各々の目的のために
ここは魔王の城。
「喰らえ、魔王!」
俺の目の前の魔人、クエンガーが溶解液を吐く。俺は跳躍してかわす。そのまま空中から拳を落とそうとした瞬間、クエンガーから煙が発せられる。
「なんだ、これは!?酷い匂いだ!」
まるで温泉の硫黄のような何かが腐ったような匂い。魔王の体だからこそまだ無事なものの、人間なら毒に侵されているかもしれない。
俺は背後から何かが動く気配を微弱ながら感じ取った。直後に、クエンガーが背後から爪での一撃を振り下ろす。
「そこか!」
俺は振り向きざまに神通力を放つと、クエンガーは背後に吹き飛んで壁に激突、消滅した。
「なんということだ。前より強くなっているような気がする。」
台所にある、散乱した食材を見る。近くにいるミレイユが軽く溜息を吐く。
「クレアが自分で料理をする、と言ったからやらせてみたのですが。どこで見つけたのか、シメジと毒キノコを間違えたようですね。きっとその影響で先ほどの魔人が現れたのだと思います。」
「あいつの強さが、作られた料理に影響されるとは初めて知ったぞ。」
俺は辺りを見回し、そこで倒れているクレアに気が付いた。クレアは横たわり、苦しげに呼吸をしていた。
「クレア、大丈夫か?」
俺はクレアに声をかけて顔を覗き込む。
「大丈夫だよ。それよりごめんなさい、魔王様。また料理失敗しちゃった。」
「そんなことはどうでも良い。あいつの攻撃をくらったのか?」
そこにノックの音と共に、マチルダが入ってくる。
「魔人は倒したようですな。」
「ああ。しかし、クレアが攻撃を受けてしまったようだ。」
「魔人クエンガーの強さは、その料理がどれだけ有害な成分をもっているかに左右されますからな。
これは解毒薬が必要なレベルですぞ。」
「マチルダ、解毒薬はこの城にあるのか?」
「魔王様が毒に侵されることなどありはしないので、城内に解毒薬はありません。
じゃが、この付近の街外れにある山、セーヌにならこの毒を無効化する薬草があるはずですじゃ。」
「ならば話は早いな。」
そこまで話したところでミレイユが俺達に近付いてきた。
「薬草を取りに行く、というのですか?ルイ様が直々に。」
「当然だ。」
「そう仰られると思っていました。では、クレアの看病は私にお任せを。」
「すまないな。」
「お気になさらず。後で相応の手当てを頂くのですから。」
「お前ならそう言うだろうと思ったよ。そのついでと言ってはあれだが、城に侵入者があったときには対処してもらえるか?勿論、その分の報酬は出そう。」
「分かりました。お金のためであれば。」
「本当に助かる。」
これで城を留守にしても大丈夫そうだ。
「では、頼んだぞ。」
「お気を付けて。」
ミレイユが一礼するのを見届けて、俺は部屋を後にした。
■■■
「どこへ行かれるのかな?」
俺が城を出てすぐのところで何者かに呼び止められた。覚えのある声だ。
「アーサー、と言ったか。」
「覚えていてくださったか。」
そこには先日会ったばかりのアーサーがいた。相変わらず年寄りとは思えない程姿勢が良い。
「私は今急ぎの用がある。用事なら後にしてもらえないか?」
「まあ、そう邪見にされるな。話してくれれば、力になろう。」
俺は少し考えるが、正直に話すことにした。
「クレアがクエンガーという魔人の攻撃で毒を受けてしまった。治すにはセーヌの薬草が必要らしい。山のどこにあるか、知っているか?」
セーヌに行きさえすれば、後は探せば見つかるだろうと思っていた。しかし、よく考えると山の頂上の分かりやすいところに生えてるとは限らないし、拾った草が解毒草かの判別もできない。
「知っているとも。宜しければ、私が案内いたそう。」
こちらの様子を見て、アーサーが話を進める。この状況では話に乗るしかないようだ。
「分かった。お願いしよう。」
「仰せのままに。」
■■■
魔王の城、ダンジョン内。ライラは吸血蝙蝠の群れをたった一人で全滅させていた。
「凄いよ、ライラ。こんなこと僕のチームのリーダーにもできないよ。」
離れて様子を見ていたロアが褒め称える。
「褒める暇があるなら、お前も少しは手伝え、と言いたいところだがな。」
「だって、僕のアビリティは…」
「テレポートさせることしかできないんだろう?その上、武器の扱いに慣れていないときている。」
「やっぱり、まずいかな。」
「俺は構わんがな。しかし、誰を助けに行くつもりか知らないが、お前がこんなんじゃ、そいつにどう思われるだろうな。」
「……」
ロアは言葉に困る。
「まあ、お前の都合などどうでも良い。最初から、俺一人で魔王を倒すつもりだったんだ。
以前この城に入ったことがあるお前は案内だけしてくれれば十分だ。」
「あの、今回はあくまで偵察だけで、魔王さんを倒すところまではクエストに入っていませんよ。」
物陰に隠れていたサニーが出てきておずおずと言う。
「ならば、魔王を見つけ次第、その場で魔王討伐のクエストを受注する。ギルドの人間なら申請は受けてくれるだろう?」
「そ、そんな。」
「あんたなぁ、魔王に惚れているかもしれないが、仕事はちゃんとやってくれないと困るぞ。」
ライラはうんざりしつつ、先へと足を進める。が、そこには新たなモンスター、ミノタウロスがいた。
「今度の奴は、どうやら訳が違うようだな。」
ライラは剣を構える。ミノタウロスは斧を振り上げ、切りかかってくる。ライラは剣で振り下ろされる斧を受け止める、が
「ライラ!剣にヒビが!」
ロアが気付き、声を上げる。
「何っ!?」
ライラは渾身の力を入れてミノタウロスを振り払うが、直後にミノタウロスが体制を立て直して攻撃をしかける。
鈍い音とともに剣の先が折れ、床に刺さる。
「すごい力だ。この剣を折るとは。」
「そりゃ、ライラだけでここまでモンスターを倒してきたからね。武器への負担も大きかったんでしょ。」
「だって、僕の武器じゃ…」
サリーに咎めれているような気がして、ロアは居心地の悪そうな顔をする。
「ああ、もう!分かってるわよ!杖じゃ戦えない上に、逃げ専用のアビリティしかないんでしょ!」
声を荒げるサリーに対し、ますますロアは小さくなる。サリーも言い過ぎに気が付く。
「いや、別にあんたを責めてるわけじゃないわよ。人には向き不向きってのがあるし……」
ロアとサリーを他所に、ライラがぼやく。
「弱ったな。武器がなくなった以上、こんな奴と素手でやり合うのは無理だ。」
「では、さっき言っていた、いざという時のためのアビリティを使えば、突破できますか?」
サニーが先程のやり取りを思い出して口にする。
「だめだ。あれは魔王と戦う時のために残しておきたいアビリティだ。」
「そんなこと言っても、このままじゃどのみち…!」
サニーはロアに視線を移す。
「あの、これ以上は無理そうです。私達全員をお城の外にテレポートさせることはできますか?」
「は、はい。それぐらいなら。」
ロアがアビリティを使おうとしたところで
「待て!ここまで来たんだ!俺は絶対に引き返さないぞ!引き返すぐらいなら、素手になっても挑んでやる!」
他の者が反応するより先に、ライラがミノタウロスに突っ込む。
「待って!百歩譲ってミノタウロスを突破できたとして、その後魔王に丸腰で挑むつもり!?」
「う……」
サリーの指摘にライラが一瞬足を止める。そこに頭上目掛けてミノタウロスが斧を振り下ろした。
「きゃあああああ!!」
サニーが悲鳴を上げる。
「ライラ!!」
ロアは咄嗟に駆けだし、ライラとミノタウロスの間に入り込む。
「間に合ってくれ!テレポーテーション!」
ロアの足元に魔法陣ができると強い光が発せられる。その場にいた全員が眩しさに顔を背ける。光が消えた後……
その場にいたはずのミノタウロスは跡形もなくなっていた。
「な、何とか、射程距離ぎりぎりに入っていたか。」
ロアは息を切らしながら呟く。ライラは状況を把握するのに数秒かかったが、やがて
「やるじゃないか、ロア!お前、こんなこともできるのか!」
「僕がやったのはあくまでも物体を別の場所に移動させることだけだよ。戦闘向きじゃない。」
「分かっているさ。だが、助かったぜ。」
「そ、そうかな。そう言ってもらえると僕も嬉しいよ。」
「しかし、今のミノタウロスはどこへ行ったのでしょう?」
サニーが不安そうに辺りを見回す。
「それが、特に何も考えてなかったんで、どこへ行ったか僕にも分からないんだ。少なくとも、この近くにはいないようだけど。」
「良いんじゃない?助かったのは事実だし。」
サリーが安堵したように胸を撫で下ろす。と、そこに魔王の部屋へ続く通路へのドアが軋むような音を立てて開いていく。
「先程から騒々しいと思って来てみましたが、冒険者の方達ですかな?」
そこには黒服を着た老婆が扉の横に立っていた。




