生じる疑惑
「クレア!大丈夫か!」
俺はクレアに駆け寄る。クレアは咳き込みながらも、俺に笑顔を向ける。
「魔王様、マチルダ。無事で良かった。」
「ああ。すまない。助かった。」
クレアを助けるつもりが、逆に助けられる日が来ようとは思わなかった。本当に成長したものだ。
「全く、酷い目に遭いましたな。魔王様、メイドに続いてゴキブリにやられるなんて、情けないですぞ。」
「マチルダから説教を受けずとも分かっている。それより、だ。」
俺はアデレイドに向き直る。
「同族リンク、といったな。周囲のゴキブリを自在に操ることができるのもその能力のおかげだとか。
逆を言えば、お前さえ倒してしまえば、後の奴らはただのゴキブリと化す。お前を倒した後で、ゆっくり駆除してやるさ。」
「おのれ、貴様ら!」
アデレイドが動くより早く、俺は勢い良く跳躍すると、そのまま拳に神通力を纏って振り上げ、アデレイドの頭から振り下ろす。
「ぎゃああああ!!!」
アデレイドの頭に拳が炸裂し、床に叩きつけられる。衝撃で床にひびが入っていく。
「マチルダ、これって……」
「うむ、そのまさかのようじゃの。」
床が壊れ、全員下の階に落下して行った。下の階の背の高い本棚の上、マチルダとクレアはその上に落ち、落下距離が少なかったため怪我はなかった。
「もう、魔王様、無茶しないでよ。」
「悪く思うな。こいつはしぶとい奴だ。これぐらいやらないと駄目だ。」
俺は下の階の床の上に降り立っていた。目の前には床に伏したアデレイド。流石にこれを受けてはもう動くことはできないだろう。
そう思ったのも束の間、不意にかっとアデレイドが目を開くと体を起こしていく。
「これで勝ったつもりか!?まだ私には力が残っている!!」
「どこまでしぶとい奴なんだ!」
「よくも散々私をコケにしてくれたな!全力でお前達を始末してやる!!城内の子供達を、全て私の元に集束させる!!」
アデレイドの周りにどんどんとゴキブリ達が集まっていき、さっきよりも大きな体を形成する。
「次から次へと面倒なことを。」
あまりの相手のしぶとさにうんざりしてくる。
「さあ覚悟し……し…?」
途端にアデレイドの様子がおかしくなる。よく注意して見るとアデレイドの背後から何か強い風が吹いてきている。
「な、何だ、これは!?私の、体が…吸い込まれる!?」
ずるずるとアデレイドの巨体が後ろに引き摺られていく。俺もクレアもマチルダも何が起こったか分からず、立ち尽くす。
「嫌だ、私は、まだ……!!」
やがてはアデレイド本人も黒い大きな光の中に吸い込まれ、姿が見えなくなっていった。不意に本が閉じられる音と共に、黒い光は消える。
本を持っていたのは……
「アーサー!?」
「どうやら、間に合ったようじゃな。」
そこにいたのはアーサー王。そして手に持っているのは、以前クレアが間違って開けて騒ぎになった、ブラックホールのアビリティをもった本。アデレイドとの戦闘に夢中で今まで気付かなかったが、ここは書斎の中だった。
「一か所にゴキブリが集まってくれたから、吸い込むのは簡単じゃったぞ。」
「何故我々を助けたのだ?」
「じゃから、魔王殿と協定を結びに来たと申したじゃろう。魔王殿の危機に何もせんでどうする?」
「そうか。まあ、一応礼を言っておく。」
協定を結ぶという話自体に偽りはなかったということか。しかし、俺は別のことが気になっていた。
(こいつ、魔王の城に来るのは初めてのはずなのに何故この書斎の場所が分かった?)
仮に逃げる途中で偶然辿りついたとしよう。それでも、彼の行動はブラックホールのアビリティをもつ本がここにあることが最初から分かっていたかのようだった。一体、どうなっている。
「お前は……」
言い掛けたところで、背後から誰かが拍手をする音が聞こえた。
「お見事です。」
そこにいたのは、いつの間にそこにいたのか、ミレイユだった。
「ルイ様、クレア。最初に誤解がないよう申しておきますが、私は今回助けてくれたことを心から感謝しています。本当にありがたいと思っているのですよ。ですが……」
足元に散らばった瓦礫、そしてゴキブリに集られたり潰れたりして台無しになった食材に目をやる。
(しまった。)
今更ながら事態に気が付いたが、どうしようもなかった。
「いったいこれはどういうことなんですか!?早く食堂を元に戻して、食材を集めないと今日は昼食どころか夕食も作れませんよ!!」
「わ、分かった!私すぐに食材買い直してくるね!」
クレアは逃げるように部屋を出て行く。
「あ、待て!クレア!」
「ルイ様?あなたには、この食堂を直してもらいます。」
「む、無茶を言うな!私は魔王であって建築士ではない!」
「それなら、国民を働かせるなりなんなりして下さい!魔王ならそれぐらいできるのでしょう!?」
「こんな格好悪い状況をどう説明するのだ!?」
瓦礫の中で言い合う俺達。
「実に興味深いお人じゃ。」
アーサーは俺達の様子を見ながら、面白そうに笑うのだった。




