出会いたくない相手
突如として目の前に現れた老婆に対し、ロアは全く警戒しなかった。
「そうです。僕達、魔王を探していて。もしかして、あなたも魔王に捕まっているのですか?」
ロアが近付こうとしたところを、ライラが腕で制する。
「無暗に近付くな。こいつはマチルダで暗黒魔道師。魔王の手下だ。」
「えっ!?」
ロアが後ずさる。
「いかにも。あなた方は、ルイ様を倒しに来られたのかな?」
「そうだとしたら、どうだというんだ?」
「わわ、ちょっと!」
今にも戦いかねないライラの服をサリーが後ろから引っ張る。
「もし、こいつと戦いになったらどうするの?武器はないんでしょ!?」
「いや、まあ、その時はロアのアビリティでまた何とかしてもらおうと思ってな。」
「じょ、冗談言わないでよ!」
ロアも焦る。三人が揉めている間にサニーが前に出る。
「現在のクエストは、魔王の安否を確認することです。ですから、今ここで彼を見つけてどうこうすることはしませんし、できません。」
「なるほど。結論から言うと、あなた方が言う魔王は生きておりますよ。」
「なんだと!?ならば、今魔王はどこにいる!?」
ライラが詰め寄る。
「彼は訳あって、現在セーヌに行っています。」
「嘘ではないだろうな?」
「信じる信じないは勝手ですじゃ。」
「ふむ。」
ライラは腕組みをして考えたが、ロアの方に向き直り、囁きかける。
「おい、あの婆さんは嘘を言ってるように見えるか?」
「分からない。嘘を言ってるようには見えないけど、嘘じゃない証拠もないからね。」
「よし、念のためだ。お前はこっそりここに残って、魔王がここにいないか探すんだ。」
「で、でも、もしそれで魔王がここにいたら、僕じゃどうしようもないよ。」
「その時はテレポートで逃げて俺に知らせりゃいいだろ。」
ロアは浮かない表情をしていたが、やがて
「わ、分かった。探してみるよ。」
ライラの態度に折れたようだった。
「言っておきますが、このお城で魔王様を探そうとは考えないことじゃ。私よりも、もっと危険な者がおりますからな。」
マチルダの言葉に一同は思わずそちらを振り向く。
「そんなこと、考えてはいないぞ。魔王がいないなら、長居は無用だ。」
少しの間の後、ライラはどうにか平静を装って答える。
「確かに忠告しましたぞ。では、私はここで失礼します。」
マチルダは背を向け、扉の向こうに消えた。
「ねえ、本当にここで僕は魔王を探すの?」
ロアが不安そうな顔で振り返る。
「そうだ。」
ライラはこともなげに頷く。
「ま、待って!今のマチルダの言葉を聞いたでしょ!?危ない魔物がいたらどうするの?
そ、それにさっきも言ったけど、本当にここに魔王がいて、見つかりでもしたら…」
「情けない奴だな~。」
ライラは面倒くさそうに髪を掻く。サニーとサリーはお互い顔を見合わせる。
「それじゃあ、私が付いていこうか?」
サリーが横から声をかける。
「えっ?」
ロアは意外そうな顔をする。
「魔王とは一応慣れた間柄だし。私がいれば見つかっても大丈夫かもしれない。」
「そ、そうなの?そうしてもらえると僕も助かります!」
「あなたもちゃんと私を守ってよ。」
助かったと言わんばかりの笑顔を浮かべるロアにサリーは釘をさす。
「では、俺達はセーヌだ。魔王が移動する前に行かねば。」
「そうですね。では、サリー、頼むわね。」
「お姉ちゃんも、気を付けて。」
一同は二手に分かれていった。
■■■
セーヌの山中を俺とアーサーは歩いていた。
セーヌの麓は、木々はあるものの見通しは悪くなく、地面に生えている草は程良い背の高さでまるで芝生のようだ。これで花でも咲けばピクニックの場所としても使えそうだ。
だが、そこからしばらく坂を上ると、木が鬱蒼と生えている森の中に入る。太陽の光が地面に通らず、いかにもダンジョンといった風貌に様変わりする。当然、ダンジョンの例に漏れず、魔物だっている。魔物は初心者を脱した駆け出しの冒険者で何とか倒せるぐらいの強さだとか。魔王である自分にとっては倒すのは造作もないだろう。
むしろ、心配しなければならないことは他にある。
「つかぬことを聞くが、薬草はどこら辺に生えている?」
山中をあっちこっちに歩き回るが、未だに目的のものは見つからない。
「この山の中には滝があるはずじゃ。その付近にある。」
「そうか。で、その滝がどこにあるかは分かっているんだろうな?」
「まあ、歩くうちに思い出すじゃろう。」
どうやらこの爺さん、滝の場所を忘れたようだ。俺自身登山の経験がないので準備を全くしてこなかったのも甘かった。地図もない。方向を確かめる磁石もない。辺りの様子を確かめようにも、木々で見通しが悪く、見渡せない。
はっきり言って遭難だ。こんなことをやっている間にもクレアの病状が悪化する。気を落として下を見て歩いていると、ふと奇妙な丸い形の植物が生えているのが目が付く。
「ゼンマイ、か。」
学校の理科の授業の時に聞いたことがある。この植物は、渓流のように、水気の多いところによく生えている。そうだとすると、もしかするとこの草の先に滝があるのかもしれない。
「アーサー、私はこっちを探すぞ。」
別の方向へ行こうとしているアーサーの後ろから呼びかける。
「ああ、そうじゃ、思い出した。滝はこっちの方じゃ。」
アーサーが俺の行こうとしていた方向に歩きだす。
「本当に大丈夫なんだろうな。」
俺は顔をしかめながらも、付いていった。
■■■
一方、こちらは魔王の城内。
ロアとサリーは長い廊下を歩いていた。
「もしかしたら、床に罠でも仕掛けてあるかもしれない。」
そんなロアの言葉を間に受け、二人とも一歩一歩確認しながら歩いていた。
「いくら何でも考え過ぎよ。」
「だって、相手は魔王だよ!?どんな卑劣な罠を仕掛けてるか分からないよ!」
ロアは杖で前に何かないかを確認しながら歩く。かような状況にありながらも
(あの魔王がそんな卑劣な罠をしかけるとも思えないけどな。)
サリーは心のどこかでそう思っていた。
やがて、暗闇の中、向かって右側に大きな扉を見つける。罠がないことを確認しながら二人はそこまで進み、顔を見合わせてから頷くと、ロアがゆっくりと扉を開ける。ドアは少し軋んで開いていく。
中は天井も高く、面積も広い大部屋になっていた。その割には家具らしきものは見当たらず、あるのは中央奥にある玉座の椅子ぐらいだ。
「誰もいない、のかな。」
「そうみたいね。」
二人は玉座の周りを調べてみる。これといった変わったものはなかった。両者ともに諦めて部屋から出ようかと思った時
「何か御用でしょうか?」
二人の背後から声がかけられる。振り返ると、そこには水の入った洗面器を持ったメイド服姿の女性がいた。
「僕達、魔王を探しにここまで来たんです。あの、まさか、あなたも魔王の手下だなんてことは…」
「手下?いいえ、私はルイ様の身の回りのお世話をするただのメイドですよ。」
「そうなんだ。」
ほっとするロアだったが、
「何安心してるのよ。こいつはミレイユ。かつて一つの村を占拠して大勢の村人を虐げてきた奴で、しかも魔王以上に話が通じない相手よ。」
サリーが前に出て言う。
「あ、や、やっぱり?」
薄々嫌な予感がしていたロアは苦笑する。
「そういえば、あなたは以前一度お目見えしましたね。流石はギルド関係者、お詳しいですね。仰るとおりです。」
ミレイユは笑顔だが、ロア、サリーを歓迎しているわけではないのは明白だった。
「あなた方のことはマチルダから聞きました。魔王、ルイ様は存命で、セーヌに行っていると、お聞きしませんでしたか?」
「そうかもしれないけど、嘘じゃないか念のために確認してたのよ。」
「ここは玉座の間。ルイ様は通常ここで冒険者を待ち受けています。そこにいないということは、今この時間ルイ様はこのお城におられないということです。」
言われてみれば、部屋全体がいかにも魔王と戦う場のように威厳に満ちて見える。ミレイユの視線は真っすぐで、嘘を言っているようには見えない。
「そっか。それじゃあ、マチルダが言っていた通り、魔王はセーヌに行ったんだね。」
ロアは納得する。
「お分かり頂けたようで何よりです。」
「あ、待って。もうひとつ聞きたいことがあるんだ。」
会話を打ち切ろうとするミレイユをロアが慌てて制する。
「ここにクレア、っていう人はいない?魔王に囚われてるって聞いたんだ。」
「囚われている?なるほど。彼女のことは町ではそう伝えられていましたか。」
「知っているの!?」
「はい。ですが、今はすこしお会いできない状態でして。面会謝絶といったところでしょうか。」
「お願いです。彼女に会わせてください。僕は彼女を助けるためにここに来たんです!」
ロアが前に出る。ミレイユの表情が険悪になる。
「お会いできない、と申し上げているのです。言い忘れましたが、私はルイ様より留守を仰せつかっています。侵入者は排除するよう聞いています。そうすれば報酬ももらえますしね。」
ミレイユは手元に杖を出現させる。それと共に彼女の足元に大きな魔法陣が現れたかと思うと、巨大なゴーレムが出現する。
「やっぱり、召喚のアビリティね!」
サリーがゴーレムとミレイユを睨む。
「あなたは私がドラゴンを召喚しているのを見たのでしたね。まあ、どちらにしても同じこと。それから、これを見てもらえますか?」
ミレイユが指を鳴らすと、扉からゴブリン二匹が何か大きな塊を引き摺ってきて、部屋の中に投げ捨てた。それは、見るも無残に打ちのめされたミノタウロスだった。
「このミノタウロスに覚えのある方はいらっしゃいますか?」
「あ、ああ……」
ロアが青ざめる。
「大変だったんですよ?私達の居住スペースに突然このミノタウロスがテレポートしてきて。しかも興奮していたのか大暴れして部屋のものを滅茶苦茶にしてしまいました。
あなた方のうち、どちらがこれをテレポートさせたのでしょうか?」
冷たい笑みにロアもサリーも背筋に悪寒を感じる。一瞬後、ロアは正気に返り、意を決して言った。
「ぼ、僕だっ!」
ミレイユはそんな様子を嘲るように笑みを浮かべる。
「勇気が御有りですね。流石は男の子。」
「ミノタウロスのことは謝ります。それとは別に……図々しいかもしれないけど、僕が勝ったら、クレアに会わせて欲しいんだ。」
「良いでしょう。実を言いますと、私はあなた方のお持て成しをしている余裕はないのです。ですから、あなた方のお相手はこのゴーレムに任せます。
私の召喚のアビリティは、私が召喚獣の近くにいなければ細かい指示を出せなくて不利ですが、そこはハンデと致しましょう。このゴーレムに勝てたら、あなた方の望みを聞き入れます。それでは、ごゆっくり。」
ミレイユは一礼して扉を閉め、その場を去った。
「どうするつもりなのよ!?あんな約束して、勝算はあるの!?」
迫りくるゴーレムにサリーが慌てる。
「それは…、ど、どうしよう。」
「あああああ!もううううう!!」
ロアのあまりの自信無さげな返事にサリーは落胆する。




