水着に潜むイルカ
ミレイユが目を覚ますと、浜辺だった。自分の前を、ちょうど波が押し寄せている。浜辺から少し離れたところに森があり、まるで無人島のようだ。
すぐ隣にはアルトが横たわっていた。
(一体ここは……?それに、この水着……)
ミレイユは自分の水着に目を落とす。いつの間にか、水着の後ろには大きな魚の尻尾が付いていた。それだけではなく、ミレイユが着ている水着の胸元より上に円らな瞳が付いている。
「イルカ……?」
紺色の水着はまさしくイルカと同じ色であり、イルカの口に当たる部分は元々大きかったミレイユの胸が水着を押し上げて形作っていた。
「あなたが助けてくれたの?」
ミレイユはイルカの顔に当たる胸元をゆっくり撫でてみる。
「キュー。」
イルカの形をした水着は撫でられると気持ち良さそうに鳴き声を上げる。
「まあ、敵意があるわけでもなさそうだから、これは放っておいても良さそうね。
でも、今のこの状況。どこかに何らかのアビリティをもった敵がいるのは間違いないようね。」
ミレイユは、なかなか意識が戻らないアルトの方を見る。
(大丈夫かしら。もし、水をたくさん飲んだのなら……)
ミレイユはアルトの顔を覗き込む。ちょうどそのタイミングでアルトが目を覚ました。
「うわあっ!?」
アルトは咄嗟に飛び退く。
「失礼ですね。助けてくれた人から逃げるなんて。」
ミレイユは不満そうに言う。
「ご、ごめんなさい。それと、ありがとう。」
アルトはまだドキドキしている胸を落ちつけながら礼を口にする。
「お礼を言う相手は、私だけではないですけどね。」
アルトはそこで、ミレイユの水着の変化に気が付いた。
「イルカさん?……可愛い。」
「どうしてこうなったかは私も分かりませんが、私達を助けてくれたのはこの子ですから。」
「うん、イルカさんもありがとう。」
アルトに礼を言われると、イルカの尻尾は嬉しそうに左右に振られる。
「どうやら私達は、いきなり無人島に飛ばされたようですが、あなたの仲間の仕業ですか?」
「そうかもしれない。でも、誰の能力かは僕も分からないんだ。」
「まあ、そうでしょうね。」
ミレイユは立ち上がる。
「どこへ行くの?」
「その人物を見つけ出して倒すしかないでしょう。あなたも付いてきて下さい。」
「僕も行くの!?」
「嫌ならどうしてもとは言いませんけど。その場合、何かあっても責任はとれません。」
アルトの頭に先程マライオの仕掛けで殺されかけた光景が思い浮かんだ。
「う、うん。分かったよ。」
アルトはやむなくミレイユに付いて行った。
■■■
ミレイユとアルトは森の中を歩いていた。近くで水の音がするため、どこかに川も流れているのかもしれない。
「まったく、何が悲しくて水着で森の中を歩かないといけないの…
早いところ敵を倒して、ルイ様から危険手当を上乗せした報酬を頂かなくては。」
ミレイユはぶつぶつと言いながら、落ちている枝を踏まないよう気を付けて歩く。アルトはミレイユを見失わないよう、ぴったり後ろに付いていく。そこで気が付いた。
「イルカさん、がいない?」
ミレイユも自分の水着を見下ろす。イルカの形になっていた水着は、いつの間にか元の外見に戻っていた。
「言われてみれば。用がない時には出てこないのかもしれませんね。」
ミレイユは水着をすっと指でなぞる。そこで何かの気配を感じ、立ち止まる。
「お姉さん?」
「しっ!」
疑問に思って話しかけてくるアルトを制し、ミレイユはアルトを引っ張って物陰に行く。かなり離れた場所ではあるが、黒く、大きな蛇が這っていた。
「な、何あれ?」
見たこともない大きな蛇にアルトが青ざめる。
「エビルスネーク。基本的に森の中に住んでいる蛇です。肉食で、特に柔らかい肉が好物だとか。あなたのような小さな子供は最高の御馳走でしょうね。」
「ひっ……」
悲鳴をあげかけたアルトの口をミレイユは手で塞ぐ。
「今は放っておきましょう。あなたがいるのでは、私も戦いづらいですし。」
「う、うん。」
自分が足手まといになっていることに改めて気付き、アルトはシュンとする。
ひと際高く、太い木。その幹の根元には少し大きな穴が開いていた。ミレイユもアルトもそこで足を止めた。そこに、小さな赤ん坊が一人、横たわっていたからだ。赤ん坊は泣き止み、ミレイユの方を見る。
「誰…?」
ミレイユとアルトには確かにそう声が聞こえた。
(喋った?今この赤ちゃんが言葉を?)
少々疑問に思ったミレイユだが、口を開きかけたところで
「イルカさん…?」
赤ん坊がそう口にした。
「え?」
予想外の言葉にミレイユは束の間だが、呆気に取られる。
「パパとママから、イルカさんは紺色で大きな尻尾があるお魚さんだって聞いてたんだ。」
赤ん坊の言葉にミレイユは今の自分の格好を思い起こし、自分の水着に目を落とす。いつの間にか、再び水着はイルカの顔となり、赤ん坊を見つめていた。
「この子、子供好きなのかしら?」
水着を見て疑問に思うミレイユに赤ん坊が四つん這いになって近付き、ミレイユを見上げながら言う。
「イルカさんはとっても可愛くて優しいって聞いてるの。だからイルカさん、僕を助けに来てくれたんだよね。」
「それは…」
ミレイユは返事に困り、赤ん坊を見る。赤ん坊は、ミレイユの方に期待と憧れの混ざった目を向ける。ミレイユは思案しながら彼を見ていたが、やがてふっと微笑み
「ええ、そうよ。私はイルカ。あなたを助けに来たの。」
そう名乗ることにした。
「わーい!やっぱりイルカさんだ!」
赤ん坊は喜ぶ。
「お姉さん…」
アルトがミレイユの手を引っ張り、耳元で言う。
(本当に良いの?)
(騙すことになるけど、この場は私がイルカってことにした方が、安心してくれるでしょう。)
(それもだけど、こんなところに言葉を話す赤ん坊がいること自体がおかしいよ。)
(分かっていますよ。ただ、これが本当に赤ん坊だとしたら、さっきのエビルスネークがいる手前、放っておくわけにもいかないでしょう。
大丈夫。私はこう見えて強いですから、何かあっても平気ですよ。)
アルトはまだ不安そうだが、ミレイユは赤ん坊を胸元に抱き上げる。
「さあ、まずはこの森を出ましょう。私にしっかり掴まってくださいね。」
「うん!」
赤ん坊は思ったより軽く、普通の赤ん坊より小さいのか、ミレイユでも特に重量を感じることなく抱き上げることができた。
■■■
ミレイユ達は再度森の中の道を歩いていた。
「あなたはどうしてあんなところに?」
ミレイユは胸に抱いた赤ん坊に尋ねる。
「ううん。全然分からない。」
赤ん坊が首を振る。
「家でお昼寝してたと思ったら、あそこに連れて来られてたの。」
「そう。怖かったでしょう。」
「うん。でも、もう大丈夫だよ。イルカさんが来てくれたから。」
赤ん坊の一人が、ミレイユの胸に顔を当てて落ち着いたかのように目を閉じかけている。
「良いんですよ。寝ていても。何かあったら私が守りますから。」
「ありがとう、イルカさん…」
寝入ってしまった赤ん坊にミレイユは微笑む。そんなミレイユと赤ん坊のやり取りを、アルトは面白くなさそうに眺める。
そこに草木を折る音が聞こえて、ミレイユは足を止める。ミレイユはそちらの方を咄嗟に見る。
「何か大きな生き物が這いずっているような音ね…」
ミレイユが気配に気が付いた時、大きなものが飛びかかってくるのを感じた。ミレイユは辛うじてかわしたが、アルトがかわし切れず、足首に巻き付かれてしまう。
「はっ!?しまっ…」
アルトが気付くより早く、巻き付いたものに空高く投げ飛ばされていた。
「うわああああっ!」
アルトは悲鳴と共に落ちていく。走り寄ろうとしたミレイユだったが、直後に大きな水音が響いた。草木をかき分けてみると、彼が落ちたところは川になっていた。流れの速い川ではなかったが、アルトは水に沈んで浮かんでこない。
「助けなきゃ!でも…」
ミレイユは自分の胸元に不安そうにしがみ付いている赤ん坊を見る。
「助けて、イルカさん…僕を守って…」
ミレイユは困った。
(さっきの魔物がいる以上、この子を置いてはいけない。でも、川に入るにしても、この子は泳げない…)
ミレイユは少しの間目を閉じ、必死に考えた。そして、咄嗟に考え付く。
「坊や、ちょっとごめんなさい!」
赤ん坊を胸から離し、自分の脇腹、背中付近の水着の隙間部に乗せる。
「この中に入って、じっとしていて。それから、私が合図したら、息を大きく吸って、私が良いと言うまで絶対吐かないで。」
「う、うん…」
ミレイユの言うとおり、赤ん坊はミレイユの背中側から、水着の中に下半身から入っていく。
それから顔を出す。
「イルカさん、温かい…」
こんなときにも自分を求める赤ん坊に、ミレイユはちょっとだけ微笑む。それから真顔に戻り、
「さあ、行きますよ。息を大きく吸って止めて!」
赤ん坊はミレイユに言われた通り、息を大きく吸いこんで止める。ミレイユも同じく息を吸い込むと、川の中に飛び込んだ。
(どこ…お願い、見つかって…!)
水中に潜ったミレイユは辺りを見回す。アルトはすぐに見つかった。底の方にぐったりしたまま沈んでいる。
ミレイユはそのまま真っすぐ泳いで胸元にアルトを抱く。アルトは薄らと目を空けてミレイユを見上げる。ミレイユは水面へと泳いで行った。




