無力感と後悔
ライラはルドルフの攻撃を受け、地面に倒れた。
「お兄ちゃん!しっかりして!」
クレアがライラに駆け寄る。
「ま、魔王だ!かつて恐れられていた魔王が本当に復活したんだ!」
アーサーの部下の兵士達も動揺している。
「怯むな!奴は一人。多勢に無勢だ!矢を放て!」
兵士達は一斉にルドルフに向かって矢を構える。
「馬鹿!やめろ!」
ライラが体を起こし、制止しようとしたが遅かった。放たれた矢が一斉にルドルフに向かう。
「ふん、哀れな。」
ルドルフは手を構えると、神通力を放つ。神通力を受けた矢はそのまま矢を放った本人達の方に向かって跳ね返って行った。
「ぐわああああ!!」
兵士達は矢を受け、一人残らず全滅した。
(やばい、ここにいると、殺される……どうする?逃げるか……?)
ルドルフから離れた距離にいるロアは考えた。
(でも、このままクレアを見捨てるのか……?そんなの絶対駄目だ!)
思い止まる。しかし、方法は思い付かない。
「さて、愚かな人間。お前達三人のうち、誰か一人、命だけは助けてやろう。」
ルドルフは背後のロア、そして目の前のライラとクレアに目を移す。
「どういうことだ?」
ライラは気色ばむ。
「何故私がかつてより恐れられていたか、分かるか?
冒険者達をただ殺すだけでは、私の恐ろしさは伝わらん。実際にその場を見た者の口から伝えるのが一番だ。つまり、この私が真の魔王として復活したことを世に知らしめるのだ。私は今までそうやって世に名を広めてきた。」
ルドルフはそこでちらりとロアを見る。ロアはびくりと震える。
「第一候補はお前だな、ロア。お前は目の前の二人と違い、攻撃的なアビリティをもっていない。
最後まで放置しても害はないと見た。ただし、私がこの二人を始末するまで逃げるなよ?」
ロアは言葉が出てこない。
「ん?」
背後から気配を感じ、ルドルフは瞬時に魔力の剣を作り出す。その直後に、ライラが斬りかかった剣の刃先がぶつかる。
「随分と余裕じゃないかよ!俺を前にして余所見か!?」
「ほう?アビリティか。しかもダメージを受ける程強くなる。面白い。」
剣と剣は互いに押し合い、一見すると力は釣り合っているように見える。
(ルイが魔剣グラナードと同じ大きさの剣を作りだしていたのに対し、ルドルフは大剣サイズのものを作り出している。魔力はやはり、こいつの方が上というわけか。いや、それどころか、こいつは本気を出していない!)
ライラはそう判断した。現にルドルフは剣を片手で扱っている。
ライラは勢いを付けて斬りかかるが、それらをルドルフはその場から全く動かずに全て剣を動かすだけで捌く。そして、再度ライラが振り下ろした剣を刀身で受け止めると、少し自分の方に引き寄せ、反動を付けて一気に振り抜いた。
ルドルフの攻撃にライラはバランスを崩しかけるが、どうにか踏み止まる。直後にルドルフが大きく剣を下ろすのを、後ろにかわそうとした。
「ふん。」
ルドルフは鼻で笑い、片手を構えると神通力を放った。
「うわっ!」
空中で中途半端な体勢であったライラはもろに受けて吹き飛ばされ、地面に叩き付けられる。ルドルフはライラに近付くが、追撃しようとせずに立ち止まる。
「どうした?それまでか?」
ライラは悟った。
(こいつ……、さっきダヴィドにやったことを、俺にもやるつもりか…?自分より弱い相手を嘲笑い、弄ぶ。悪趣味な野郎だ。だが、その手に乗るか!)
ライラは剣を構え、ルドルフに斬りかかる。ルドルフは難なく剣で受け止める。
「私に接近戦を挑む者は、久々だな。少しだけ、遊んでやるか。」
魔王は剣を振り払うと、今度は自ら縦、横、斜めとあらゆる角度から斬りこんでくる。ライラは剣を構え、防御するが捌き切れず、腕、胴から切り刻まれていく。
「うおおおっ!!」
ライラは身を屈め、そこから反動を付けて斬りかかる。ルドルフも真正面から飛び込み、剣で斬り付ける。二人がすれ違い、ルドルフが地面に着地時、衣服の肩が僅かながら裂ける。
「ぐっ……!」
対して、ライラは脇腹から血を噴き出し、膝を付く。その様子を離れた位置でクレアが見ていた。
(どうしよう、お兄ちゃんを助けないと!でも、お兄ちゃんを助けるっていうことは、それはつまり……)
クレアの頭の中に、それまでのルイとのことが思い起こされる。
奴隷として訪れた自分に手を出さず、丁重に扱ってくれた。デリーに操られていた自分を傷付けずに正気に戻してくれた。母親のことを助けてくれた。自分が毒で倒れたときには、必死で薬草を探してきてくれた。自分のことを受け入れ、今日まで一緒にいてくれた。
(だからって、このままじゃお兄ちゃんが死んじゃう!どうすればいいの……?魔王様……!)
クレアは葛藤でその場から動けずにいた。
■■■
真っ暗なぬかるみの中を俺は沈んでいた。
(この状況、前にも見たな。あれは、俺が人間として死んで、魔王として転生する直前だったか……)
体が上手く動かせない。意識がぼんやりする。
(このまま放っておくと、俺はどうなる……?また死ぬのか?)
それに呼応するようにルドルフの声が降り注ぐ。
「死ぬのではない。私の中に戻るのだ。」
「戻る、だと?」
「体だけでなく、人格も、力も、全てだ。元ある場所に帰る。それだけのことだ。」
「それは……俺の人格は消えるということか?」
「そうだ。お前の人格は元々、魔王の中には存在し得なかった。魂が裂かれた時、偶然生まれた産物だ。本来ならば、あってはならないものだ。
私と一体化すればお前の人格は完全に消え、今後万が一私が転生しても二度とは現れないだろう。」
自分というものが完全に消える。その響きは俺の心に並々ならぬ恐怖心を植え付けた。
「冗談じゃない!消えろと言われて、はいそうですかと従えるか!」
俺は体を起こし、懸命にもがく。だが、もがいたところで俺の体は浮き上がることはなく、沈む一方だった。
「お前は本当に生きたいのか?
前世で味方など誰もおらず、無残に殺されたお前が。転生してもなお魔王としての本分を発揮できず、挙句の果てにミレイユを死なせた。
お前は常に無力感と隣り合わせで生きてきたのではないのか?そんなお前が生きる価値など、どこにある?」
ルドルフの言葉は俺の心に深く突き刺さった。特に、ミレイユを死なせた事実を突き付けられたのが、何より痛かった。
金にばかり執着する彼女の性格を、正直に言ってあまり快く思っていなかった。しかし、彼女は内面までも腐りきっているわけではなかった。現に、俺のメイドとして正式に仕えるようになってから、一度も裏切ったことはなかった。城内の仕事だって、いつも十分すぎるぐらいにやってくれた。
金を払って雇っていたわけだから、当然と言ってしまえばそれまでなのだが、俺はそもそも魔王なのだ。金が絡んでいるとはいえ、魔王にそこまで奉仕できる人間など、そうそういない。俺は内心、彼女のことを信頼していたのだ。だが、最後の最後になって俺は彼女を守りきることができなかった。それどころか、本来なら守るはずの彼女に自分が守られ、結果死なせた。
(俺は駄目な奴だ。魔王として、前世でできなかったことを思い切ってやってやろうと思っていた。だが、俺のような意思の弱い奴には、そこまでやる勇気がなかった。
その上、善人にもなれない。これでは、皆に合わせる顔も、ないな。)
そう思った途端、急速に意識が遠のいていく。
「それで良いんだ。忘れろ。お前のこれまでの人生は、ただの悪夢だったのだ。私と一体化し、共に生きようではないか。」
ルドルフの声以外にも、誰かが戦う気配、音がする。その音を耳に、俺は深いところに沈んで行った。




