食い違う情報
ミレイユは話を終え、アルトの反応を窺う。
「これが、私があなたの父親を殺した経緯です。信じる、信じないはあなたの自由ですが。」
「あの、今の話、本当ですか?村人達があなたの伯父を殺した、というのは?」
「私の記憶が確かなら、嘘を言った覚えはありません。」
アルトはマライオからの説明を思い出す。
(彼の話だと、ミレイユの伯父は病死だということになっていた。どうして話が食い違うんだ?)
アルトは考え込む。
「どちらにしても、私はあなたの父親の仇で間違いないです。間接的にはあなたの母親もでしょうか。
申し訳ありませんが、私はあのときの自分の行動を間違っていたとは、今でも思っていません。そうしなければ私は今頃奴隷として働かされ、もしかしたらそのまま殺されていたかもしれませんからね。」
ミレイユはそこまで言って、少し間を空け、アルトの方に近付くと屈んで近くで見つめる。
「今私が言ったことは、言い訳のようなものです。私がやったことには理由があれど、あなたには私に復讐する権利があります。」
「ず…ずるいよ…僕にそんなことをやる力がないって知っておきながら…」
「アビリティがあるのなら、対抗できるのでは?」
「あるけど、あれは僕のものじゃない。」
「では、誰のものですか?もしや、あなたをここにけしかけたのもその人物ですか?」
「それは……」
アルトが話そうとしたその時、彼の体に違和感があった。
「な、何だ、これ!?」
アルトが気が付いた時には、いつの間にか伸びてきた黒い触手で体を拘束されていた。それらの触手は、全て彼自身の体から出ていた。そのまま、彼の首に巻きつくと締め上げる。
「どう…して……マライオ…様……」
アルトは触手を剥がそうとするが、子供の力ではどうしようもなかった。ミレイユも息を呑む。
「まさか、黒幕のことを喋ろうとしたから…!?」
ミレイユは彼の傍に寄り、そこで魔力の気配と共に、別の生物の気配を感じた。
(そういえば、この子はさっき、擬態のアビリティは自分のものではないと言っていた。彼の体内にいる生物が、アビリティを使って彼の体を変形させていた、ということ!?)
ミレイユは彼の肩を手で押さえる。
「ちょっとの間、我慢して下さい。」
ミレイユの呼びかけに、アルトは苦しみながらも首を動かし、頷いて見せる。ミレイユは彼の腹部の辺りに手を添えると、そこで魔力を込める。
少しの間そうしていると、彼の腹部の辺りが動くと、そこから小さな黒いトカゲのような生物が顔を出す。同時に、アルトを拘束していた触手が消える。
「ごほっ!」
突如入ってきた空気にアルトは噎せ返る。アルトから出てきたトカゲは、まっすぐとミレイユの方に歩いてくる。と思う間もなく、ミレイユは杖の先でトカゲを押し潰した。
「こんな汚らわしい魔物なんて、いりませんよ。」
アルトは呼吸を整えながら、信じられないといった表情でミレイユを見上げる。まるで熱に浮かされたかのように頭がぼーっとした。
「いったい、何を……?」
「ちょっとした魔法を使ったのですよ。」
ミレイユはトカゲが動かなくなったのを見下ろす。
「どうして、僕を助けてくれたの?僕は復讐に来たのに。」
アルトの問いかけに、ミレイユは
「ある日突然、自分を恨みに思っている子供がやってきて、訳も分からず死にかけていたらどういう気分になるか、自分で考えてください。」
それだけ返し、後はアルトには興味をなくしたように背を向けて部屋を出て行った。彼はそれを黙って見送るしかなかった。
■■■
ミレイユは水場に来ていた。ゴーレムの泥が混じったせいで水場は濁っている。ミレイユはそんな状態を見て肩を落とす。
「手早く済ませましょうか。」
水場に入ると、中心部に泳いでいく。中心部まで泳ぐと、手に杖を出現させる。
「集結!」
杖を掲げると光を発し、泥が一点に集まっていく。ミレイユは杖を上にやると、泥は水面から出て浮かび上がる。そのまま泥がどんどん集結していき、ゴーレムの姿を形取っていく。やがて、ゴーレムの形が完成すると、重力に引かれて再び水場に落ちていく。その前にミレイユはゴーレムの召喚を解くと、ゴーレムは姿を消した。
ミレイユは水場の周りを見回す。漂っていた泥は消え、綺麗な水になっていた。
そこから少し離れた場所で、アルトは様子を見ていた。
(凄い。本当に召喚獣を出せるんだ。これじゃ、まず勝ち目がない。しかも、僕はもうアビリティを使えないし。)
アルトは改めて自分の体を見る。自分の体を変形させていたトカゲが抜け出たせいで、もはやただの少年でしかなかった。
(このまま帰ったら、どうなるんだろう。マライオ様は僕を殺そうとした。きっと無事では済まない。
もう、帰るところなんてないよ。)
アルトは悩むが、良いアイディアは浮かばない。その間
「さて、この辺にしてそろそろ次の仕事に行きましょうか。」
ミレイユが戻ってくるところだった。
(ああ、まずい!見つかる!)
アルトは咄嗟に木の陰に隠れる。しかし、
「あら?」
ミレイユは足元に水が湧き出てくるのに気が付いた。と思う間もなく、それらは急激に勢いを増し、見る間に水嵩を増していく。
(これは…いったい!?早くここから出ないと……!)
ミレイユが考える間もなく、アルト、そしてミレイユの頭の上まで水に浸かる。
(ぐ…い、息が……)
小さい子供であるアルトは泳ぎきることができず、溺れかける。ミレイユはアルトの姿を見つけると、近付いて彼を抱え、泳いで水面を目指す。ミレイユが泳いで陸を目指そうとした時、体がいつも以上に軽く、水の中を早く進めることに気が付いた。
まるで魚になったかのような感覚。もっと正確に言うと、水着に引っ張られているような感覚だった。
(どうなっているの?)
疑問に感じながらも、ミレイユは水面の方へと近付いて行った。
■■■
玉座の間。
俺は先ほどから侵入者を待ち受けていた。
「おい、マチルダ。侵入者なんて全然来ないぞ。もしや、途中で罠や魔物にやられてしまったか?」
玉座の下のマチルダは首を振る。
「いえ、そんなはずはありません。まだ気配は残っています。どうやら、城内に留まっているようです。」
「一体、何をやっているんだ。迷子にでもなったのか。」
俺は気だるくなって頬杖を突いたが、それでも侵入者がやってくる様子は一向になかった。




