被害者か加害者か
魔王の城、水場のエリア。
言わば貯水池のようなものである。基本的に、魔王城で使う水はここから引かれている。周囲は森に見立ててあり、ぱっと見は湖に見える。
水場の中にはパイプがあり、そこを通して蛇口から水を出しているのだが、先日溶けたゴーレムの泥が詰まってしまい、水が少しずつしか出なくなってしまった。ゴーレムを回収するには、散った泥を全て集めなければならないが、それをやるには召喚主が近くまで行かないといけない。
水場のエリア近くの部屋。
ミレイユは水着に着替えていた。ヘッドドレスを外し、エプロン、シャツを脱ぎ、それぞれ畳む。そして、シャツの方を見てから、少年が気になるのか、シャツを自分の姿が見えない位置に置いてから、更にタオルを腰に巻いてスカート、下着を脱ぎ、足元から水着を身に付けていく。
そして、着替えが完了し、脱いだ服も全て畳んだところでミレイユはシャツ、つまり少年と向き合う。
少年はミレイユの水着姿を見る。動きやすさを重視した競泳水着で、色は紺色。下から出ている太股が眩しく見える。また、その胸は競泳水着による押し付けにも負けず、水着を押し上げていた。
「お気に入りなんですよ、これ。」
ミレイユははにかむような笑顔を向ける。
(確かにスタイルはいいし、似合ってはいる。ちょっと地味だけど、こういうのがこの人の好みなのかな?)
少年は考える。
「とまあ、冗談はこのぐらいにしておいて。」
ミレイユは胸の前で腕を組む。そして、さっきとは打って変わって険しい表情になる。
「まずは、擬態を解除してもらいましょうか。」
「は、はい……」
逆らうことなどできず、少年は擬態を解除して本来の少年の姿に戻る。服装は普段着のズボン、シャツで、戦闘に向いている服装とはお世辞にも言えない。
「やはり、まだ子供だったんですね。それでは、聞かせてもらいましょうか?何をしに魔王城に侵入して来たのか。」
ミレイユはさほど声は荒げないが、厳しい声で言った。
「さ、さもないと……?」
少年はおどおどと相手の様子を探るように言う。
「さもないと、こちらから攻撃します。命が惜しいなら早く。」
少年は震えあがる。黙秘権等なかった。
「ご…ごめん…なさい。」
少年は震え声で何とか声を出す。
「謝るのではなく、あなたがここへ来た理由を話して下さい。」
しかし、どうやらミレイユの望む回答ではなかったようだ。
「ひぐっ…えっと…」
少年は怒られたと感じ、余計に言葉が出なくなる。次第に目に涙も溢れる。
「泣けば許してもらえると思っている子供は」
少年の前にいきなり杖が突きだされる。
「私が嫌いなタイプです。」
少年は目を見開く。このまま話さないのでは命の保証がないことを実感した。涙を拭い、気を落ちつけようとする。
「魔王城へ忍び込んできた理由を聞いているんです。何かあるでしょう?面白半分で侵入したとか、悪戯のつもりだったとか。」
「そ、そんなんじゃないんだ!」
思わず少年の口を突いて出る。
「では、聞かせてもらっても?」
「あ…あなたへの仇打ちです…」
「私に…?」
ミレイユは目を丸くして見つめる。
「実は……」
少年は意を決して話し始めた。
■■■
「なるほど。ではあなたはご両親の仇を取るために私の弱点を見つけたかったのですね?」
「は、はい…」
少年は一通り説明を終えた。ミレイユはその説明を理解したようだった。
「あの…!」
少年は思い切って聞いた。
「僕のパパを殺したのは、あなたなんですか!?て、覚えているわけないですよね。」
少年は気を落とす。ミレイユが本当に大勢の人を虐げ、殺してきたのが事実なら、彼の父親はそのうちのごく一部に過ぎない。
「あなた、名前は?」
「僕の名前…アルト=ヴィーセン。」
「あなたの父親の名前は?」
「アルフレッド=ヴィーセン。」
「何か見た目に特徴は?」
「がっしりしていて、髪はショートの茶髪で、鼻の下に髭があって…ちょっと頑固な人だったかな。」
「そうですか。」
ミレイユは目を閉じる。そのまま、少し時間が過ぎる。
「あくまでも私の勘違いでなければ、という前提ですが。」
ミレイユは目を開き、話しだした。
「覚えていますよ。あなたの父親。」
「本当に!?」
「ええ、忘れるわけもありません。あなたの父親は…」
ミレイユはそこで一旦言葉を切った。この先を話して良いかどうか、少し考えた。
「私が、生まれて初めて殺した人間ですから。」
「え、えええええぇ!?」
少年、アルトは思わず声を上げる。
「私の伯父のマランは、町の人を虐げる酷いことをやってきました。でも、当時の私はそんなことは知らなくて。あなたの父親から聞いて、初めて知ったんです。」
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今でもミレイユの脳裏には残っている。
反乱軍が突然やってきて、自分の伯父を刺殺した。伯父の部屋にお茶を運んできたミレイユは、その現場を見てしまった。お茶のセットを床に取り落とすミレイユ。男はゆっくりと振り返る。
「アルフレッド=ヴィーセン、という者だ。この男、マラン氏の身内のものか?」
ミレイユは、震えながらも頷く。
「そうか。言い方は悪いかもしれないが、この男の恩恵に綾かっていたというわけだ。」
ミレイユは後ずさりしかけ、そこで背後に気配を感じて振り返ると、部屋の外にも複数人の男がいるのに気が付いた。全員返り血を浴びている。そこから少し離れた場所に、この屋敷の警護の者達が横たわっていた。
ミレイユが村人達から事情を聞いた後、ミレイユは伯父が蓄えていた財産、家、土地を全て還元する内容の契約書に判を押した。彼女以外の屋敷の者は皆殺しだったため、他に人がいなかったためだ。
「よし、これで夜逃げしなくて済みそうだ。」
「家族も喜ぶぞ。」
周囲で男達が仕事を成し遂げた後のような笑顔で話し合う。アルフレッドはミレイユと向き合って座っていた。
「さて、あと問題なのは君の処遇だ。」
アルフレッドは顔の前で手を組んだまま言った。ミレイユはびくっとして顔を上げる。
「君はまだ子供だから、命を奪うようなことはしない。
とはいえ、マラン氏が我々から奪った財産で君も優美な生活を送っていたのだろう?知らなかった、で済まされることではないんだ。」
ミレイユは黙ったまま俯く。
「この屋敷は、これより我々村の人間で役場として管理することになる。そうなったら、ここはもう君の家ではないのだから、君はここから出ていかなければならない。
君はまだ幼いのだから、一人で家を見つけ、働く場所を見つけるのは大変だろう。そこで、だ。条件付きではあるが、この屋敷に君が住むことを許可しよう。」
「条…件?」
ミレイユは警戒したまま顔を上げる。
「この屋敷で働く村の人間のために仕えることだ。無論、こちら側の命令を拒む権利は君にはない。生活費は必要最低限だけ出す。」
「命令…?どのような…ですか?」
「数え上げたらきりがない。役場の書類整理から、掃除といったこの屋敷の手入れ、食事の用意。時間は問わない。夜中であろうと、命令があれば働いてもらう。
また、マラン氏だけではなく君に恨みを抱いている者もいるだろう。そういう者達が理不尽なことを言っても、君には受け入れてもらう。気の毒だが、恨むのは我々ではなく、君の伯父を恨んでくれ。」
ミレイユは相手の言わんとしていることが分かり、難色を滲ませる。
「私に、奴隷になれと…いうのですか?」
「身も蓋もない言い方になるが、そういうことだ。君の伯父も我々をそうやって扱った。君にはその責任を負ってもらう。」
奴隷、という言葉にミレイユの頭の中で恐怖が膨らむ。
「嫌っ!」
ミレイユは咄嗟に席を立ち、その場から逃れようとする。が、後ろからアルフレッドに腕を掴まれる。
「言っただろう。これは君の伯父だけの責任ではない。彼のお金で生活してきた君自身の責任でもある。それを君が逃れることは許されない。」
「許してっ!離して!」
ミレイユは振りほどこうとするが、大人の男の力ではそれは無理だった。
「まったく、聞きわけの悪い子だ。子供に手を上げたくはないが、仕方がない。」
アルフレッドは平手を振り上げる。
「やめてーっ!!」
咄嗟にミレイユの片手には杖が出現していた。同時に、床から大きな手が伸びると、アルフレッドの顔を目掛けて伸びる。
「なっ…」
アルフレッドは目を見開くが、避けることはできなかった。
「ぐああああ!!」
大きな手がアルフレッドの顔を掴み、みしみしと音を立てる。アルフレッドはミレイユから手を離し、大きな手を外そうと掴みかかるが、無駄な抵抗だった。床からは、更に大きな体がせり上がっていき、召喚獣ゴーレムが姿を現す。
「な、何だ、あれは!?」
村人達は驚愕してゴーレムを見上げる。
「う…ぐ……」
何かが潰れる音と共に、アルフレッドの腕がだらりと下に下がり、ゴーレムの握られた手から床に血が落ちていく。
「うわあああああ!!」
村人達が悲鳴を上げる中、ミレイユだけは冷静に自分の腕、出現した杖、そしてゴーレムを順に見ていた。そして、ようやく事態を察した。
自分自身の能力で、人を殺したと…




