を負っていただろう?」

「転移召喚ですよ。」

「転移召喚?」


 耳慣れない言葉に俺はミレイユの方を振り返る。


「召喚術の奥義のようなものです。自分が召喚した魔物に、自分自身が転移するんです。召喚獣を操る時よりも、小回りが利いた動きができるのが利点です。」

「そうか。では、あの時のリヴァイアサンはやはりミレイユ自身だったんだな?」

「そういうことです。転移召喚を行うと、体力も召喚獣と共有できるので、多少ではありますが召喚主自身の体力も疑似的に回復できます。」

「なるほど。重傷を負っても無事だったのはそのためか。」

「はい。ですが、転移召喚には欠点もあります。

 召喚獣と感覚を共有するので、召喚獣が感じる痛みは全部召喚主にも返ってきます。それに、召喚主の体力が回復できるとは言いましたが、それはあくまで召喚主に召喚できるだけの魔力が残っていた時だけで、そうでなければ助からなかったでしょうね。」

「リヴァイアサンを召喚できるだけの魔力が残っていたのが、不幸中の幸いだったわけか。」

「そうですね。それにしても、よくあのリヴァイアサンが私だと分かりましたね。

 そのおかげでルドルフの反撃を受けずに済みましたが。」

「ただの勘だ。」


 実際、俺がリヴァイアサンがミレイユだと気が付いたのには理由があった。


 その前、アルトと共に戦った時に、リヴァイアサンを召喚するのを見たばかりだったからだ。それに、どう見ても俺を助けるように動いていたのだから、何となく分かる。確証はなかったが。アルトの名前で思い出した。


「そういえば、アルトはどこにいる?」

「あの子なら、クレアにお願いして教会に預けてもらいましたよ。

 まあ、今は私がこんな状態ですが、元気になったらあの子にまた会いに行くと伝えてもらいました。」

「それが良いだろう。私も行っても良いかな?」

「案外子供好きなのですね。別に良いですけど、魔王が教会に行ったとなればちょっとした騒ぎになりますね。」


 ミレイユの言葉に、すっかり自分が魔王だということを忘れかけていたのに気が付いた。


「その時は変装していくから大丈夫だ。それに、こんな魔王が一人ぐらいいても、罰は当たらないだろう。」


 心の底からそう思った。


■■■


 クレアの家の中。


 食卓をクレアの母親、ライラ、ロアが囲っていた。


「まあ、それではあの子は元気だったのね?」


 クレアの母親が目を輝かせる。


「ああ。元気過ぎて心配になるぐらいだよ。それに、まさかアビリティを身に付けるなんて思いもよらなかったな。」

「すごいわね。やっぱり、あの子にも才能があったのね。」


 ライラの報告に、母親は心底嬉しそうに言う。


「あの、ところで本当に僕がお呼ばれしても良かったのですか?」


 ロアが恐る恐るといった感じで声をかける。


「良いのよ。ライラとクレアの友人が来るのは久しぶりだし。こうやってクレアの話しも聞けるしね。

 でも、あんまり無理はしないでって、あの子にも伝えておいて。指名手配犯と前代の魔王を倒すために活躍したのは素晴らしいけど、クレアやあなた達に何かあったら、お母さんも気が気じゃないからね。」

「ああ、分かってる。」


 ライラは了承し、黙々と食事を口に運ぶ。


「そうね。たまには私もクレアに会いに行っちゃおうかしら。」


 母親の急な提案にライラは思わず喉を詰まらす。


「ごほっ、何言ってるんだよ、お袋!クレアは魔王城にいるんだぞ!?」

「だって、今の魔王様はそんなに悪い人ではないのでしょう?クレアのことでも以前お世話になったし、一度御挨拶しておきたいわ。」


 すっかり魔王城に行く気になっている母親を前に、ライラが横にいるロアに聞く。


「なあ、ロアのテレポートで魔王城まで行くことはできないのか?」

「無理だよ。僕のテレポートの能力は、射程距離があるんだ。よく行っても、一つのダンジョンを超えるぐらいしかないよ。」

「なら、連続でテレポートすれば良くないか?」

「その前に僕の魔力が尽きるよ!」


 押し問答している二人相手に


「大丈夫。魔王城までの道中に魔物がいて危険なことは分かってるわ。」


 諦めてくれたかと思い、ほっと一息付こうとしたライラであったが


「だから、あなた達に護衛を頼めないかしら?ね、これもクエストの一環だと思ってお願い。お礼はするから。」


 手を合わせて頼み込む母親に、ライラは肩をすくめながらも


「分かった。お袋のことだから、俺達がいかなくても、勝手に行きそうだからな。付き合うよ。」

「僕も、クレアに会いたいし、御一緒させてもらいます。」

「あらあら、ありがとう。助かるわ。」


 嬉しそうに笑う母親を見て、ライラとロアも顔を見合わせ、ちょっと笑った。


■■■


 ギルド街。


 ギルド施設内では、相変わらず人の往来が多く、みんな忙しく動き回っていた。


「ねえ、本当なの?魔王さん達が前代の魔王と、国王暗殺計画で指名手配されていたダヴィドを倒したって。」


 サニーが隣にいる妹のサリーに尋ねる。


「ロアから聞いたから、確かでしょう。尤も、前代の魔王は消滅しちゃったし、ダヴィドの死体は流されて見つからないけどね。」


 サリーがサニーにだけ聞こえる声量で言う。


「そうね。私も信じるわ。」

「それにしても、あの魔王も不思議な奴ね。

 ドルボーの国王、アーサーが既に死んでたってことが分かったなら、国を乗っ取ることもできたのに、結局放っておいたようだし。」

「彼には彼なりの美徳があるのでしょう。

 ただでさえ国王を失って混乱している国に追い打ちをかけたくなかったのかもしれない。」

「あり得るわね。」


 二人には、その時の魔王の考えが手に取るように分かった。


「ねえ、それよりお姉ちゃん。また魔王を行方不明扱いにして、魔王討伐のクエスト受注をストップさせたでしょう。」

「ええ。秘境の森で魔王がダヴィドと遭遇、戦ってダヴィドを倒すも魔王も負傷して行方知れず。よって、魔王捜索クエスト完了まで討伐クエストは差し止め。こんな筋書きね。」

「いやまあ、半分ぐらいは合ってるんだけどさ。それに、捜索クエストの報酬が安すぎじゃない。これじゃ、誰も引き受けないわよ。」

「頃合いを見計らって、ライラさんやロアさんにお願いすれば良いのよ。恐らく、魔王さんも戦いで疲れているはず。

 今冒険者と戦うのはちょっと厳しいでしょう。」

「もう、ばれたらいろいろ面倒よ。」

「仕事と友人の命、どちらを選ぶかと言われたら、勿論後者を優先するわ。」

「まあ、お姉ちゃんならそう言うと思ったけどさ。」


 サリーは苦笑する。


「それに」


 サニーは窓の外を見て言った。


「こういうクリアされることのないクエストが一つぐらいあっても、面白いじゃない。」


 人の往来が続く中、穏やかな風と共に、外では鳥達が囀りながら飛んで行くのであった。

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