エピローグ
ダヴィド、ルドルフを倒してから数週間。
夜、俺は自分の寝室でベッドに座って考え込んでいた。もう一つだけ、ミレイユに聞きたいことがあった。でも、それを聞く勇気が出なかった。
不意にドアをノックする音が聞こえた。
「失礼致します、ルイ様。」
「ああ。良いぞ。」
何の因果の巡り合わせか、部屋に入ってきたのはミレイユだった。今日は寝間着ではなく、メイド服を着ていた。
「メイド服は、久々だな。」
「ええ。おかげさまですっかり元気になりましたし、明日から仕事に戻れそうです。」
「そうか。でも無理はするなよ。」
「無理をする程、私はお人好しではありませんよ。」
言ってミレイユは俺の隣に腰掛ける。しばし沈黙が訪れる。
「ルイ様。私に何かお聞きしたいことがあるのですか?」
先に沈黙を破ったのはミレイユだった。まるでこちらの心を読んだかのように聞いてくる。ここまで御膳立てされては、もはや言わないわけにはいかない
「その、なんだ。私の思い上がりに過ぎないかもしれないが、気を悪くしないで聞いて欲しい。」
「構いませんよ。」
ミレイユはこちらを見つめている。今までミレイユとはそれなりに長い間共に過ごしてきたはずであったが、これほどまで話すのに緊張するのは初めてかもしれない。
「ずっと考えていたんだ。あの時、何故ミレイユがダヴィドの部下の銃撃から私を庇ってくれたのか。その後、重傷を負った身でルドルフから助けてくれた時もそうだ。
失礼を承知で言うが、ミレイユには打算的なところがあると思っている。そのお前が、あのようにリスクが高い行動をとる理由が分からなくて、私なりに考えていたんだ。」
ミレイユは黙って俺の話を聞いていた。
「それで、だな。もしかしたら、ミレイユも私のことを信頼できる仲間と認識してくれたのかと、考えていたんだ。少なくとも、私はミレイユのことを信頼している。
さっきも言ったがこれはあくまで私の想像だし、都合の良い話だ。本当のことはミレイユ自身に聞かないと分からないから、聞いてみたかったんだ。」
ミレイユは少しの間目を閉じ、それから言った。
「正直なところ、あの時私があんな行動をとった理由は私にも分かりません。あの時はただ、無我夢中でしたから。」
「そうか。」
ミレイユから無我夢中等という言葉が聞けるとは思わなかった。それを聞けただけでも、ちょっと満足できた。
「でも、今はルイ様のことを信頼していますよ。」
「えっ?」
意外過ぎる言葉に、俺は思わずミレイユの方を目を丸くして見る。
「ルイ様が初めてですよ。私のために涙を流してくれたのは。お金にしか興味がない私のために。
そこまでされたら、私のことを大事に想っているという言葉を信用しないわけにはいきませんから。」
あの時は、俺だってなりふり構っていられなかった。そもそも、誰も見ていないと思っていたのだし。気恥ずかしくはあるが、それでミレイユから信頼を得られたのなら御の字だ。
そこまで考えて今更ながら夜、女性と二人きりで同じ部屋にいるという状況を否が応でも意識しないではいられなかった。
「ルイ様。あなたは今、年はおいくつですか?」
ミレイユがこちらに少々身を乗り出す。
「十七歳だ。」
「では、私より一つ年下ですね。」
ミレイユがくすりと笑う。俺はドキリとする。
「どうしたというのだ?」
「別に大したことはありませんよ。ただ、まだ若くて世の中のことをよく知らない人の方が、私好みに変えやすいと思っただけです。」
そう言って、俺の両頬に手を添えてくる。俺は言葉が思い付かず、ただミレイユを眺めることしかできない。
「まだ若いのに、魔王という重責を負うのは大変でしょう。それにマチルダから、魔王として生まれ変わる前は、両親だって傍にいなかったと聞きました。可哀そうに。」
ミレイユは俺の頭の後ろに手を回し、自分の胸元に抱き寄せる。彼女からの良い香りが鼻腔を刺激する。
「私で宜しければ、甘えても良いのですよ?私はあなたのメイドなのですから。主の希望に沿うのが、務めです。」
こんなことをされて、男として恥ずかしい気持ちはあるにはある。しかし、悔しいが何故だか心が安らぐような気はする。ミレイユは微笑みながら、ゆっくりと俺の髪を撫でる。思わず、頭がぼんやりしてきてしまう。
「ちょっと、ミレイユ!!」
突如響いた声に俺は我に帰る。いつの間にか部屋の入口にクレアがいた。つかつかとこちらに歩いてくる。
「あら、せっかく良いところでしたのに。」
「良いところ、じゃないよ、ミレイユ!魔王様にチャームをかけようとしてたでしょ!!」
クレアが必至の形相で抗議する。
「チャーム!?」
相手を魅惑させるという技か。そういえば、ミレイユの目を見たときから、意識がぼんやりしだしたような。
「大丈夫ですよ。チャームは魔王レベルの相手だと、まず効きません。」
「そ、そうなの?」
クレアは幾分ほっとした顔をする。
「そうですよ。尤も、相手に完全に心を許し切っているときは別ですけどね。」
「えっ!?」
俺とクレアが同時に目を丸くする。
「な、なあ、どういうことなんだ、ミレイユ!?私は今、チャームの術にかかっているのか!?」
「途中でクレアが入ってきたから結果的には失敗ですね。でも、割と良いところまでいってましたよ。
そこまで私のことを信頼してくれているのは素直に嬉しいですね。」
「お前なあ……」
俺は呆れてしまった。こんな真似をしてくるミレイユよりも、ちょっと嬉しいと思ってしまった自分自身に。
「もう~。」
クレアが不満げに顔をしかめている。そこで俺は気が付いた。
「ところでクレア。どうしてドレスを着ているんだ?」
「え、いや、これは……!」
何故だかクレアが慌てだす。
「魔王様が前にこのドレス、似合ってるって言ってくれたから。それに、魔王様、その時以来、全然私と一緒に寝てくれないから、寂しいかなって。」
「一緒に寝た!?ルイ様、何をされたんですか!?」
ミレイユの詰問に今度は俺が慌てる。
「や、疾しいことは何もしていないぞ!?」
俺は否定するが、ミレイユはまだ不服そうだ。
「だから、今夜は一緒に寝て欲しいなって、探してたの。」
「そうか、まあ、寝るぐらいなら。」
俺がクレアに賛同しかけたところで
「いえ、ルイ様は今夜は私がお預かりします。いろいろとお聞きしたいこともありますし。」
ミレイユが割って入ってきた。
「だ、駄目だよ!ミレイユじゃ、魔王様に何するか分からないよ!」
「私がルイ様から信頼されていることは、先程分かったはずですよ。その信頼を裏切るようなことはしません。」
「私だって、魔王様には信頼されてるもん!」
ミレイユとクレアの間の応酬に俺は情けなくも戸惑ってしまう。だが、とりあえずは止めに入る。
「まあ、待つんだ。二人とも、一緒に寝るのはそれぞれ別の日にってことでどうだ?」
「では、ルイ様は今夜はどちらと寝たいのですか?」
「うっ……」
根本的な解決になっていないことをミレイユに指摘されて言葉に詰まる。
「ねえ、それならここは魔王様に決めてもらおうよ。」
「そうですね。それなら私も納得です。」
クレアとミレイユの間で話がまとまったらしい。つまり、結局は俺が決めないといけないということだ。当然と言えば、当然か。
「魔王様、どっちが良いの?」
「今夜は私と寝ますか?それとも、クレアと寝ますか?」
クレアとミレイユに迫られ、俺は正に万事休すだった。こうなったら、どうにかして話をまとめるしかない。
「ふ、二人とも、というのは駄目なのか?」
おずおずと言ってみる。二人は少しの間俺をじっと見て、
「私は良いですよ。」
ミレイユがあっさりと了承した。
「ただし、その場合は寝ている間に何をされても文句を言ってはいけませんよ。」
「な、何をするつもりなんだ?」
場合によっては危険な響きをもつ言い回しに俺は警戒する。
「そうですね。例えば、寝ている間にお化粧させるとか。」
「おいおい……」
地味に嫌な提案に俺は苦笑する。
「あ、それいいかも!魔王様が女装したところ、私ちょっと見てみたい!」
クレアも乗ってきた。
「では、魔王様。」
「今夜はじっくりと楽しもうよ。」
「ぐ……、す、好きにするがいい!」
迫ってくる二人から俺は逃れられず、観念するしかなかった。
クレアと軽い気持ちで寝た愚かな行為のツケがここで返ってくるとは思いもしなかった。この二人のためにも、ちゃんと物を考えてから行動しようと反省した。とはいえ、今のこの状況、魔王の自分をこれほどまでに求めてくれる人がいることに幸福を感じてしまっている辺り、俺もまだまだ反省が足りないだろう。
魔王が生き続ける意義。それはそんな大それたものではなく、他の人間と同じように自らの幸福のために生きている、のかもしれない。
以上で本作品は完結となります。
この作品は初投稿であり、自分で一から小説を書くということを学ぶ良い機会になったと自分では思っています。構想を考えるのにかなり長い時間を要しましたが、祭りは本場より準備をしている方が楽しいというのは言い得て妙でした。
いずれにしろ、このように一つの作品を完結させることができたのは、ここまでお付き合い頂けた読者の方のおかげだと考えております。この場を借りてお礼を申し上げたいと思います。ありがとうございました。




