魔王と人間
大きな爆発があった。
その数刻後、そこには地に伏した魔王の姿があった。クレアは地面に座り込んでいた。
「これで……良かったのかな。本当に。」
ライラは膝を付いていたが、ボロボロになった体に鞭打って立ち上がり、クレアの元に行く。
「あいつが本当に英雄になりたかったっていうなら、これで良かったんだろう。」
ライラは思い出すように宙を見上げる。
「しかし、変わった魔王だったな。傍若無人なはずの魔王が、そうまでしてどうして英雄になりたかったんだ。」
「うん……」
クレアが俯いたまま頷く。
「もしかしたら、お前があの魔王を変えたのかもしれないな。
あいつがどういうつもりで魔王になったのか分からないが、最後の最後までクレアを守りたかったっていうのは、俺にも分かった。
ベストな形とは言えないが、ルイもこれで良かったんだと思うぜ。」
「魔王様……魔王様にとっては良かったかもしれない。」
クレアは涙を堪えていたが、抑えきれなくなってぼろぼろと零れ出す。
「でも、やっぱり私には納得が出来ないよ!魔王様は英雄になれて良かったかもしれないけど、魔王様がいなくなっちゃったら、意味ないよ!
私はただ、魔王様といつまでも一緒にいたかっただけなのに!」
「そう言ってやるな。最終的に手を下したのは、俺達なんだから。」
ライラが諭すように言う。
「そう、だよね。ごめんなさい。」
「いや、いい。俺だってクレアの気持ちは分かるさ。」
「ごめんなさい、魔王様……ごめんなさい……」
クレアは涙を流しながら、同じ言葉を何度も繰り返す。
ライラも、遠目から見ていたロアもかけるべき言葉が見つからず、ただ見守るだけだった。
「悪いな。」
クレアの髪を誰かが優しく撫でたのはその時だった。
■■■
「魔王様!?」
クレアはがばっと顔を上げる。
「ああ、正真正銘、ルイ・アントワールだ。」
俺は不器用ながらも、柔らかい笑顔を心掛けてみる。
「本当に、お前なのか?」
ライラが幾分疑わしげに言う。
「ああ。クレアから、会った初日に奴隷にしてくれと言われて面食らい、雇ったメイドに城を乗っ取られ、クレアのために薬草を取りに行ったら、あらぬ誤解でお前に攻撃された、ルイ・アントワールさ。」
「全部合ってる……」
俺の言葉が事実であることを、クレアが同意してくれた。
「ああ、俺にも確かに覚えがある。あるんだが、こうして並べるとお前なりに苦労は多かったんだな。
これで本物のルイだってことは分かったが。」
「そう言うな。こうでもしないと、本物だって証明する術がないんだから。」
言いながら、俺も情けなくなってくる。
「しかし、見たところ怪我ひとつないようだが、一体どうなっているんだ?」
「私の体のすぐ近くに、回復ポイントが埋まっていたんだ。人間の目には分かりにくかったからな。
お前達の攻撃を受けたすぐ後に、何とか這って掘り起こした。」
「俺達は全力でお前を攻撃したんだぞ?回復ポイントまで行く余力なんて、よく残っていたな。」
「簡単なことだ。お前達、私に攻撃したときに力を加減しただろう。それが意図的なのか、無意識なのかは知らないけどな。」
俺の言葉に、一瞬ライラもクレアもはっとした表情をする。
「そんなはずはない!俺達は、いや、少なくとも確かに俺は本気で攻撃したはずだ!」
「もしそうだとしたら、私は回復ポイントに近付くまでもなく消炭になっていたさ。ルドルフの奴は、攻撃が当たる直前に私の体から逃げ出したようだがな。」
「仮に俺の攻撃が弱かったとしても、それは傷が酷くなりすぎたせいだ。お前のためじゃない!」
「分かっている。どちらにしろ、お前達のおかげで助かったことに変わりはない。礼を言わせてくれ。」
「ふんっ。」
ライラは居心地が悪そうに横を向く。
「クレアも、よく頑張ってくれた。」
そう俺が声をかけると同時に
「魔王様!!」
クレアが俺に抱き付いてきた。
「良かった、魔王様が生きてて。魔王様がいなくなっちゃったらどうしようって、すごく心配だった。また、一緒にいられるよね。」
クレアが涙を堪えながら、言葉を紡ぐ。俺はクレアの頭を撫でながら、
「本当にすまないな。心配をかけた。」
数刻後、クレアの肩に手を置いて、クレアを自分から離す。
「どうしたの?魔王様?」
クレアが不安げな眼差しで俺を見上げる。
「どうやら、まだ少しだけ、やることが残っているようだ。だが、これからも一緒にいる。その約束は確かに守る。」
俺はクレアを置いて、前に出る。俺達から少し離れた所に、赤い光の球があった。
「ルドルフ。お前は確かに強かった。だが、お前の敗因は、人間を甘く見過ぎたことだ。」
俺は再び魂だけの状態となったルドルフと正面から対峙する。
「甘く見ている?とんでもない。むしろ今回の戦いを通して、畏怖の念すら覚えたさ。
力が弱かろうと、私にどこまでも抗う精神力をもった者もいる。そして、人間でありながら、魔王と同等かそれ以上に邪悪な者もいることにな。」
ルドルフの表情こそ分からないが、その時、俺は何とも言えない嫌な予感に襲われた。
「どういう意味だ?何を言っている?」
俺が近寄ろうとした瞬間、ルドルフの魂は俺から離れていった。何をしようとしているのか、すぐに気が付いた。
「まさか!」
走り寄ろうとしたが、遅かった。赤い光は、すぐ近くで倒れていたダヴィドに吸い込まれていった。あの時、俺の体に入り込んだ時と同じ強い光を発するとともに、ダヴィドが起き上がる。
「本当に素晴らしい。様々な人間を見てきたが、これほど邪悪な心をもつ者は初めてだ。俺は、最強の力を手に入れた!」
ダヴィド、ではなくルドルフが自分の両手を眺めた後、にやりと笑う。
「まだ戦うつもりなのか!?」
「当然!さあ、最終戦だ!」
ルドルフは腕に魔力の大剣を作り出した。クレアもライラもさっきの戦いでかなりのダメージを負った。今動けるのは俺だけだ。
(俺が、何とかしなければ……!)
俺は身構えた。




