消される魂
周りを白い霧が囲んでいた。周囲の様子はよく分からない。
(何だ、ここは?俺はダヴィドの奴にやられたんじゃ…?)
俺はゆっくりと体を起こす。そこで自分の体の違和感に気が付く。
「この手、どうしたんだ?これでは、まるで人間……」
自分の手から魔物の鋭い爪が消え、人間だった頃のものに戻っていた。服装も、生前と同じものに戻っていた。
「お目覚めのようだな。」
俺が体を起こすと同時に霧の向こう側から誰かが近付いてきているのに気が付いた。近付くにつれ、その人物の姿がはっきりと見えていく。
「アーサー?」
霧から姿を現したのは、一人の老人、アーサー王だった。アーサーはいつものようにとらえどころのない表情をする。
「ああ、そうだ。アーサーだ。お前達にはそう名乗っていた。」
「何を言っているんだ?」
「アーサー王は、世を忍ぶため、借りていた体だ。」
アーサーの体が赤く輝きを発したと思うと、その光の中から出てきた者は
「お、俺…?」
俺とは瓜二つの人物だった。相手は面倒そうに肩をすくめる。
「同じことを何度も言うのは好きではないが、教えてやる。
私はルドルフ・シュタイン。お前の目から見れば、前代の魔王だ。」
「お前が…!?」
俺は驚愕する。前代の魔王がここに現れるとは思ってもみなかった。
「どういうことなんだ!?魔王は、勇者に滅ぼされたはずだ!」
「そうだ。お前達は私を退治したものと思っていた。
だが、勇者、そして人間共への恨みが強すぎたため、魂はあの世へ行くことはできなかった。だから、活動できる体を探していたのだ。勇者と、人間共へ復讐するために。
そこで私はアーサー王に目を付けた。奴は本来ならば、既に老衰で死んでいた身だ。奴の魂が抜け出ると共に、私は奴の体に入り、我がものとした。」
アーサーの正体が前代の魔王とは、思ってもみなかった。尤も、注意深く観察していればどこかしら奇妙なところはあったのかもしれないが。俺にはまだ疑問があった。
「お前の顔は、俺にそっくりだ。偶然なのか?それとも……」
俺が問うと、ルドルフは口の端を吊り上げる。
「似ていて当然だ。お前は私。魔王だったのだから。遠い昔の話だがな。」
「何だと!?」
俺は詰め寄る。
「私を倒した勇者は、敵の魂を両断するアビリティをもっていた。相手の体がどれだけ頑丈であろうと、再生能力をもっていてもおかまいなしにな。普通の者ならそのようなことをされれば死ぬ。
だが、私はそこいらの軟弱者とは違った。魂を二等分されながらも、消滅を免れた。」
「じゃあ、その魂の肩割れが俺なのか!?」
「少し違うな。肩割れと言える程、お前には魂は入っていない。魂の量としては、お前の方が明らかに小さい。
元々が膨大な魂だ。お前に入った魂の割合が小さかろうと、普通に生きていく分には問題がなかった。そして、魔王としての悪の心は私の方が色濃く継いでいる。」
「俺は、魔王の数少ない良心だったのか。」
俺が言うと、魔王は俺を睨みつける。
「良心だと?自惚れるな。
魔王に良心等元々ない。お前が今までやってきたことを振り返ってみろ。
善行と呼べることをやってきたのか?人間共から崇められる地位を築いてきたのか?」
俺は戸惑った。魔王として、いくつもの村を占領して来た。冒険者を何人も手にかけてきた。その一方で、非情になりきれないところも何回かあった。その程度のものなのだ。
「お前はただの半端者だ。魔王としての立場に就いたからには、どのような偉業を見せてくれるかと思っていたが、世の人間に好かれるでもなく、悪行の限りを尽くすでもない。
挙句の果てには人間に殺されかける。魔王としての面汚しに過ぎん。」
俺は言い返すことができなかった。
「まあ、良い。これで私は元の体を取り戻すことができる。お前の人格は、もう必要ない。」
その直後、足元の違和感に俺は気付いた。俺の足元がまるで底なし沼のようになり、沈んでいく。
「な、何をする気だ!?」
「お前は魔王としての力を成長させた。そこだけは唯一褒めてやる。
その能力だけこちらに寄越せ。お前の意識は私の一部となり、そして二度とは出てこないだろう。」
「く、くそっ!」
俺はもがくが、もがいたところでどうしようもなかった。
■■■
「魔王様に、そんな過去があったなんて……」
ルドルフからの話を聞き終えたクレアは呆然とする。
「じゃあ、あの男は元々魔王だったけど、それが生まれ変わって人間になって、また魔王になったってこと?それが死んでまた、魔王になって…?」
ロアが困惑する。
「深く考えるな。一周回って魔王に戻ったってだけだ。」
ライラが助言する。
「お、おい、まずいぞ!」
アーサー王の配下の年配の兵士が狼狽する。
「俺の父から聞いた。先代の魔王の名前はルドルフ。この世界のほぼ全部を支配し、気に入らない者は殺し、人々を全員奴隷のように扱っていた。
挑む者も何人もいたが、大勢の人間が返り討ちに遭った。そいつが復活してしまったというのか!?」
「で、でも、それって元の魔王様に戻ったってことだよね?
例え昔にいろいろ悪いことしてたのが本当でも、私には魔王様が悪い人だなんて信じられない。帰ろうよ、魔王様。疲れたでしょう?」
顔もさほど変わらない魔王を、クレアは人格が変わったとは信じられずに近付く。魔王、ルドルフはにやりと笑う。
「クレア、と言ったか。魔王、ルイ・アントワールには可愛がられていたそうだな。では、教えてやろう。」
ルドルフは、掌に魔力の剣を出現させる。
「えっ?」
未だに魔王を疑うことができないクレアは立ち止り、目を丸くして魔王を見る。
「こうすれば、お前も周りの奴らも分かるだろう。
もう一度言う。お前達の知っている魔王、ルイ・アントワールはもういない!」
剣を振りかざし、クレアに襲い掛かる。
「クレアァッ!!」
クレアが斬られる直前でライラが割って入り、クレアを突き飛ばした。
ザクッ!
何かが削れるような音がした。地面に倒れる直前、クレアは兄のライラが背中から斬られ、血が噴き出すところが見えた。
「お兄ちゃん!?」
「う、嘘だろ!?ライラ!!」
クレアとロアが叫ぶとともに、ライラは地面に倒れた。ルドルフはそれを笑みを浮かべながら見下ろしている。
「ほ、本当に本物だ。あそこにいるのは、僕達が知っている魔王じゃない。もっと凶悪な……前代の魔王だ!!」
ロアは戦慄し、恐怖に身動きができなかった。




